ヤバい人来た……
必死な形相で雪に襲い掛かる工藤に数字のからくりに気付いた雪はそれはそれは楽しそうに緩急をつけて工藤をもてあそんでいた。
もちろん工藤も雪の性格を理解して容赦なくあの俊足に対応して見せる。
工藤自体もともと肉体的なスペックが良いのだろう。俺とは大違いな筋骨隆々な肉体を羨ましいとは思わないけど。
面白いくらい借金が増えていく様子を眺めていればあっという間に七桁突破。
「気持ちよく戦っている横で増えていく借金!
笑いが止まらんなあ!」
なんて言いながらも素直に笑えないのは工藤がダンジョンに潜ってもう二時間以上何も飲んだり食べたりしていないから。
俺達だって11階でしっかり食事と水分を取って工藤を待ち構えていたのだ。
そんな事をせずにダンジョンの入り口からここまで工藤のレベルで約二時間の距離。ぼちぼち脱水症状で倒れてもいいのに関係なく動きはスムーズなままだ。
汗も流しもせず、唇も乾燥気味。見てわかる程度で脱水症状になっているのに行動はキレッキレの雪さんについて行っている。
これも金の力かと体調不良すら無視してでも戦わせようとさせるスキルも強欲すぎて笑いたいのにまったく笑えない。
だけどもともとまるで異世界を侵略するかのようなシステムのダンジョンに力で物を言わす、こういった事の方が分かりやすいと言うものだろう。
今までダンジョンにはない文明を使ってスキルをゲットしてきたけど、冒険者の命まで無視して戦わせようなんて想定外だ。
いや、バルサンも想定外だけど……
工藤の金への執着がそこまで刺さったのかと思いながらもこのカウントはどこまで行く、どうやって徴収するのか疑問に思っていれば
「相沢君、そろそろ称号を変えようか」
ストップを言ったのはまさかの林さんだ。
数字はもうすぐ八桁に届こうとする具合。
「一生払いきれない金額までしなくていいのですか?」
聞けば残念な子を見るような視線を俺に向けて言う。
「返済不能額で自己破産されては意味がない。
一応まだ自衛隊に席がある以上この程度なら返済可能額だよ」
ヤバい大人いたー!!!
「工藤の本当の苦しみはこれから働いても働いても借金の返済に追われる日常だ!
どうせまだ換金してない素材があるだろうから頼んだ応援の奴らが見つけ出してそれを元手に被害者への救済の資金に使う!
つまり工藤!
お前の手にあるのは本当に借金だけだ!!!」
エキサイトして吠えればさすがに工藤の耳にも届き、顔が引きつっていた。
「おい、林!いったい何の話をしてるっ!!!」
なんて止まって振り返った所でスキル画面と対面する事になった。
そして改めて今の自分の状態を確認するかのように視線をゆっくり動かして、ある場所で視線が動かなくなった。
もちろんその場所は
「なんなんだよ金の力って!」
「お前がレベル以上の力を、個人で磨き上げた圧倒的ステータスに追いつけたからくりだ」
あっさりと林さんが暴露してくれた。
そこまで行けばすぐ下に表記されたマイナスの意味を理解できただろうが
「これぐらの金額なら俺の資産で十分……」
「使い切ってのマイナスだ。
後お前たちの個人的な資産は総て差し押さえするからな。
良かったな、そんなお前に借金ぐらいは残ったぞ」
愕然とする工藤に俺は称号を冒険者へと変更した。
今まで鍛え上げて使っていた称号でもないレベル10を超えれば使えなく駆け出し冒険者から自動に切りかわる、これと言って特化したものがなければ行きつく先の不名誉になりつつある冒険者に勝手に変えられた事にも驚きのようだ。
まあ、今まで半分ガチャみたいな要素で取り扱われていたネタでしかなかった称号。
それにも意味がある事を理解した工藤は顔を引きつらせ、まるで懇願、するわけはないがそれでも叫ばずにはいられなかったようで
「やめろ!やめろー!!!
俺の、俺の力だー!!!」
叫びながら俺に飛び掛かってくるもののさっきまで雪の俊足スピードに慣れた目ではまるでスローモーションにでもしているような錯覚を起こしてしまう。
ああ、金メッキを剥がせばこれが工藤本来のポテンシャルかと鼻で笑いたくなるもののその前に林さんが動いた。
雪に脚力を鍛え上げられ、千賀さんの足技の訓練に付き合って磨いた空手が工藤の腹に決まる。
時々しか様子を見てなかったけど、結構くるくる回って大変だねと言う俺はただ見事に決まった技に拍手をするだけのド素人だ。
だけど本当に工藤は凄い。
あれだけ体力的に低下しているはずなのにちゃんと立ち上がるゾンビ的強靭な肉体。
こればかりは称賛に値する。
称賛していいのかわからんけど。
そして生きたままゾンビになった男は俺へと視線を向けて
「俺の金だ、俺の金を返せ!!!」
お金に対する執着の凄さにはさすがに呆れるも。俺はため息をつきながら
「人から奪ったお金で今まで生活して貯めただけの価値のない金じゃないか。
全部自分で使っておいて返せって意味わからないんだけど?」
「それでも俺の金だ!」
これだけお金に憑りつかれているともう会話なんて無理だろうなと思えばこれ以上の問答に価値を見出せなくなった。
「林さん、そろそろ20階行ってきます」
「本当にやるのか?」
どこか感情を殺したような視線を向けられたけど
「これ以上こいつに時間をかけるのは無駄だから。
それにこいつをこれ以上世にのさばらせるわけにはいかないでしょう。
せいぜい20階のボスと戦わせてお役に立って見せるのが使い道って所じゃないですか」
そう、俺は沢田に手を出そうとした事、出した事を許すつもりはない。
あんな辛い目にあって、さらに怖い目にも合うなんて、雪が居たから未遂だろうけどそれでも許されるわけがなく……
なにが起きても自己責任のダンジョン内で殺したいほどの憎い対象の人物が目の前に居るのだ。
二度と沢田の目の前に曝してやるかという俺の決意に林さんが止められるわけもなく
「にゃー……」
低い声でじわじわ工藤の背中に忍び寄る雪の低い声にやっと工藤にも現実が見えてきたのだろう。
揶揄でもない勝てない相手からの本気の殺意と言うものと対面して、膝が震えていたものの足を下げないと言う所、ほんとこの男の怖い所だと思う。
だけどそれで俺が見逃すわけもない。
工藤が瞬きの間に近づいた俺に驚くよりも頭を掴まれて、11階への階段の近くの壁に投げ捨てられていた。
「さあ、行こうか。15階の魔象も初見だよな?
16階以降も簡単に見せてやるから20階も楽しめよ」
誰にも二度と工藤と会う事はないだろう俺の処分方法が本気だと判れば止めてくれと抵抗するように暴れだせば
「工藤見つけたー!!!」
思わず9階に続く階段へと視線を向ける。
そこに立っていたのは沢田で……
「やーっと見つけた。相沢ありがとうね。
わざわざ私の獲物捕まえておくなんていいとこあるじゃない」
ふっふっふ……と笑う沢田の様子のおかしさに顔を引きつらせる林さん。
もちろん今の沢田には周囲を気にする余裕がないと言うようにどんどん足を進めてきて
「ぶっつぶーす!!!」
なんとなくおまたがヒヤッとする宣言をしてくれたような気がした。
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