強者は優雅にまどろむ

一緒にこぶしを突き上げてくれたけど顔を青くして「でも危ないよ」と小さな声で心配してくれる岳の気持ちは嬉しけど


「大体なんで私ばかりこんな目に合わないといけないのよ!

 男運なさすぎなんじゃないの神様!

 それにあんなヤローにキ〇タマついてること自体間違いでしょ!

 潰してやる!去勢してやるっ!!ぶっ潰してやる!!!」


「沢田さん言葉……」

 聞きたくないと言うように耳をふさぐ岳の様子にふんと鼻を鳴らし

「とりあえず岳の怪我ももう問題ないみたいだから一人でお留守番ぐらいできるよね」

「え?一人で行くつもりなの?!」

「ここ任された以上誰かが残らないといけないじゃない。

 それに雪もダンジョンに向かったみたいだからどこかで会えるから問題ないわ」

「問題だらけだから!」

 落ち着いてとおろおろする岳の方が落ち着けって感じだけど

「止めても行くからね!そして潰す!」

「ナニを?!

 って、もう止めないけど、せめて最低限の荷物は持って行って俺を安心させて!」

 止めずに全力で応援してくれる岳のこういう所、好ましいと幼馴染だけに褒めて遣わす!

「ありがと……う?」

 なんて用意されたものを見て疑問を覚える。

 普段使っている武器はもちろん11階の温泉水と軽食、エネルギー維持のためには必須だ。

 ここまでなら分かる。

分かる、だけど

「ねえ、これっていったい何?」

 いつもはないもう一つのカバンの中を見て岳は至極当然と言う顔で言う。

「だって捕まえるんだろ?必須じゃね?」

 こいつは私を何だと思っているのかと思うも良く良く考えればあれば便利なのは確か。

「まあ、ありがたく使わせてもらうか持っていくけど……

 ねえ、これ使って大丈夫なの?」

「さあ?相沢が出力間違ったって言って使うの止めたやつだけど、あいつにならいいんじゃね?」 


 問題なさそうだしなんて小首を傾げて言うけど私もよくわからないまま荷物を受け取って疑問を覚えながらもあいつなら良いかとダンジョンへと潜るのだった。




 そして全速力で追いかける。

 大分距離が開けられただろうけど行先はマロの住む10階。

 ダンジョンの中ならやられたままでいる私だと思うな!

絶対捕まえてとっちめて簀巻きにして……


「ふふふ、なんだか楽しくなってきたわ!

 あははっ!はーーーはははははっっっ!!!」


 多分これがランナーズハイ状態というのだろう。

初めての経験をしながら無性に笑いたくなって10階のマロ部屋の前に立つ間、工藤と雪が仕留めただろう魔物を無視したものの不思議と魔物と一匹にも出会わなかったまま大きな開けっぱなしの扉の前に立ち

 

「きっともうこの先に居るのね……」


 鞄からマロ剣を取りだそうとするも奥から聞こえる声に


「相沢!」


 聞きなれた声を聴いて私は鞄を持ったまま10階のマロ部屋へと駆け下りるのだった。






 ふざけるな!

 ふざけるな!

 ふざけるなっっっ!!!


工藤は心の中で何回も世界を呪いながらもダンジョンの中を駆けていた。


 アル中の父親に母親と共に虐待された少年期。

 母はある日一人で逃げ出して残された俺がアル中親父のサンドバッグになり、その日の食事なんて与えられるわけもなく周囲から奪い取って食いつないだ日常。

 それでもアル中親父は雪の降る日もいつもの通り酔っ払って河川敷で転んだのかそのまま帰らぬ人となった俺の人生最良の日となった。

 そこでやっと母親が迎えに来て、当然ながら俺を捨てて逃げ出した母親を俺は許せるはずもなく、問題児となったものの


「高校位卒業しないとこの先食っていけられないぞ」


 俺の事などどうでもよさげな進路指導だったが確かにその通りだと母親からの自立を目指すために勉強をして俺の事を誰も知らない高校へと行ってそれなりにいい子をしたつもりだったのに社会は俺の本性を見抜いて受け入れてくれなかった。

だけどそこは高校三年という大切な時期を新人教師が必死に駆けずり回って何とか潜り込んだ自衛隊という職場。

  無事家からも出れたし、自分を養う程度の収入はあるし、何よりみんな俺なんかよりも逞しい人たち。

  多少一緒に悪ふざけをしても笑って仕方がないなあと許してくれる懐の深い人たちに囲まれてやっとここが自分の居場所だと悟った。


 それなのに……

 それなのに!!!


 こんな田舎に来たのが運の尽きだった。

 

 高校の時、どうすれば三年間無事過ごせるか考えた時にちょうど見たのがラグビー部でキャプテンをしていた千賀だった。

 女子にもモテていて、部員にも信頼を預けてもらっていた。

 さらには教師受けもよく、真似るならこの人だと思い、ラグビー部に入部を届けて、すぐに千賀と仲良くして覚えめでたい後輩となり、千賀を真似るするように高校時代を過ごせば今まで教師なんて顔を合わせれば何もしていないのに注意をされたり、あからさまな態度でいやな顔をされたりの人生が体長を気遣ってもらったり信頼を預けてもらったりとイージーな人生に早変わりした。

 こんな簡単な事だったのか!

 多少の悪さをしても困ったようなふりをする笑顔で気を付けろよと言われる程度。

 千賀先輩には本当に感謝した。

 そして家庭的な事情で進学ではなく就職を希望をすればメッキはすぐに剥がされたものの

「ここならね、格安で隊舎も借りれるし、免許を始めいろいろ資格も取らせてくれるの。

 工藤君ためにもなるから先生お勧めするよ!」

 成績はともかく学校でも評価の高い俺の就職が難航する中持って来てくれたパンフレットに縋るように受け取ってみせただけで先生は校長先生にも頭を下げてねじ込んでもらったようだ。

 

 そうやって何とかここまで来たと言うのに!


「あの猫を皮剝いで飼い主の口に詰めてやる!!!」


 一日中家の中に居て何もせずにのうのうと暮らしているヤローに、俺の努力を一瞬で無駄にしやがった奴の目の前で沢田を犯して狂わせて岳をなぶり殺しにしてたった数人しかいない、しかも片腕のいまだに先輩面している千賀にももう用無しな事をもう片方の腕を奪って教えるくらいしても気が収まらない。


 だけどその前に今のままじゃあいつらに勝てる見込みはない、それぐらいの判別は残っている。

 

 まずは10階で魔狼から剣を奪い、11階で少し休憩して14階あたりでレベリングだ。

 11階以降ならサバイバル訓練で学んだことは活かせる。

 そのうえ土木課と言う部署がさらに問題をクリアしていく。

 すでに目星をつけている洞窟を拠点に活動すれば不自由なく暮らすことは出来るし、密かに荷物も運び込んでいる。


 15階をクリアできないあいつらなら俺にだって勝負に持ち込める!


 ここまで来た腕っぷしと部下を支配してきた自信が確信に変わり、ニヤリと笑みを浮かべる。

 10階で魔狼からアイテムを奪えば後は人一人を探すには困難なフィールドダンジョン。

まず俺一人を見つけ出すことは出来るはずはない!

 さらに魔物の素材を売りまくれば一生でも遊び倒す事の出来ない金額の金がある!


 世の中金があれば強者になれるんだ!


 勝った!

 俺は本当に自由だ!

 あの千賀を超えて俺が、俺が最強になる!!!


 そんな夢に些細な誤差を感じ取れずに10階へと足を踏み込んでしまった。 


「さあ、魔狼! 

 俺の糧となって武器をよこせっっっ!」

 

 階段を駆け下りて魔狼と対面すれば……




「よお、ずいぶん遅かったな。

 待ちくたびれてマロのベッドで一眠りしてたよ」


 首を切り落とし、丸くなった魔狼の腹で空っぽの宝箱に足を乗せて欠伸を零しながら寛ぐあのクソニートが待ち構えていた。





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