水井班の夏休み
ダンジョンが発生するとそこで24時間監視の為の待機という自衛隊ダンジョン対策課の環境を整えるために土木課は宿舎や待機場、作戦室などの環境を整えるために日夜東に西にと走り回るのが日常だ。
そんなある日とある山奥に隊舎を作る事例が下りた。
「って言うか地図見ても判んないんだけど……」
教えられた住所にカーナビで案内されれば恐ろしく急斜面のヘアピンカーブを抜けた先にある一軒の目印となる店の向いの道を曲がる所で案内は終了。
しかし道は続いているものの家はどこにも見えない。
とりあえず俺、水井利治は目的地で待機しているだろう橘というダンジョン対策課の若手ホープと言われる男に連絡を取れば
「お疲れ様です。はい、その道であってます。
敷地的にはもう目的地なので店の正面の道を上がってきてください。
道が細いのでゆっくり走っていただければ10分もしないうちに見えてきますので。滑落しないように気を付けてきてください」
こんな山奥にまで来て道を間違えたかと思ったけどその言葉に安心してしまうも……
「水井さん、本当にこの道であってるのですか?」
「信じられんがあっているそうだよ?!」
俺だって信じられるかというのは車一台ちゃんと通れる道幅だけど片側が崖なのにガードレールもなければ縁石もない見晴らしだけが最高に良い道だった。見える景色が森の木々だけなのに思わずスピードを緩めて上るのは当然の心理。
そんな危険ゾーンを抜ければカーブなのに切り立った崖が圧迫感を与える急な曲がり道。
後続の車がミラーを擦ったようだが壊れてないので咎める必要はない。
今ここで余計な事を言えばまた迫りくる縁石のない道でどうなるかなんて余計な心労を運転手に負わせる必要なんて全くないからなと思わずシートベルトにしがみ付いてしまうのは助手席と言う位置があまりに見晴らしがよすぎるからだろう。
そんなジェットコースターに乗った気分でたどり着いたのが山の中に切り開けた一軒家だった。
かつては茅葺屋根だっただろう屋根はトタンで覆われているのが頂けないが何とも言えない風情のある家で一瞬で水井の心臓を鷲掴みされてしまった。
「やだ、この家DIYしたい」
「水井さん、心の声駄々洩れですよ」
「えー。工藤君。君はこの家を見て何も思わないのかい?!」
「いえ、思う所はありますがでも完成してるから手入れする程度でいいんじゃないですか?」
「つまらんな」
なんて評価をしている間にガラガラとガラスの嵌った玄関が開いた。
そして見なれたダンジョン対策課の制服に身を包んだこの地域担当の橘紫苑が現れた。
たしか彼はその年ではそこそこの、いや、ギリギリの成績で卒業したと聞いたがその後起きたあの事件を経て生き残った事で自衛隊の中では有名人になった。決して悪く無い意味のはずはなのに結果のおかげで悪目立ちしてしまった所を千賀が拾い上げたと言う経歴があった。
当時見た時は暗い影を抱いていたが、数年ぶりに見た橘はぬぐい切れない影とうまく共存が出来ているようで、もともと長身のイケメンの部類に振り分けられるタイプだろう。かつて見た印象はもうどこにもなかった。
俺達を見てほっとしたように笑みを浮かべる橘を見上げながら身長に恵まれず身体能力でもダンジョン対策課と言う場所に潜り込めなかった俺は開き直って裏方で頑張る事にしている。
「現時刻をもって土木課水井班は到着と共に作業を開始します!」
「お疲れ様です。
当ダンジョンのダンジョン対策課の橘です。
早速ですが土地の提供に協力を頂いた家主の相沢遥君にご挨拶を頂き、説明を受けたいと思いますがよろしいでしょうか」
なんて言われるも土地を提供されれば後は俺達が適当にやらせてもらうつもりだったけど、開け広げられた玄関から姿を現したその緩い姿に誰ともなく鼻で笑いそうになっていた。
こんな小僧に指図されるなんてまっぴらごめんだ。
なんて背後からのゆるむ気配が言葉にならない意見を語っていた。
だけど相沢遥はと紹介された子供、いや22歳の成人男性はそのもやしの様な不健康を極めたような細い体で俺達の前に立ち
「ようこそこんな山奥に。
ええと、橘さんから話は聞いていると思いますが、隊舎の方はそこの棚田だった場所にお願いします。
もう十年近く使ってないので土壌はしっかりしていると思います。
水道工事、電気工事は問題ないと聞きましたが、ガスは通って無いのでプロパンでお願いします。
それとゴミですが建物の外に置くとその辺の獣が漁りに来るので出来る限り建物の中で管理してください」
なんとも言えない普通の紹介だった。
「あとダンジョンですが、現状俺と友人二人と橘さんで今の所対応しています。盛大な人手不足なのでお時間が空いてるときは是非ダンジョンに潜ってくれると助かります」
そんなお願いに橘にこのダンジョンの管理はどうなっているのだと思って視線を投げれば
「皆さんネットとかで噂を聞いた事があると思います。
ダンジョン10階をクリアしたと……」
まさか、なんて目の前の全く体なんて鍛えた事のなさそうな青年と向かい合うもそんな覇気や自信なんて全く感じることが出来なく耳を疑ったのは職場では常にダンジョンの最前線で戦う者達を見てきたからだと自負している。それなのにこんな風が吹けば飛ばされるのではないかという細身の男がだなんて全く理解できずにいれば
「よければ攻略法を教えますのでダンジョン消滅の為に皆様のお力をお借りできればと思います!」
なんて気弱そうな青年が必死に頭を下げる様子に土木課の我々がダンジョンに潜っても良いのだろうかと考えるのは一瞬。
「是非協力させてください!」
体格的にダンジョンの配属から漏れたのは俺だけではない。
そんな恨み、ではないが気持ちを抱えてここまで来たと言うのに舞い込んできたチャンスに飛びついたのは俺の部下全員。
そんな俺達を頼もしいと思うように青年の顔が明るくなり
「よろしくお願いします!」
なんて元気よくもう一度頭を下げる様子を微笑ましく思っていれば
「おーい、相沢ー!
マロ刈って来たんだけど電動ナイフ動かなくなってさー」
なんて別の青年が家の中から姿を現した。
全身真っ赤に染まったその様子に部下は悲鳴を上げるし、別の部下は奇襲か?!と戦闘態勢に入るし……
なんて警戒する間に
「あー、やっぱ壊れたか。前から調子悪かったか多分中で断線してると思うんだよ。
納屋に古いのがあるからそれ使って」
「えー?あれ重いじゃん」
「ダンジョンなら問題ない!」
「そうかもしれないけどさー」
なんてぶつぶつ文句を言いながら俺達に
「あ、こんちはー」
なんて緩い挨拶をして家の裏側に行ってしまった青年に橘が盛大な溜息を洩らしていたが、こんな山奥に来るように辞令が下りた瞬間憂鬱になった気分はもうどこにもなく
「楽しい事が起こりそうだな」
俺達の総意だと言わんばかりに顔をあげて
「おまえら!さっさと業務時間の仕事を済ませたらダンジョンに潜らせてもらうぞ!」
普段は10人前後の体制でダンジョンを警備するもののこんな田舎の為に一人しか配属されないと言うかもう一人は応援に出かけているらしく、滅多にダンジョンに潜れるチャンスがない事を思えば
「一足早く夏休みを貰った気分だな」
ニンマリとしながら部下達の気合の入った姿を満足げに見るのだった。
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