教育的指導、なんて誰も聞いてないね

「沢田!なんでここに?!」

「沢田君、女の子がそんな事言ってはいけません!」


 いきなり沢田が来た事にも驚いたけど林さんの言葉にこんな時に教育的指導を飛ばす?なんて突っ込みたかった。

 だけどその前に


「相沢、まさか魔象の部屋に放り込んで終わりにしようなんて考えてないでしょうね……」

「いえ、そのような事は決して!」

 ありませんと言いたかったけど魔象ではなくまだ見ぬ20階のお部屋の住人なのでそこは力強く否定しておく。

 って言うか……


「相沢、沢田君どうしたんだ?

 なんかいつもと違う感じがするんだが……」


 林さんさえ警戒するぶち切れた沢田。

 大丈夫かと言いたいのだろうが


「ええと、たまにあるので問題ないかと……」


 いや、問題しかありません。

 魔法の発動条件を見つけた時俺は見ていたじゃないか。

 壁に焼を入れながらひたすら小声でつぶやき続けた岳への八つ当たり。

 ダンジョンさえ恐怖を覚えて与えたスキル・火魔法には闇炎という毒霧よりもヤバそうな熱量よりも被害が深刻な魔法を編み出していた事を。

 そう、今の沢田はその時と同じ状態だという事に気付けば宙を彷徨う視線を林さんは見逃してくれるわけもなく、かといって俺が素直に話すとは思わなかったようでこの場はため息を落とす程度で諦めてくれたが

「あとでちゃんと説明してもらうからな」

「できたら沢田から直接お願いしますー……」

 と視線を反らせば


「そこの無駄打ち男!」

「はあ?」


 沢田がわざわざ工藤に指をさして指名するから俺と林さんじゃない事は判ったけど……


「沢田君、だから女の子がそんな言葉を言ってはいけません!」

「はっ!」


 林さんの二度目の教育的指導。

 だけど今の沢田には届かないようで逆に軽く鼻であしらわれてしまった。沢田よ、林さんちょっと泣きそうだぞ……

 俺は二人のどちらも肩を持たないけど、目の前の工藤はこれを逃げ出すチャンスと見てかじりじりと11階の方へ向かうもののすぐに足を止める。

 俺だって無駄に水魔法を放っていたわけではない。

 このリバースバベル構造のダンジョンは地下へ地下へと降りていく仕組み。

 そして10階と11階の間には扉で世界が区切られていて……

 階段総てを埋め尽くす水の水圧にたとえレベル25だとしても開けることは出来ない。いや、その前に呼吸が続かない。

さらにその扉は11階側に開くわけではなく階段側に開く造りだからこの水を何とかしないとどうしようもない状態になっている。

 もちろんそれを知ってる工藤だって開ける事が出来ない事を理解して盛大な舌打ちをする。

 となると逃げ道は9階に上がる階段しかなく、その前に立つ林さんと俺を倒すなんてただの冒険者でしかない工藤には不利過ぎる状態。

 そんな状況が用意されれば工藤の取る作戦はただ一つ。

 

 今までモノのように女性を扱ってきたからこそ沢田に意識を集中して襲い掛かろうと、そして人質として脱出の手を考えようとしているくらい沢田だってわかっているようで、手にしていた鞄から一つの荷物を取り出し、残りは俺達の方に向って放り投げた。

 一応武器らしきものもあるので回収して収納して奪われないようにしたけど……


 沢田らしからぬ武器を手にし、それで構えるあたり本気かとそれをじーっと見てしまう。


「相沢、沢田君を止めないと?!」

「どうやって?!

 あの沢田の状態だよ?!止めに入ったら巻き込まれるだけだよ!」


 なぜか林さんに止めに入れと言うように背中を押されながらも一人にしないでという感じでしがみ付かれている辺りあの闇モードの沢田に圧倒されているのだろ。

 レベル的には近いからね。

 そして工藤も冷や汗をかきながらも一歩も下がらないその見上げた根性、もっとまともに活用すればダンジョンの最前線で活躍できるのに……

 どっちにしても最前線に投げ込むつもりだったけどねといざとなれば二人の邪魔をすればいいととりあえず俺は林さんを引きはがした。


「で、そんなロープ何て持って来てどうするつもりだ?

 まさか俺を縛り付ける為とか言うなよ?

 それともロープで縛られたい趣味でもあるのかよ」


 下種な笑いを零しながらもどうやってあのロープを奪おうか探る視線。

 沢田よ、何を思ってロープ何て持ってきたんだと視線を向けるが


「悪いわね、私ブタ肉しか縛った事が無いの。

 こう見えても得意なのよ?

 緩まないように、肉がムチッて盛り上がるようにきっちり締め上げるのが大好きなの」


 多分料理の話しだろう。

 チャーシューの話しだよな?

 料理の話をしているはずなのになんでかな……

 なんとも言えない微妙な性癖の匂いが漂ってくるのは気のせいかな?気のせいだよなと本能的にブルってしまったがそこは工藤。俺と林さんが沢田の迫力にビビっているにもかかわらず余裕の態度で笑っていた。


「はっ!とんだ女王様だな!」

「ふふっ、跪いて良いのよ?」


 いやあああっっっ!!!

 こんな沢田絶対いやあああっっっ!!!

 思わず俺も林さんにしがみ付いてしまう。

 男二人が情けないと思うも俺は一つの予感を感じてそっと沢田に指を向けてステータスを開いた。

 もちろん工藤にも見られる危険はあったが、ただの冒険者の工藤に沢田が遅れを取る事はないだろうと信じて開いてみたものは……


称号:女王様

スキル:称号・女王様使用時すべてのステータス30%UP


スキルが美味しすぎるが


「うわー、本当に女王様かよ。ひくわー」

 

 沢田を女王様に仕立て上げた工藤の心からの言葉。だけどそれでくじける今の沢田ではなく


「私の下僕にしてあげる。

 このブタ野郎っっっ!!!」

「来いよ女王様っ!!!」


 そう言って駆け出した二人に


「だから沢田君!言葉っっっ!!!」

 

 こんな状況でもぶれない林さんを少し尊敬した。

 

 

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