雪とダンジョンツアーに出かけよう?
頭から返り血を滴らせる男、千賀康太は右手に握りしめた鉈を強く握った。
失った部下の復讐か、それとも当時無力だった己にか。
声もなくただ震えるように泣く男の背中はただ寂しそうだった。
首を無くしたマロを前にたたずむ男の顔を俺達は見れず、だけどそこは空気を読む事を知らない岳がいつもの通り明るい声で
「思いっきりやっちゃいましたね!
とりあえずさ、血を流しちゃいましょう!」
手を千賀さんの頭上に向って掲げ、まるでシャワーのように水魔法を駆使してくれた。
あー、岳上手いな。そして無敵だな。三輪さんも岳の空気を読まなさにびっくりだよ。
なんて俺の残念な使い方とは別に有効に使っている様子は改めて真似をしようと思う使い方。
まるで花に水を上げるように千賀さんがかぶった返り血を洗い流せば足元には水で滲んだ血だまりがあった。
暫くの間千賀さんはただ無気力にたたずんでいた。いや一人やっと黙とうを捧げる事が出来た。そんな様子だったけどそこはダンジョン対策課の隊長にまでなった男。
時間を無駄にする事なく切り替える事も早く
「すまない。時間を取らせたな」
振り向いて俺達と顔を合わせた時はもう俺達が知ってるいつもの千賀さんだった。
無理しないでくださいね、なんていう所だろうがみんな少なからずその『無理』という何かを背負っている。
安易に使える言葉ではない事を知っているので
「いえ、でしたら温泉に行きましょう。
片手で崖は登れないと思うので連れて行きますから体を温めましょうか」
言えば
「温泉まで行く前に11階が暑くて汗だくになるよ」
「マジか」
やはり空気を読まない岳に今俺達は多分助けられていると思う。
「しかし滝で遊ぶのも楽しそうだよな」
「楽しいけど崖の上からの景色も絶対綺麗だから!
千賀さん担いで登るから楽しみにしていて!」
なんてさらりと出る気遣う言葉に少しだけ千賀さんは傷ついた顔をするも
「頼もしいな」
そんな年上に頼られる言葉に破顔する岳。
素直に照れる姿にむしろ千賀さんの方が戸惑っていた。
遠回しに自分が情けないと言ったつもりだろう。
だけど言葉の裏を読めない岳の素直な様子に参ったなと言うように頭をポリポリとかく千賀さんに岳が横について
「じゃあ行きましょう!
相沢はマロをしまっておいてね!」
「えー、またマロ肉……」
「マロ皮の使い方を研究しないとな!」
なんてわめきながら俺達は、いや俺は恐る恐ると言うように11階に続く階段を降りれば……
「見事に焼け野原ですね」
「話には聞いていたけどほんと焼きまくったね……」
今まで俺の混乱する様子をまだ本当に受け止めれなかった皆様はこの惨状に一瞬言葉を失うも、唖然、そんなただ風が通り過ぎる景色を眺めていたが
「あー!ちゃんと芽吹いてるよ!
焼き畑農業成功ってやつ?」
岳が地面に膝と手をついて芽吹いたばかりの小さな双葉に視線を合わせていた。
「え?もう?」
「なんの葉っぱだろうね?あの草の新芽かな?」
なんて言いながらも「雑草は駆除」と言いながら芽吹いたばかりの双葉を引っこ抜いてはポイと捨てていた。
一瞬新しい生命の息吹に感動、なんて言うシーンだと思ったのに違うんかいと言う突込みさえ反射的に出来ずにいれば
「俺さ、思ったんだけど」
「何を?」
なんて聞けば
「ダンジョンって俺達の世界を侵略しに来るじゃん?」
「ま、目的は判らんけどダンジョンを通じて外に出てこようとしているあたり侵略だよな」
バルサンに負ける相手にビビっていいのかと思うも、それでも魔狼、魔象には十分恐怖を与えられている。かろうじて攻略が出来ているものの次の魔シリーズのボスを考えれば早くダンジョンを消し去りたいと言うものだ。
「だもんで地味にだけど平和的に俺達もこの世界を侵略しようと思っています」
「「「「?」」」」
俺と千賀さん、三輪さんと理解が出来ずに小首を傾げてしまう。
こいつは何を言ってるのかと……
「俺的にはこちらの世界に害がないように、あ、侵略だから害があるか。
だけど誰も困らない……と思う。たぶん。
そんでもって俺達がわざわざ手を入れなくても浸食できるそんな侵略をしてみたいと思います!」
わー、ぱちぱちぱちぱち。
そんな一人芝居になにを言ってると思うも岳は背負ったリュックをおろし、そこから一つの紙袋に入ったものを取り出して見せてくれた。
「じゃじゃーん!」
掲げるように見せてくれたのは
「アップルミント?」
「そう。庭に植えてはいけない植物でおなじみの奴」
言いながら袋を破っては種を投げるようにして蒔いてしまった。
「あー……」
誰も止める事もなく侵略は始まってしまっていた。
俺も慌てて
「千賀さーん、こんなことしていいの?」
「いや、ダメだろ。どう考えても外来生物を持ち込むのはいかんだろ」
なんて言いつつも岳を止める気はないらしく、また違う袋を開けてはばらばらと撒きながら
「まあ、ダメなのは判ってるからさ。このサバンナ地帯って言うの?そこにはあまり育たなさそうな種にしてみたんだ。ほら、直射日光に高温の気候。どう考えてもまず育ちそうにはないからね!」
なんて笑いながらどんどん袋を破いては種をまいて行き、そして先ほどの水魔法をまき散らす。
楽しそうだがこの世界にどう影響するか考えたら恐ろしくもあるが……
「まあ、害虫避けにもなるし。蝗には負けるけどね!」
「虫よけなら問題なし!蒔け!岳手伝うぞ!」
「ちょ、相沢!」
なんて止められそうになったけど俺は気にせず風で飛ばすように遠くまでシロツメクサの種を撒いてみせた。
これは良いのかと三輪が頭を抱えるも肝心の千賀はしゃがみこんで一生懸命雪にハーブの恐ろしさを教え込んでいた。
「雪さんいいですか?動物的にはミントは大変有害ですので口にしてはいけませんよ?猫は基本肉食動物だから植物を消化できないから肝機能障害になりますからね。絶対食べてはいけませんよ?」
「なー……」
草なんて食べんと言いたげな雪の、でも気を付けるなんて言うような返事を千賀は「雪は賢いな」なんて褒めまくり。
誰かどうにかしてくれと願えば千賀の話しなんて聞いてられんと言うように雪は立ち上がり、まるで自分の庭のように優雅に足を進める。
ついてこい。
そんな風に飼い主でもある相沢の足を尻尾でぴしりと叩き
「あ、温泉に行くんだっけ」
「にゃー」
呆れたと言わんばかりの冷めた声。
俺はまだまだ黒焦げの地面を踏みしめて靴越しの足の感触を確かめる。
一歩一歩踏みしめあの焼け野原を歩けば隣で「にゃー」と鳴く声。
呼ばれてふと足元を見れば雪もその足で焼け野原を歩きながら俺を見上げ
「どう?ちゃんと歩けるだろ?」
なんてもう一度ぴしりと尻尾でたたかれてしまった。
しでかした事は恐ろしいものだけど、それでもちゃんと新しい命は芽吹いている。
ぴょんと一歩前に飛び出た雪は俺達を振り返り、振り返りながらついてこいと言うようにしっぽを揺らし
「よし、温泉まで一直線で案内頼むぜ!」
なんて信頼を込めて言えばたたたーと走り出した小さな体を追いかけるように
「雪さんいきなり走り出すとかなしだって!」
「みんな!雪においてかれるぞ!」
「え?!ちょっと待って!」
「岳!置いて行かれるぞ!」
「待ってよ!種まきながらついて行くからもうちょっとゆっくりして!」
そう叫びながら見晴らしがよくなり過ぎて魔物も寄り付かなくなったかつての草原だった場所を俺達は力いっぱい駆け抜けていった。
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