男だらけの裸の付き合い方

 雪の案内する温泉は森の中にある崖の上。

 たまたまうろうろ森の中を彷徨って見つけた偶然。

 迷子になっていたともいう。

 ジャンプして森の木々を超えた所から見渡して見つけたという経緯はほんとこの世界がレベルアップする事で肉体が強化できる世界で良かったと思わずにはいられない物だった。

 とりあえず最初に見つけたのは川だった。

 天気が良かったのできらりと光った水面の反射に水源の発見に喜んで向かうのは単にこの世界森の中でも暑いからという単純な理由。

 そうして発見した川を遡ろうと探索に出て滝を見つけ、滝の上には何があるとそんな冒険に温泉を発見した。

 地熱を使った、というわけではなく硫黄の匂いはしない。

 何で温かいかなんて俺達が判るわけもなく、ただ足を浸せば極楽の世界。

 普通に入ればぬるいかもしれないがここはサバンナ地帯のような気候。

 全身汗だくの為に服を着たまま飛び込んだのは決して着ていた服の汗臭さを洗い流そうなんて思ってないしと人肌より少し暖かく思う温泉はしばらくの間揺蕩ってしまうくらい心地が良いものだった。


 そんな温泉へは少しずつ木を倒して分かりやすいように丸太を並べただけの道を作って迷子にならないように遊歩道のような物を作っている。

 雑草と同じように木を引っこ抜ける腕力をありがたく思うここでも肉体強化様様だ。

 迷子防止に作った道を千賀さんと三輪さんは感心しながら前をかけていく雪を追いかけるように走ればやがて滝の瀑音が耳に届く。

 ああ、もうすぐか。 

 そんな誰でもわかる音が耳に届けばすぐにその姿が現れた。

 

 見上げるような崖の上からの豊かな水量を誇る滝に初見の三輪さんと千賀さんは口を開けてただ眺めていた。

 動画では知っていたけど実際見ると全く別格の雰囲気なんだよなとこれが写真を見るのと実際体験する事の差なんだよと俺も唸ってしまうが観光はこれで十分。


「ここからだと風に流された水飛沫で崖が濡れて苔でぬるぬるしているからもう少し離れた所から登りましょう」


 そんな提案。

 実際俺達だっていつもそうしている。

 ただでさえロッククライミングなんて経験ないしと思いながらも足場にするにはちょうどいいごつごつのある場所にたどり着き


「ここから登ります!」


 そんな岳の案内。

 だけど三輪さんも千賀さんもどうやって?なんていう視線はあまりにも凸っとなった崖には足掛かりが全く見つからない為。ちょうどいいごつごつは遥か頭上だ。

 しかも割れ目もなく手がかりもないその難易度の高さだが逆立つ崖ではないのが唯一の救い。

 さて、どうしたものか。

 三輪さんは千賀さんにどうしましょう?なんていう視線を向けるも

「雪、見本で皆様に雪の素敵な崖のぼりを見せてあげて!」

 岳が大げさに手を振りながら言えば

「にゃん!」

 可愛い気合の声と共に雪がこれが見本だと言わんばかりにジャンプをした。


「え?はあ?!」

「そうか!いや、バカな!」


 見事に切り立った崖だけどある程度登れば足場はある。

 崖が崩れた、そんな場所は地上数メートルからいくらでもあるが、そこまでが何もないのぺっとした様子に一瞬どうやって登ればいいのか悩んでしまう。

 だがしかし、俺達にはここまで辿り着く間に育てたレベルがある。

 軽いジャンプからのその小さな体でもものともせず重力が行方不明のように真っすぐ駆け登っていく様子をぽかんと見上げる三輪さんと千賀さん。

 そして

「にゃー!」

 なんてまるでこうやって登るんだぞと言わんばかりに立ち止まって俺達を見下ろした後再び崖を垂直に走って登っていった。


「いや、さすがに出来ないって……」


 三輪さんの諦めの極致に似た声に

「俺もアレは無理だから。ほら、あれは雪の壁走りってスキルだから」

 と相沢も言う。俊足という本当のスキル名はガン無視だ。

「そうか、相沢でもできないんだな」

 なんか新鮮な発見をしたというような親近感を与える千賀と三輪の視線に出来るわけないだろうと心の中で突っ込み返すなか


「今回は道案内も兼ねて俺達が連れて行きます。 

 足掛かりにちょうどいい岩があるのでその順番と位置を覚えてください!」


 どこか動物的直観のような指導方法の岳にそれも判らないからと突っ込みたかったけど、岳は宣言通り千賀さんを背負って


「しっかり掴まっててくださいね!」


 そうしてあっという間に千賀さんの悲鳴と共に崖をひょいひょいと昇って行くのを俺と三輪さんとで見上げるのだった。

 一応石の落下が心配だから岳が上に登る頃を見計らってから俺達も出発する。

「じゃあ行きましょうか」

「あー、一つ聞きたいが橘はここを上れるのだろうか?」

「今では行けますよ。水井さんも行けますが?」

 そんな挑発。

 三輪さんは一つ頷いて

「俺は登り方のルートを教えてもらおうか」

「ではまずはあの岩場まで行きましょう。レベル20あればジャンプで行ける距離です」

「水井班が行けて俺が行けなかったら恥だな」

 なんて先行する俺に続く形で三輪さんもついてきて……

 

「これは、レベルが上がって強化されたとは言え体と意識のずれは怖いな……」


 あっという間に二階建ての家位を飛び越えてしまった脚力に驚く三輪さんの活動範囲は主に9階まで。たまに11階以上にも行くけど大概走ったりしてばかりだから気付かなかったようでこうやってジャンプなどの縦の運動能力を全く把握していなかった模様。

「ちょうどいい機会じゃないですか」

 俺が言えば

「そうなると腕の力とかも再確認しないとな」

 言いながら転がっていた石を……

「あ、握ったら潰れた」

「事故る前に確認してくださいよー」

 なんとも言えない顔で手のひらに残った小石をはたき落としてから崖の上を見上げる。

「次はあの大きな突き出ている部分で良いのかな?」

「話が早くて助かります」

「その後はあの足場からあっちの足場だな」

「俺の案内いらないじゃん」

 なんて笑ってしまえば

「じゃあ、挑戦してみる」


「はい。ここから落ちたぐらいじゃ怪我はしないから頑張ってくださいね」 


 その忠告は三輪を当然苦しめた。

 ちょうどいいと思ったものの届かない、もしくは飛び越えてしまう。

 そんな微妙な力加減に何度か行き来したけど……


「やっと着いた……」


 ルート探しは問題なかったもののひとつ目の足場で十分なくらいの感覚をつかむための訓練に20分ほど遅れてきたけど。

山頂にたどり着いた時には別れた時の心細そうな表情はなくなっていて


「三輪!なかなかいい湯だぞ!」


 空間収納に入れておいた浮き輪で浮かぶ千賀さんは気持ちよさげに岳に引っ張りまわされていて。相沢は雪と一緒にビーチパラソルの下でビーチチェアに体を預けて夢うつつ状態。待たせてすまなかったな……

 なんて思わないけど。

 それよりも呆れるのは

「千賀さん、温泉を満喫してますね」

「間違っても公衆浴場ではできないからな!」

 にかりと笑う謎の笑顔になに当たり前の事を、そう思っていたけど

「三輪さんは浮き輪にします?ボートにしますか?」

 岳のそんな二択。

 だけど俺はシャツを脱いで


「男ならまずは飛び込みだろう!」

「意味わかんねー!」

「馬鹿者!飛び込み禁止だー!!!」


「くらえっ!!!」


 千賀さん達はもちろん一人気持ちよさそうに昼寝をしている相沢にもわざと水しぶきを浴びせるようにこの巨大な水たまりの様な温泉に飛び込めば、慌てて目を覚ましてビーチチェアから転げ落ちる相沢とその音に驚いて慌てて岩場に隠れる雪の姿に俺だけではなく岳も千賀さんも大きな声を上げて笑ってくれるのだった。



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