本当に逃げられると思うなよ?

 皆さん項垂れるようにしゃがみ込んだり、まるでからかうようにカラスが近づいて服の裾をつついて脅えさせたりと野生の恐怖レベル1をすっかり摺り込まれた様子。楽しそうな悲鳴をあげていた。

 トラウマ確定だねと少し憐れんでしまえばこの異常事態に庭の隅を回り込んで私の方にやって来た千賀さんが


「工藤はどうした?」


 この集団の中に居ない事を訝しめば


「まだ二階にいます。雪さんが凄い事をしてくれて……」

「さすが雪軍曹。ダンジョンの外でも最強だったか」


 そんな千賀さんの言葉に皆さん初めて上から雪軍曹とやらに鍛えてもらえといわれた相手が本当に猫だった事を知ったようで信じられないと言うように私たちを見ていた。

  

 だけどこんな状況でも工藤という男はどこまでも救いようのない人間だったようで


 ドドドドド……


 歩けばギシギシ音を立てる納屋の階段を駆け足で降りてきた。

 そしてそのまま三脚を振り回しながら


「寄るなっ!近づくなっ!

 俺に命令するなっ!!!」

「おま、工藤か?!その傷……あ」

「うるせーっっっ!!!」


 叫びながらカラスも怖くないと言うようにひん曲がった三脚を振り回しながら相沢の家のドアのガラスを割り


「お前らクズに捕まってたまるか!!!」


 家の中に上がり込んで建付けの悪い家の中を移動する音を聞きながら追いかけようとするも


「あいつダンジョンに潜るつもりか?!」

「なんで?!」


 千賀さんの驚きに手ぶらで向かうなんて常識的じゃないだろうと言いたげな三輪さん。

 だけどマロを倒せば武器が手に入る。

 そして11階以降は水も食料も勇気を持てばいくらでもある。

 ダンジョンの中に潜んで力を蓄えるつもりなのかとその執念に身を震わせれば


「雪!仕上げの仕事だ!」


 橘さんに支えながら岳が声の限り吠えた。

 意味は分からないけど、それがまるで合言葉のように雪は納屋に潜んでいるボス猫様たちに一声上げた所でまるで追いかけるようにダンジョンへと向かった。まるで後は頼んだと言うように、そして任されたと鳴き返すボス猫様。


「連携はばっちりなのね!雪達ってばかっこいい!!」

「いや、そうじゃない」

 なんてテンションが上がってしまえば千賀さんにすかさず突っ込まれた。

 そんな一幕が終われば千賀さんは私から少しだけ距離を置いて


「悪いが、岳君の手当てをお願いできるかな?

 我々はあの犯罪者どもを監視しないといけないからな」

 

 言いながらカラスの協力を得て千賀さん監視の下、三輪さんと橘さんで一人ずつ連行して隊舎に閉じ込めていく。

 何度か見せてもらった隊舎にはいつの間にか全室外付けのカギを付けて室内から出れないように細工がされていた。会議と言っていたけどこの状況を想定してずっと準備をしていたと言う。

 因みに窓側は野生動物、主に熊が出るからと格子が備え付けられているがおかげで立派な牢屋になったのは言うまでもない。

 因みにトイレは……


「安心しろ、トイレは紙おむつを用意しておいたが、今晩中には応援が到着するからトイレはそれまで我慢しろ。

 それともここでカラスに囲まれて待つのとどっちが良いか選ばせてやるが?」


 そんな待機時間。

 夏を過ぎた山ではどんどん冷えて行き、ズボンをはいてない方はすでに15度を切った気温に震えている。

 ワインもボトルを空ける勢いで飲み、寒さに負けた薄手のセクシー下着を身に着けている人たちから素直に連行されていった。

 

「さあ、沢田君は岳君の治療をお願いするよ。

 そして悪いがこのまま休んでもらいたいところだがダンジョンの入り口の監視を任せても良いだろうか。応援が着くまでの間で十分だから頼みたいのだが……」


 申し訳なさそうに言う千賀さんに私は仕方がないねと言うような顔で


「なんだか興奮して寝れそうがないので任せてください」


 最も岳の怪我の具合に寝る暇もないし……

 台所の勝手口から岳を連れて入ろうとするも私は足を止めて背中の光景を見る。

 無数のカラスとカラスの視界に入らないような場所で隠れている猫たち、そしてイチゴチョコ大福にも向かって声を上げる。

 

「朝になったらご飯用意するから!

 みんな食べに来てね!」


 私の精一杯のお礼。 

 ご飯はもちろんダンジョン産の食材たちがトッピング。

 皆さんそれを待っていたと言うようににゃーにゃーかーかーわんわんと吠える返事に答えるように


「また朝ね!」

 

 今夜は忙しいぞと気合を入れるのだった。

 



 痛みからよたよたと歩く岳を母屋の台所の椅子に座らせて怪我消毒しようとすれば

「沢田、悪いけどそこのペットボトル取ってくれる?」

「これ?お水飲みたいのなら新しいお水入れて来るよ?」

「お水じゃないよ。それ11階の温泉のお湯だよ。冷めちゃってるけど」


「……、あー!傷に効く奴!」

「そう!なんちゃってポーション!」

「それー!」

 

 なんて笑いながら空のペットボトルに詰めた温泉のお湯を渡せば一気に半分ほど飲んだ瞬間、小さなかすり傷や痣がすーッと消えて行った。


「ファンタジー!」

「下手に病院にかかるより治りが早いね!」


 なんて思うもふと見ればこの家にはにつかわしくないおしゃれなガラス製のドリンクサーバーがあった。

「こんなのいつからあったっけ?」


「ええと、ずいぶん前だよ。

 水井さん達が居なくなって、工藤達が来て暫くしてからかな?」


 何の疑問もなく言う岳だけど、つまり相沢はその頃からこの時の事を予想していたのだろうか。

 それに気づけば確かその頃からだった。

 雪はあまり人前に姿を見せず、相沢は外に出る事を嫌がるようになった。

 そしてやたらとダンジョンを雪と潜るようになり……

 

 予想していたのだろうかじゃない。

 すでにこういう事が起きる事を想定していた……

 だからタイミングよく雪たちが部屋に潜り込んできたり、やたらと料理には南蛮漬けぐらいにしか使いようのない小さな魚をやたらと取ってきてカラスたちに処分させたり…… 干物に味をしめてやってくるカラス対策の餌じゃなかったのね。

 その時から既にこの日の為の準備はされていた。

 

 その偽りの優しさで甘えさせてくれるお姉さんたちに浮かれていた私が恥ずかしい。

 ご飯を美味しい美味しいと義務的な褒め言葉を与えられて張り切っていた自分が道化みたいで恥ずかしい。

 何の警戒も疑問をもたずにただ親切にされて笑っていた自分が恥ずかしい!


 パチン!


 思いっきり自分の頬を両手で挟むように叩けば岳が驚きに体をのけぞらせ


「ど、どうした?」

 

 なんて疑問。

 

「私もダンジョン潜ってくる!

 そして工藤を捕まえて人生破綻させてやる!!!」

「発想怖っ!

 じゃなくって、危ないからダメだって!」

「ダメじゃない!

 ダンジョンなら私あいつに勝てる!

 だって悔しいじゃない!人を食い物にして、見下して笑って!

 人を馬鹿にするのも大概にしろって言いに行くだけよ!」

「……」

 こぶしを突き上げての宣言に岳は完全に言葉を失ってよくわからない顔で私と一緒にこぶしを突き上げて

「おー?」

 少々覇気がないものの賛同してくれたのだった。





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