水井班、伝道者となる

 水井班に新たな辞令が下った。

 秋葉のダンジョンの斎藤班に水井班の一人が投入され、例の出来立てお寺ダンジョンにも水井班の一人が投入された。

 そう、一度戻るように辞令を受けた水井班だがそこから先は全員別々の行動に出る事になった。

 理由は簡単。

 ソロで魔狼退治が出来るようになったからだ。

 その情報を得た上層部は林達が送った情報の実証と言うように各ダンジョンに個別で派遣をした。

 当然担当のタンジョン対策班はあまりいい顔をしなかったがそこは縦社会。黙ってそれを受け入れる調教された集団だった。

 とは言え針のむしろのような視線を受け止めつつも雪と岳にみっちりと鍛えあげられた自信はそんな視線さえ跳ね返す。

 いや、そんな顔をしているだけ。

 眼光の鋭さに泣きたくなるもののくいっと顎を上げて


「初めまして土木課の水井です。

 今回は辞令により魔狼討伐の訓練を受け、まずはダンジョンを見て回りたいと思います。

隊員の同行をお願いします」


 ダンジョンが発生してから訓練を重ねている皆様とは違い日々サポートしている側の人間がそんなメンタルを強く保てるわけないだろうと心の中で突っ込みつつも一応魔狼を本当に退治できるのか皆様ぞろぞろとついてくる。

 多分土木課が出来るのかという好奇なのだろう。誰よりも強さを誇示したい集団はにやにやとしながらついてくる傍ら事前に読み込んだ資料を思い出しながらダンジョンを進む。


 当然走りながら。


 レベル20を超える事の出来ない皆様の足を遅いなと思ったものの俺達を鍛え上げた雪軍曹も同じように思っていたのだろう。だけど軍曹は一人も取りこぼさずに俺達を鍛え上げてくれた。

 同じように俺も鍛えるようにスピードを調整する。

 つかず離れず、その距離が彼らのプライドを刺激してか土木課には負けられないと言うように置いて行かれるかと言うようについてくる様子はかわいいものだと思えばもう畏れる物はない。

 目標は往復3時間を切る事。

これで大体レベル25ぐらいで橘が最初に俺達に与えた課題だった。

いや、あの時の俺達に三時間を切るって無理だろ……

だけどあの家主の二時間を切る記録を思えば一番最初の目標としては十分だ。

 軍曹の一時間を切るタイムには到底及ばないが、すでに皆さんレベル20近くはあるのでそれぐらいのペースはちょっときついかもしれないが日ごろから訓練を重ねているはずなので無難なスピードなはずとぐいぐい先頭を切らせてもらうのだった。

やがて辿り着いたゴール地点。

マロ部屋に続く扉の前。

片道だけなら余裕と俺は呼吸を整える中、皆様は膝に手を付きはあはあ、ぜえぜえと喘いでいらっしゃった。しゃがみこまなかったところは上出来だ。

  野郎の喘ぎ声なんて聞き苦しいと思ったけど、ダンジョン対策課のプライドで俺がスピード調整したとはいえちゃんと全員着いて来たのは見事というしかない。

 そんな中隊長の田中だったか。何とか呼吸を整えてから水を飲み

 

「一つ聞くが、お前達土木課はこんなにも体力が必要だったのか?」

「そんなわけないでしょう。

 俺達もただ鍛えられただけですよ」


 常に雪軍曹と補佐兼通訳の岳に連れまわされたダンジョンはすっかり14階までは問題なく行動が出来るようになった。

 だけど時間という縛りの中で15階をついぞ見る事はかなわなかったが……


「上から皆様を俺レベルに鍛えるように辞令が下りてます。指導役として学んできたことを全力で伝えたいと思います。

 俺程度にレベルを上げるように言われてますので頑張りましょう」


 なんて言えば皆さんぞっとしたように息を乱さずに水を飲む俺を見上げていた。

 とりあえず皆さん膝はガクガク筋肉プルプルなので休憩を兼ねて水分補給と補給食をしっかりととっていただく。

 持たせた荷物に疑問を持たれたけどこんな所で食べるのかという疑問を無視してささっと済ませ


「ではこれから10階に突入します」


 そんな宣言に目を見開き息をのむ皆さま。

 俺達と同じ反応してるしw

なんて笑いたいのをぐっとこらえ


「まずは最初なので俺が討伐します。

 皆さんは壁際で魔狼と言う魔物がどんな奴か実物を近くで見てください」


 言って俺は重厚に見えて触れれば軽く開いてしまう禁断の扉を押し開けた。

 こんな気楽な標準的装備出来て大丈夫かといいたい視線が刺さったものの大丈夫です。

 なんてったって俺にはマロマントとマロ剣がありますから。

 皆様の分は収穫するまで待ってください。そこはちゃんと上からも許可を貰って念書も作ってあるので安心して隊員の装備が揃うまで頑張ろうと気合を入れる。もちろん嫌がらせではないが心の中でだ。

 とりあえずマントはかっこ悪いので切り裂いたものを腕に巻き付けて剣を装備する。

 まさかマロも自分が吐き出した宝箱の中身で止めを刺されるとは思っても居ないだろう。

 おっかなびっくり、腰を抜かしながら、自分の死期を勝手に悟って涙を流す様様な状態の皆さまを階段から突き落としてマロ部屋に進めば勝手に閉じるドアの手前で全員が逃げ出さないように睨みつける俺と逃げられない事を悟ってあきらめの表情をする皆様をマロ部屋へと蹴り落としながらご案内する。

 往生際が悪い。

 俺達もそう思われたんだろうなと雪軍曹に初めて連れてこられた日を思い出しながらすでに始まっている光の奔流から形作られる魔狼ことマロと俺達はご対面する。

 情報で知ってはいても皆様当然ながら初対面のようで指示を出さなくても壁際まで撤退する様子はとてもダンジョンに入った時の勝気な様子はどこにもない。

 そして形成された魔狼は火炎放射を吐きだそうと息を吸い込むような予備動作を始める。


 炎の魔剣を構えて腰を低く落とし、全身のばねを使って駆けよってからの……


 跳ね上げた魔狼の首が宙を舞った。


 当然ながら火炎放射は不発となり、炎が撒き散らかされる代わりにその首から血があふれ出した。

 だけど俺は魔狼の首を切り落とした時の踏み込みから血に汚される事なく……

 魔狼から通り過ぎた所で振り返り、絶命する瞬間を見届けてから剣に付いた血糊を振り払った。


 そう、軍曹の真似なんて出来ないので後に岳が見せてくれたこの討伐方法がかっこよすぎて俺達は一生懸命真似が出来るように練習したのは水井班の秘密だ。

 

 やがて現れた宝箱の箱を開けて中身を見せながら


「皆様には是非ともこの程度が出来るようになってもらいたいと思います」


 親しみを持ってもらえるように笑いながら近づけば


「「「「「ひいいいっっっ!!!」」」」」


 まるで俺が化け物かのように悲鳴を上げてくれたのをイラっとしながら心に決める。

 

 雪軍曹、あなたの弟子は軍曹の教えを広げたいと思います。


 奇しくもこの決意は日本各地に散らばった水井班隊員全員が心に誓った言葉だった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る