帰って来た水井さん

 ダンジョンから戻ってきてあまりのハードな行程にぐったりと疲れてしまった結城さんの為に俺は隊舎を元通りにして一緒に来た人たちにお世話をお願いした後


「一歩間違えば誘拐、もしくは殺人未遂になるところだったんだぞ」


 このように千賀さんに怒られています。

「そりゃあ申し訳ないと思ってますがレベル15なのにあまりに上から目線がムカついたので」

「レベル15言わない。

あと君の力、ダンジョン外でも使える事は林から聞いていたが……

 折角我々が隠していたのに何で自らばらす事をしたんだ。

 あの後我々もずいぶんと質問攻めにあったのだぞ!」

「ええと、知らぬ存ぜぬで通せましたか?」

 林さんに聞けば

「さすがにこれだけ一緒にいて気づかないわけにはいかないでしょう。

 確証はないけど何かおかしいぐらいに留めておきましたよ」

 限りなく黒に近いグレーな返答にさすが林さんと拍手をしたかったけど千賀さんの視線にそれは止めておいた。

「それでこれからどうなるの。

 工藤達の仕事最後までしていかなかったし」

「あとは仕上げだけらしいからそこはまた別の土木課の奴が来るんだとさ。

 ただし今回は完全に相沢たちとは接触させないって事になっている」

「へー」

土木班の仮設住居も我々の隊舎より下に作る予定だ」

「大変だね。

 何だったら今の隊舎収納して移動させようか?」

 

 あの12階の悲劇から俺は地道に練習してなかなかのピンポイントの収納も成功できるようになった。

 例えば先ほど披露した自分も建屋の中にいるのに建屋を収納して見せた技術、成長してるじゃんと褒め称えたかったが


「あのな、電線が途中で切れて大変だったんだぞ。

 建物の移動は許可なくやるな」


 林さんにも怒られた。

 結城さんが座ってた椅子も上手く奪えたと言うのに


「収納って地味に難しいな」

「安全な出し入れをしなさい」

「安全に使わせてください」


 それだけ難しいのですと言うも知らんと言う顔をされてしまったが


「相沢と結城1等陸佐がいない間に他からの方から今後の予定は聞いておいた。

 水井達が使ってた建物には学生たちの研修の施設にする事になった」

「沢田があんな目にあわせておいてまだ人を送ってくるのか……」

 信じられんと半眼で睨んでしまうが

「まあ、雪軍曹に鍛えてもらいたいって水井からの要望だ」

 やれやれと言う千賀さんにそこになんで水井さんと思った。

「水井さんってアメリカに向ったって聞いたんだけど?」

「もうとっくに戻ってきてる。

 アメリカ陸軍相手にみっちりと鍛えてきたと言ってたぞ」

 どこかげんなりと言った顔をしていた。

 水井さんと言えば小柄で訓練中の怪我で後方支援に回された話を聞いた覚えがあったが

「水井班の奴らを見ても分かるようにあいつは人をまとめるのが得意なんだ。

 向こうに行ったら、まあ当然すんなり仲良く訓練って訳になるわけはなく……」

「あ、察し……」

「あいつ各隊の隊長を集めて訓練用のダンジョンの案内を兼ねて自分の自己紹介からのいきなりみんなで10階に突撃ツアーを開催したらしい」

「雪だ。確実に雪の教え子だ……」

 そんな調子で10階と15階に突撃する事になった俺はまだ人と言う戦力がたくさんと言う方がイージーだぞと呻いてしまうも


「そんな感じで完全にクレージーだと言われて11階の処理の話しをして仲良くなったそうだ」

「九死に一生的なホームドラマだね」

「まあ、俺みたいに誰かさんに強制的に連れ込まれなかった分ましだろう」

「何言ってるんです?ぼちぼちレベル30になるでしょ?15階行きますよ」

 と言う所で何で水井さんの話をしてたんだっけと思えば千賀さんも思い出したかのように

「アメリカから帰って来た水井と言う貴重な戦力を再び海外に派遣するわけにはいかないからと防衛大学の方に教官として出向になってたんだ」

「確実に出世しているのだろうけど、人生迷走してる感じがしますね」

「なに、あいつは器用だからな。

 上手く何処にでも溶け込むことが出来るさ」

 なんてほめてるけど絶対水井さんが嫌がる顔しか思い浮かばないのは…… まあ、当然かと思えば


「そんなわけで防衛大の今年度の卒業予定の奴らを連れてやってくることになった。エリート意識を持った選抜隊で……」

「その根性を叩き直せって事?」

「雪軍曹に鍛え直してもらいたいらしい。根性ごと」

「……」

「……」


 少し前までなら雪にお願いしなくちゃねと思ったけどダンジョンの帰り道で雪の活躍を聞いて素直に任せていいものかと判断に迷ったものの


「絶対雪を一人にさせないでくださいよ」

「当然だ。

 後輩を守るのも我々の仕事だ」


 きりっとした顔で千賀は言い切るが、これだとまだ学生の子供たち相手におっさんなめられるなとどこか警戒をする。

 たぶん誰が相手でもなめてくるんだろうな、結城さんクラスにならないと無理だろうな、でもいちいち学生相手に付き合う人じゃないしと思うもちょうどいい人がいた。

 この山の暮らしにもすっかり慣れ、沢山の山生活を学び、寡黙な所から雪にも信頼を預かっている


「橘さんが適任だと思うんだけど?」

「橘が? せいぜい年齢が近いぐらい……」

 

 まだ早いと言いたかったのだろうが自分の言葉で気づいたと言っては俺を半眼で睨む。


「俺は反対だ。

 橘はちょっと難しいから」


 千賀はそう主張するが


「きっと一番舐めている相手、それが橘さんです。

 雪と橘さんのタッグで実力見せつけましょう」


 ニヤリと笑う俺に千賀さんは顔をしかめて答えを最後まで出さなかったが、問題は待ったなしでやってくる。

 

「おはようございます!

 今日からまたお世話になります!」


 水井さんと小さいとは言えない荷物をもってやって来た精悍な若者の集団が男女合わせての12名が朝の6時に庭先に並んでいた。

 

 寝起きで対面したとはいえ……


「おはようございます」


 とりあえず挨拶。

 だけどしっかり寝ぼけている俺は寝癖のついたままのジャージ姿。

 とても同じ年齢には思えないこのギャップにここで一泊していった結城さんがニヤニヤしていたあたり俺にやられた仕返しなのだろうと地味な嫌がらせにまだまだ寝ぼけている頭は考える事を放棄した。




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