いつもと変わらない景色が一番の薬、ではなくなりかけているようです

 岳が机の上に置かれていたスマホを持って来てくれた。

 PC作業時用に繋げていたケーブルを見つけたからそこで充電してくれていたらしい。ベッドにもケーブルあるのにねと思いながら感謝していれば

「そうだ、おま、充電切れてたぞ。だからいい加減新しいの買えっていっただろ」

「基本充電しながら使ってたから不便さを感じなかったんだよ。他に連絡する相手が岳と沢田ぐらいだから不便じゃないんだよ」

「お前が不便でなくても俺は連絡がつかなくって心配したんだから」

 なんて不安げな岳の顔に向かって何こいつ可愛い事言ってんのとちょっと感動するけど

「だから、ダンジョンの中は繋がらないんだって」

 外から見えるとこだけならWi-Fiが繋がるから勘違いしそうになるけどね。

「いや、俺は相沢なら何とかして繋げるって信じてるんだから!」

 止めてその無茶ぶり。また変なスキルが発生しそうで……いや、これはこれで便利か?

 少しだけ考えてしまった間に泣いたふりをしながら俺のベッドに飛び込んできてからサクサクと俺のパスワードを解除して動画を漁りだした。

「岳危ないって……」

 言えばくつくつと笑う千賀さんと林さん。

 子供は元気だと笑う年長組は余裕があっていいですねと岳を受け止める体力があっても地味に胃を圧迫する岳の体重に苦しんでいれば


「あ、一番新しい風景ってこれ?

 って、五秒も映像ないんだけど。

 ちょっ!なんか生き物が絨毯のように折り重なって……」

「一体君は何をしてきたんだ……」


「すげー!城がある!

 なんか廃墟っぽいけど、人工物発見って、もう終わったし」


 まだ見てないとは言えその言葉に目を瞠った。

 なにそれ、俺も知らないんだけど見せてよと岳とスマホの間に潜り込んでみれば確かに人工物っぽい何かがあった。

 そして城という人工物に千賀さん達も俺になにか問いただそうとする口を閉ざし……


「岳、その映像を我々にも共有を頼む」

「りょーかい」


 なぜか俺のスマホなのに勝手に操作してみんなに映像を配ってしまった。

「おま、何勝手に人のスマホ弄ってるんだよ」

 今更だが返せと言うように取り上げてももう遅いと言うように皆さん自分のスマホにかじりついている。

 もちろん俺も目を凝らして見れば確かに遠くにだが白っぽい建造物のような何かがあった。

 それを例えるなら城と言うのだろう。


「林、悪いがこの映像をもってまた本部に戻ってくれるか?。これ以上ネットに流すな。

 皆も万が一に備えて映像は各自のファイルに保存してLIMEから削除するように」

 一斉にみんなの指が同じ動きをする統率され過ぎている動きが逆に怖い。

「判りました。あと増援を要請してきます」

「帰って来たばかりで済まない。

 私はこれから相沢に大冒険の話を聞かなくてはいけないようだからな」


 どんな時でも自衛隊。

 一般人と遭遇しそうにもないこんな場所でもクールビズな素敵な紳士の姿はまたすぐにどこにでも出かけるからなのだろうかと公務員も大変ねえと思ってしまう。

 三輪さん橘さんコンビはジャージ姿なのにねと思うもこのジャージもトレーニング用の制服。

 完全な私服姿はダンジョンに潜る時の服装がそうだと言う……

 ファッションも流行もへったくれもないなんかそれも残念だ。

 まあ、それはともかくやたらと鋭い視線になった千賀さんにどうやって説明をすればと思ったけどそこは我らが沢田様の登場。


「はいはい!みんなー。相沢はこれでも病み上がりの病人なんだから。

 ご飯食べ終わるまでみんなは外で待機!

 相沢、おかゆぐらいなら食べれるでしょ?私の大好きな中華がゆを持ってきたよー」

「沢田が好きなヤツかよ」


 思わず苦笑するも土鍋で作ってくれたアツアツの中華がゆを持ちながら振り回すためにみんな慌てて部屋から出て行ってしまった。

 そして沢田はパソコンが置いてある机の一角に中華がゆを置いて


「熱いからゆっくり食べてよ。

 火傷しても文句は聞かないからね」


 レンゲで器に移してくれて小鉢に入ったアサツキをパラパラとまぶしてくれた。そのうえゴマまで振りかけてくれて


「なんか贅沢」

「ただの冷凍のご飯で作ったなんちゃって中華がゆだよ。岳の所でたまに売ってる平飼いの鶏の卵を入れてみました」

「いやいや、十分ご馳走だって」


 言いながら俺はレンゲに掬い取った黄金に輝くとき卵の部分も掬い、ふーふーと息を吹き付ける。

 絶対冷めていないのは判っているのにこれ以上はもう待てない。食べずにはいられないと口に運び


「あつっ!」


 なんてお約束。

 これ、絶対回避できない奴だから俺は潔い勇者になったよ。

 じわり何て広がる中華がゆの旨味を生ぬるいと言うような瞬間的に支配する熱の暴力に身もだえながらも何とか口の中で暴れる熱に耐えれば不思議といつも目じりに涙が溜まる。

 あれだ。

 これが美味しいと言う証拠だ。

 喉を通って胃袋に到着すれば目に見えるはずのない体内の様子が判ってしまうそんな幸せの形。

 だけどそれはつーと流れ落ちて……


「相沢?」


 不思議そうに沢田が声をかけてきた。

 俺はそこでやっと自分が涙を流していた事に気付いた。


「あ……」


「あのさ、ダンジョンで何かあったの?」


 声を潜めながら俺の隣に座る。


「ええと、言いにくかったら別に言わなくていいからね?」


 俺は沢田の優しいようで暴力的なまでに熱い中華がゆになんだかやっと帰って来たと実感し、緊張が解けたと言うように器とレンゲを置いてこれだけ迷惑をかけておいて無理に聞き出そうとしない沢田の優しさにしがみ付いて


「沢田!ダンジョン怖かった!

 俺は俺が怖かった!」


 これが俺の情緒不安定のすべて。

 

 少し階段を降りた所で俺の様子を見守っていた皆にも聞こえるような声になってしまったのはどうでもいいけど、俺は沢田にしがみ付いたままわあわあとみっともなく泣くものの、沢田はこんな俺に動じることなく俺の背に手を回して


「ダンジョン、やっぱり知らない事がいっぱいだから怖いよね。

 だけど私は相沢が怖い事はないよ。

 相沢と岳、二人は私をいつも励ましてくれる王子様だからね。二人とも王子様ってキャラじゃないけど、まあ、私だけの王子様って奴ね。

 だからそんな相沢が怖い事なんてないんだよ」


 母親が子供をあやすように背中をぽんぽんと痛みもなくリズムを刻むように叩けばやがて高ぶった感情も落ち着いてきて、また誘われる眠気に瞼は閉じていき……


「次に目が覚めた時はもう何も怖いものなんてないからね」


 そんな優しい魔法の言葉に俺は頷いて意識を手放し




 次に目が覚めた時は遮光性のないカーテン越しの、いつも見慣れた白けた山の空と遠くに見える山脈の何も変わらない山並みに横になったまま安心して深呼吸を一つ落とした。




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