水井班、白い悪魔の下僕となる出会いを迎える

 田舎のどうしてこんなにも広いんだと疑問を持つトイレの扉ではなく床との境のあの場所にダンジョンの入り口はあった。

 ダンジョンの入り口は基本どこも大して広くなく、ちょうど車が一台通れるぐらいの幅しかない。

 かつてのトイレがどうなっていたかは知らないが壁に設置されたトイレットペーパーの位置から想像するとかなり手を伸ばさないと届かない、なんて心配はとりあえず無視しよう。

 ちらちらと俺達を見る橘の視線はもう好奇心が止まらないと言う所だろうか。

 俺達のこの動揺を既に乗り越えた余裕のあるエリート様も味わっただろう驚きは今後このダンジョンにかかわる奴らを楽しもうと言うレベルに昇華されている事を少しだけ羨ましく思う。

 そしてこの件に関してもうどうでもいいと言うような顔をしている相沢はただ一言。


「できればダンジョンを出てからはお疲れかもしれませんが家の中は土足禁止でお願いします」


 今日一番どうでもいい事をきりっとしたいい顔で聞かされたようなきがした。

「やっぱり隣の部屋の畳に埃とか舞い込みますからね」

 部下の誰かが言ったけど相沢は首を横に振って

「トイレはまだタイル張りなので洗い流せるからいいけど、それ以外は木造の古い家なので水洗いは勘弁してほしいので」

「つまり、綺麗に使ってほしいという事でいいのかな?」

「はい。ありがたい事に玄関からほぼ一直線なので。今は岳にお願いしてフロアシートを糊付けせずに敷いてあるだけなので良ければご協力をお願いします」

 うん。掃除すればいいだけの本当にどうでもいい事だなと思った。

「そして片方は見ての通り台所ですが、もう片方が囲炉裏付きの居間と、隣が橘さん達にお貸ししてる座敷になります。

 こちらで待機してもらっているので、橘さんの交代要員の方はこの部屋で過ごしてもらう事になります」

 なんて部屋を見せてもらえば謎の立派な机と三つ折りにした布団セットが置いてあった。

 それを見てちらりと橘へと視線を向ければ

「宿舎が出来るまでこちらの部屋をお借りしていました。あと、三輪が秋葉に向かったので休憩もこちらでとらせて頂いてます」

 机とは別の座卓には電気ポッドとお茶セットとパッケージビスケットが並べてあった様子を見て

「すっかりお前の部屋が出来てるな……」

「賃貸料金は本部に請求してありますから」

 正当な理由に呆れてしまうも一応家主と仲良くしているようなので深くは突っ込まないでいる。

 だけどそれより大切な事。

 叶えられなかった欲望を目の前に大切な取り決めをしなくてはいけない。


「我々がダンジョンを使って良い時間はいつだろうか」


 それによってこちらもいろいろスケジュールを変更しなくてはいけない。

 どれだけ効率よくダンジョンを巡れるか、どれだけレベルを上げれるか。

 自衛隊の階級社会でも今となればレベル順位に変わりつつある世界でダンジョンに潜る機会のない俺達の地位は限りなく低い。

 俺の階級なら万が一でもその階級社会の地位を振りかざせば何とかしのげても、それが使えない、もしくは俺より年上の転職の機会を逃した部下を思えばほかのライバルがいないここでどれだけ伸ばしてやれるかが俺の采配の見せ所だと思う。

 何とか日の目を見せてやりたい、そんなぎらつく野望をこんな田舎でのほほんと育った子供は言う。


「俺達も一応考えてみたのですが、俺達基本明るいうちは畑や山の世話、そして納屋とかの改造があるので俺達が潜るのは夕食後となります。その間は潜ってもらっても構いません」

 

 なんて好条件!

 それなら部隊を三つに分けて休暇の奴らには昼間ひたすら潜らせれば全員レベル15以上にはできると心の中で握り拳を作る。作ってしまう!

 

「ですが……」


 だけど彼らはさらに注文を付けてきた。

 ここからが彼らの交渉の本音。

 どんな難題を突き付けてくるのだろうか可能な限りの予測をする。

 倒した魔物の分け前とか、たまに魔物が落とすと言うアイテムの交渉とか。

 ろくな職にもつかずにこのような場所で発生したダンジョンで冒険者を名乗る彼らのダンジョンバブルを思えばそこだろうと警戒をする。

 我々もダンジョン産の素材は憧れを持つし、それらで作った武器はこの歳でも子供心で欲してしまう……常識的な金額では得られない希少な物に飛び付く我々も同類かと苦笑してしまう。

 さて、この子供たちはどんな腹の内を見せるかと警戒して聞けば


「俺達夕食後に毎日潜ってますが、良かったらご一緒したい方がいれば同行をお願いします。

 あ、沢田が魔物の肉で料理したいって言うから最後は解体して掃除までが同行の条件になりますが……」


 それでも一緒に来てくれますか? 

 そんな不安気に伺うような相沢の視線に俺は心の中で土下座をしてしまった。


『こんなにも汚い大人で済まねえええぇぇぇっっっ!!!』


 実際土下座なんて出来ないけど俺を含めてあんな純粋な目をして俺達を頼る若者をまっすぐ見ることが出来なくて視線を反らせていた間……


『あざとさって大切だな』


 そんな心の声が届いた沢田と岳は相沢に白い目を向けて、相沢を見ていた水井班の誰も気付かなかったが、なんとなく沢田の人となりを知りかけている橘は相沢の言葉の裏に潜むたくらみになんとなく気が付いていたもののそれは橘にとっても必須な要件なので全くなにも気付いてない顔でさらりとかわす。

 すでにそれが怪しい事と言うのに気付いてない残念な橘だが、さらに残念な相沢たちはそんな心配りにすら気づかない正真正銘経験値の足りない人間なので何事もなかったかのようにこの寸劇を続ける。

 

「それでですが、昼間俺達が同行してこのダンジョンのマップの案内が出来ないのですが、一応このダンジョンを知るメンバーで一番詳しい奴に案内させます。

 良かったら戦闘の仕方も学んでいただけると勉強になるかと思いますので紹介させてください」

 

 なんて言えば側で話を聞いていた橘さんは古民家の高いとは言えない天井を睨みつけていた。


「そうは言うもののここには君達三人が管理していた、と聞いたが?」


 なぜか睨まれたことを心外だと言うように目を細めた相沢は部屋の片隅に置いてある古い箪笥の引き出しを開け一本の棒状にものを取り出した。

 CMでおなじみの物なので誰もが一度は目にした事のあるそれが出てきた時点で理解が出来ないと言う顔をしたところで


「雪さーん。ちゅーるでちゅよ~!」


 猫撫で声で叫べば


「にゃ~!」


 なんて家の奥からととと……と足取り軽くその白くしなやかな、後に白い悪魔と呼ばれる雪軍曹が姿を現した。





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