水井班、緩やかに下僕になっていく
ダンジョン行きたい、そんなモチベーションに俺達の為の居住区になる建物はすぐに出来た。何度も建てた作業用小屋はその日のうちに建てることが出来てあっという間に手慣れた作業で俺達の生活の場が出来た。
本当なら庭の方に本部を設置する予定だったが豪雪地帯の為に長期滞在用の宿舎の中に本部を作る事に変更となった。
滞在する人数の少なさからの変更だった、
それでも隊舎は俺達の作業終了と同時に撤去の小屋とは違いパネルを組み立てる住居と同じような作業の為にあっという間に出来る。
寒冷地仕様の為に断熱材を入れたりひと手間かかるがそこも慣れたもの。ただ残念な事に風呂はなくシャワーブースを使う事になるのだが、ふもとの町から上がってくる川沿いには温泉があった。
さすが活火山のお膝元。銭湯とは違う事が少し羨ましくもあるが、人数が揃うまでワンオペなのでそこは大変だなあとエリート様の苦労を目の当たりにして大丈夫かダンジョン対策課と心配してみる。
まあ、その為の俺達なのだろう。
土木課でも一応戦闘訓練は受けているから。
ダンジョンの側で何かあった時の為の頭数に数えられてるのは判っているがダンジョン対策課みたいな専門訓練は受けてないので正直俺達がどれだけ役に立つかなんて未知数ではなくただの数という不安材料でしかない。
とりあえず黙々と明日から本格的な作業に取り組む為に分担した作業に取り掛かっていれば
「あのー、今良いですか?」
やって来たのはこの家の相沢君とさっきの血まみれ君と女の子が一人いた。
ああ、彼らが……
今世間を騒がしてる冒険者の三人組だったか。
「何かありましたか?」
こんなまともな戦闘訓練を受けた事のなさそうな子供が、と嫉妬にも近い視線を隠して愛想よく聞けば
「せっかくと言うか、お互い自己紹介ではないけど交流みたいな感じで今夜はちょっとした歓迎会の準備をしました。
橘さんからはあまりよくないとは聞きましたが、それでもうちを守ってもらう方達をおもてなししたいと言うか」
どこか気弱な言い方だが歓迎されている事は嬉しいし気持ちに変わり円滑な人間関係になるのでありがたく思う。
そして本来なら断るべきなのだが
「水井さん、よければこの話を受けてください」
橘からのお願いだった。
「それは上官としての命令ですか?」
なんて年下の男に嫌みのように聞いてしまうも橘は軽く頭を横に振って
「ここのダンジョンを知ってもらう為にもです。
これを接待とは思わず作戦会議とでも考えてください。
ここに滞在してダンジョンに潜る事になるのなら必要不可欠な場になると思います」
お食事会がか?なんて思うも今日は移動で夕食も簡単に済ませるつもりの食事当番が用意していた牛丼と言う量では全く足りそうもないので持参のカップラーメンを開けるくらいならと
「そういう事ならお受けしよう。
それでいつお伺いすればいいのかな?」
なんて聞けば
「あの、準備はもうできていますので皆様の用意が出来次第始めたいと思います」
「庭の方で待ってますんで、煙を浴びる事になるから風呂に入る前に来てください」
そんな女の子のお誘いと血まみれ君の案内に俺達は交流という名目に自分たちの夕食を手に庭へと向かえば……
「この庭何坪あるの?」
思わず家主の相沢に聞けば
「さあ?だけど夏休みに親戚が集まると車10台ぐらいは止まったからね」
それが何坪とか言うのは全く分からないが今まで表側しか見ていなかったのでこの家のバカでかさにさすが田舎だと思うしかなかった。
そして
「昔の家とか?なんで何軒もあるの?」
「さあ?倉庫とか納屋とか作業部屋とか呼んでたけど」
「いやいや、あの納屋は完全に家だろう」
一軒だけやたらと綺麗な外観の家を納屋と呼んでいいのかと思うも
「あー、あそこは岳がDIYして沢田の部屋になっただけです。
今改造してる所は岳の部屋で、あとイチゴ、チョコ、大福の犬小屋になってます。因みにあそこしかトイレがありません」
「いや、犬小屋デカくないか?」
「まあ、今は岳の部屋で暮らしてるから仕事の持ち場的な感じで考えてください」
一応首輪をして鎖で止められているけど俺達が到着しても俺達の顔を見てもワンともスンとも言わない犬たちに俺でなくとも心配をしてしまう。
三匹もいるのに番犬としてどうだろうかと……
だけど数分後にしっかり番犬として役目を果たしている事を知る。
「お前らちゃんと飯貰ってるか?って、舐めるな!あ、こら!そんな喜んじゃって!」
犬好きの奴がついつい手を差し出せばふんふんと臭いをかぎに来た三匹に押し倒されて顔をべろべろ舐められて喜んでいる部下に頭が痛くなったものの
「うちの犬コミュ力高いですから」
「なるほど」
ワンワン吠えるだけが番犬の仕事ではない事を知った……
犬に吠えられることなく部下が構い倒される姿を見て警戒心を解く皆様にも営業上手なイチゴチョコ大福はさらに愛想を振りまく。
飼い主としては嫉妬なんてしない。
秋田犬系雑種のパワーに散歩の度に翻弄されていた事を体験しているので羨ましいなんて決して思わない。
散歩の時に転んで腕に紐が絡まってほどけなくてそのまま引きずられた恨み何て絶対言わない。
そうやってイチゴチョコ大福がワンクッション入る事で人間関係が円滑になった所で始まる食の宴。
沢田が一番輝き、自衛隊の皆さまは女性の手料理にひれ伏すただの下僕になった瞬間でもあった。
ざまあみろだ!!!
なんとなく見下されていた空気に気付いた相沢はちょっとだけ口の端を吊り上げてこのどうしようもない大人達を笑うのだった。
「お肉持ってきました!
たくさん用意したので金網の上のお肉は自分で美味しく育ててください!
あとケバブも作ってみました!ソースはちょっとピリ辛な奴です!
ピタパンを作ったので相沢の家の畑の野菜と一緒に詰めるのでじゃんじゃん言って下さい!」
「「「うおおおおおおっっっ!!!」」」
あ、これ勝てない奴だ。
野太い歓喜の悲鳴にそう判断した水井はこの状況を楽しむ事に変更した。
それよりもケバブって自宅で作れるんだなんて感心しながら興味から一つ作って貰えば……
「なにこのジューシーなお肉。すげー柔らかいんだけど。ひょっとしてお高い奴?お高いお肉の予感がするんだけど。
このソースのピリ辛具合も丁度良すぎなんだけど。
トマトも近年珍しい酸味が強い奴だけどこれぐらいがこのお肉にちょうど良いってなんて品種?
キャベツもこの時期にこんな柔らかいキャベツがあるの?って言うかこのソースの中の甘み、めっちゃ品がよいってメープルシロップ?いや違うな。何の花からとったはちみつだ……」
なんて唸りながらも用意された料理を次々に口にしてしまう。
もう誘われた時の警戒心なんてどこにもなく、用意された沢の水で良く冷やされたビールという演出にも勝てるわけがなくどんどん空き缶タワーを作り上げてしまう。
国内あちこち飛び回されてご当地メニューをいろいろ食べる機会に恵まれた水井班の班長を名乗る水井はそれなりに食道楽ではあるもどれも初めて口にする味に戸惑いながらも食欲と言う大罪に抗えることなく欲望のまま箸を進め……
不思議な事に俺達はなぜかみんなで朝日を眺めていた。
いつの間にかバーベキューコンロで暖を取りながらうとうとしたり、いつの間にか寄り添っていた犬と寝ていたが……
「おはようございます!
朝はあっさりとおかゆを作りました!
マロ骨とカツオ出汁を取ったので温まりますよ!」
そんな挨拶でハッと意識を取り戻せば俺の目の前にいた橘が神妙な顔で言う。
「気づいてますか?
昨晩食べた料理は野菜以外はすべてダンジョン産です」
まさか、とは思ってたけどやはりと言うしかなかった。
それぐらい初めての味だという事で想像はついていた。
だけどそんなもので惑わされないと言いたかったが……
風に乗ってふわりと漂うおかゆの香り。
匂いを嗅げば懐かしさにあふれるかつお出汁の香りだがそれに混じる別の香り。
牛骨にも似た香りに気が付けばこれはあっさり過ぎない美味い奴と言うように胃袋を刺激する。
「食感が単調になるから耳の部分を細く切って揚げてみました。
あと普通に梅干を裏ごししたものとか私の手作りキムチも用意したのでトッピングとして一緒に食べてください」
「こんなの勝てるわけがないだろう!!!」
自信を持つ満面な笑顔に思わず叫んでしまった俺の後ろでなぜか拍手をする相沢に俺達に主導権がない事を悟ってしまった。
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