とりあえず肉をくれ
マロ討伐を雪から学んだ水井達だがいつまでも全員でダンジョンに一緒に潜る…… と言う事はさすがに出来ない。
なんてったって俺達には仕事がある。
そう、仕事があるんだ……
仕事に来たんだよ……
そんな仕事先で俺達を待っている相手は今現在待機している橘ともう一人、三輪だったか。
その二人の宿泊する場所を作りに来たはずなのに……
ここに来る直前三輪と橘が所属する千賀の部隊が大変な事になっていた。三輪はその情報に一目散に戻ったと言うお人よしの馬鹿な男のようだった。
千賀隊はダンジョン攻略の最前線に向かう一番危険なミッションを引き受ける実行部隊で先日討伐失敗に終わった秋葉ダンジョンを一般市民に乗っ取られ、その後始末に駆り出されたのだ。
まあ、乗っ取られた時の部隊は学歴重視のお飾り部隊なのでさっさと引っ込められただけなのだが、その後始末の作戦待機中にスタンピードが発生し、かなりの大人数の死者と怪我人が出たのを俺達は別の任務の地で流れるネットの情報で言葉もなく絶望と共に見ていた。
同期の中で出世頭と言われる千賀とは防衛大学時代からの友人。
こんな時代になってせっかく防衛大学を出て順風満々お互い出世街道を進んでいたはずなのにダンジョンなんかが発生したためにダンジョン討伐の訓練を受ける事となった時はこの歳で再訓練かと一緒に不満も言い合った仲だ。
だけど現実は厳しくまだ黎明期だったダンジョン訓練の時の事故で視力の低下から戦力外通告を受けた俺と最前線を行く千賀とは天と地ほどの差を開けられて羨ましくも妬んだと言うのに……
彼は救助活動の末に左腕を無くした状態で一命を取り留めたと聞いた。
ほっとした半面そんな状態で生き残ったのを哀れと思った俺の劣等感がそう感じさせたものの、あいつの補佐役でもあり当時の俺でも引き抜きたいと思ったほど優秀と噂で聞く林の全身火傷の生々しい姿を見てほっとしたとか哀れとかそんな感情は消え去ってしまった。
もちろんネットの映像の中に橘の指導役としてここにいるべき三輪の姿を見つけたが……
彼があの場に居なかったら林は生きてなかっただろう、いやその姿で生きて行く事になるとは……なんて考えてやめた。
俺達の仕事はほぼぼ終わりに近づきぼちぼち撤退に向けて動いている頃ぼろぼろになっても晴れやかな顔を見せてその三人が姿を現した。
急遽二名人材が補強されると聞いていたがまさかの傷も癒え切れていない千賀と林が来るとは、出世頭の左遷とは到底思えないこのダンジョンの状況ゆえの驚きだった。
ほぼ無傷の三輪とまだまだ赤味の引いていない全身火傷男、でも隊服を着ていた部分は軽傷でそこに限りほぼ完治している林とまだまだ片腕生活に慣れていない千賀が揃って目の前に居た時には久しぶりの再会に言葉が見つからなかったがその夜とりあえずと言うようにビールを片手に
「大変だったな」
無難な気づかい。
だから俺はもてないのだと千賀相手に気遣う理由もないが他にもっと言うべき言葉があるだろと思うも
「まあ、どじったな」
なんて苦笑。そして……
「嫁の所に行きそびれた」
じゃねえだろ!
なんて言葉が飛び出したけどそれはぐっと飲み込んで
「その命はお前の嫁さんが助けてくれたんだ。もうちょっとこっちでゆっくりしろよ」
「それを言われると何も言い返せない」
どこか泣きそうな顔をしていた。
「たしか防衛大卒業式のスタンピードだったな」
「ああ、防衛大の敷地内に発生したダンジョンだ。学生の訓練場に使っていた奴があの卒業式の時にスタンピードを起こした時だ」
あまりにも苦い記憶に俺達は言葉を無くした。
自衛隊は幾つかのダンジョンを訓練の為に保有している、それは有名な話だ。
防衛大のダンジョンも今となれば有名なダンジョンの一つ。
あの卒業式の日に起きたスタンピードはどこか浮ついた、でも厳かな時間の時に発生をした。
関係各所の賓客や来客、そして卒業生の晴れ姿を見に来た親族一同。
さらにたまたま用事があってやって来た卒業生。
その場に当時教官の一人として来ていた千賀は卒業式に参加しており、卒業式後に買い物に行くために足を運んで来てくれていた千賀の妻と一緒についてきた千賀の父と母もそろって駐車場を待ち合わせに来ていた不運はダンジョンの入り口を警備していた者たちの無力さが証明していた。
あふれ出た魔物は周囲にある餌を求めて塵尻になり、当時身重だった千賀の妻は車の中の息苦しさから千賀の両親に気を使われて近くのベンチに移動していた為に逃げ場もなく真っ先に狙われてしまった……
当然すぐに戦闘態勢になる物の制服姿の武器も持たない軽装備ともいえる学生たちは全く役に立たず……
卒業の晴れ姿を見に来た家族ともども餌食になってしまった。
その中かろうじて千賀は折りたたみ椅子を武器にダンジョンの中の常人離れした肉体でなくてもなんとかその場を凌ぎながら待ち合わせをしている妻の下へと駆け付ければもうそこは言葉も失う血の海の世界だった。
卒業式後は時間があるからとベビー用品を買いに行こうなんて誘わなければよかったと今も後悔している。
かろうじて救いは防衛大という場所柄すぐに銃火気が手に入る為に敷地外に出す事はなかったものの……
ダンジョンが発生してダンジョン対策の為にカリキュラムを見直してやっと育て上げた戦士が全滅してしまった類を見ない悲劇は隠す事が無理な話だった。
かといって希望も残っていた。
その中でたった一人、魔物に食い散らかされた人の山の中で生き残りがいた。
それが橘紫苑だ。
友人も、家族も、そしてこの日の為に中学を休んでまでお祝いに駆けつけてくれた年の離れた妹もすべて失った彼はもはや生きるのがやっとの存在になってしまった。
橘の存在は対外的には隠されたが、自衛隊の中では有名だった。
詳しい事情は公表されなかった為にやっかみも含めて皮肉にもあの災厄を生き延びたエリートだと噂がひろがった。
実際はかろうじて卒業できた程度の成績だったらしいが、あの場を生き延びた幸運こそ彼の強さだと褒め称えられても何一つ橘には当然ながら響く事はなく、それは重しとなって本来の橘の性格を壊すまでに至った経緯だった。
「あの時の二の舞、それだけは繰り返したくなかったのにな……」
片腕を失った親友、街を歩けば脅えられる姿になってしまった望んだ人材。
人目のないこの田舎でまるで汚点を隠すようにやって来たもののその顔つきは穏やかで……
「そう言えばここの特殊な討伐の仕方、お前は聞いたか?」
問われてぎくりと表情が反応してしまう。
千賀はただ静かに笑みを浮かべ……
「俺はこれから部下を一人でも失わないようにここでの情報を拾い上げていくつもりだ」
なんて語る顔はこの家の主相沢にダンジョンに強引に連れ込まれてから変わった顔つきに俺もそうだと頷く。
「二度と部下を失うような思いはしたくない」
「それを言うのなら友を失う思いもだ」
なんて言えば千賀は苦笑して
「それはお前にもだ。あんな低階層で無謀に突っ込んで大けがして視力低下だけですんだ時の俺の気持ちを今理解しろ」
「お前の気持ちだなんてやだね」
なんて笑っていれば
「こちらでしたか」
林が取り皿に肉を山盛りにしてやってきた。
「沢田さんがから揚げとステーキを焼いてくれました。黙っていれば水井班の奴らに全部食べられそうなので」
そう言って持って来てくれた。
うちの班の奴らの気使いのなさに泣きたくもなったがこんな暗がりで出会うと少し怖気づきそうになるご尊顔の林は皮膚移植を受けたけどまだまだ引きつる様な状態に表情は固まっている。
だけど楽しそうな声に俺達も温くなったビールを片手にありがたく頂く事にして
「千賀、食べにくいなら食べさせてやろうか?
ここの肉凄い美味いぞ」
「なに、利き手は問題ないから遠慮するが、肉が美味いのはうれしいな」
ダンジョンに連れ込まれる前より少しだけ余裕の生まれた様子に林は小さな笑い声を零しながらこの穏やかな時間を邪魔しないようにぎわう方へと足を向けた。
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