1週間後の辞令

 あの後の事はほとんど覚えてない。

 全身魔物の血肉を浴びたのだ。

 即行で隔離室に連れ込まれかれこれ一週間暮している。

 三食昼寝付き。

 あの日の出来事の報告書をPCで提出しろと言われた程度の仕事を与えられたそれだけ。

 そして時々血を抜かれたり脱臼した肩の治療を受けていた。

 ありがたい事に経過観察では異常は見られず、退屈だからただひたすら寝た。

 良く寝れるなと思ったけど単に食後に出される薬の中に催眠作用のある物が混ざっていただけ。

 仕方がない。

 あの時目の前で仲間が次々に死んでいく光景と目の前に立つ魔狼と言うストレスを受けたのだ。

 さらにとどめと言わんばかりに襲い来る血肉を正面から受け止めて……


 眠れない日々から立派な鬱になりました。


 いろんな意味で隔離も24時間監視される必要もあったが、それでもずっと日々鍛えていた日常では退屈過ぎて、PCの画面越しに面談と言う名目の雑談をしていた。

 相手は林副隊長。

 林副隊長も俺と同じように隔離室に入れられて24時間体制で監視されている。ちなみに隣の部屋にお住いだ。

 俺と違い林副隊長の場合全身軽度の火傷という皮膚移植こそなかったものの肌を何も覆ってない顔はひどい水膨れになっていたと本人は笑っていた。

 何とか水膨れも落ち着いて赤く皮膚がただれている状態。

 

「なかなか男前になっただろう!」


 そうやって笑顔を向けてくれたおかげで俺は安堵から涙がぽろぽろあふれ出して情けなくも声をあげて泣いていた。

 顔こそひどい状態になってしまったけど、体の方も熱湯を被ってしまったと言うような火傷程度に収まったのは隊服がちゃんと守ってくれたからという。

 ただ不思議な事は林副隊長より魔狼の側にいたはずの俺は一切火傷を負っていなかった。

 俺もそれについては分けが判らなかったが後日なんとなく理由を知ったような気がした。

 一週間の検査結果の後なにも異常がないと判断され、隔離室から出る時返却された荷物一式の一番上に小さな、紐を付けた指輪を入れるような袋が置かれていた。

 看護師さんには


「彼女さんからのプレゼントですか?」


 なんて普通は冷やかすところだろうけど視線を彷徨わせながらの冷やかしに何だと思って袋を開ければ中から出てきたのは真っ黒に焦げた布切れだったもの。


「治療の時、首から外した時に落ちたのか探したのですが見当たらなくて……」


 紛失なんてあってはいけない不手際に看護師さんの態度をやっと理解した。

 紛失があってもならないのにひょっしたら同僚を疑わなくてはいけないこの状況に三輪は少し可笑しそうに首を横に振り


「いえ、頂き物なのですがこれお守りなのです。

 急いで用意してくれたものらしくて、有り合わせのもので作ってくれたお守りだったようで中身もこれで間違いないです」

 

 なんて、一度だけ見た時の物は歪に切り取られた赤い布だったのに今は真っ黒に焼けて、触れればついに崩れてしまった。

 まるで役目を終えたと言わんばかりのその姿はこれがなければきっと俺も林副隊長のようになっていたのだろうと思った。

 何一つ証明することは出来ないが、ただ俺は運良く生き残った。それだけが事実。

 最後に担当医と問診をして長期療養を勧められたけど返答は上官と面接をしてからする事にした。

 いろいろ聞きたい事があるし、報告したい事もある。

 そして何より今のダンジョン対策課がどうなったのかこの目で見たいと言うように足早に病院を退院してダンジョン対策課のある基地へと向かえば……


「よう三輪。ずいぶん痩せたな!」


 ひょいと手を上げてにかりと笑うその人は


「千賀隊長!!!」

「退院おめでとう。そして俺も今日退院してきたところだ」


 再びぼろぼろと涙が零れ落ちる。

 ひょいと上げられた手は俺の肩に置かれたもののもう片方の手は……


「左手が……」

「あいつに嚙み千切られてな。

 でも、まあ、あれだ。あの魔狼は腹が満たされていたみたいでただ狩りを楽しんでいたようで食い散らされる事がなく俺は無事生き残った。それだけだよ」


 それを幸運とか不幸とか言わずただ現実を淡々と受け止めて淡々と言葉にする。

 

「隊長ー、三輪泣かさないでくださいよ」


 そうやって現れたのはただれた皮膚の顔を隠さずに現れた林副隊長。

 感染症の心配はないと言われて包帯を取っていたけどそれはそれでみんな少し距離の取り方に戸惑っている様子。

 俺は病室に居た時にPC越しでいろいろ話が出来たからだいぶ見慣れたけど


「思ったより痛々しいですね」

「いや、我慢できる程度に痛いぞ?顔面の皮膚が薄いって言うのを痛感してる」


 うんうんと頷きながらもイテテと皮膚が突っ張る感覚はまだまだ治療が必要な様子。

 片腕を失った隊長、全身火傷の副隊長、そして覇気を失ってしまった鬱の俺。

 こんな三人を前にして何時の間にか集まった仲間の視線を正面から見ることが出来ずにいれば


「三輪、そしてみんなも聞いて欲しい。

 俺はこのような体になったからもう隊長職は無理だから退役させてもらうことになった」


「え?」


 なんて言った声は誰のものだったか。

 俺の声さえ他人の声のように聞こえる中で千賀隊長はなお声を上げる。


「ただありがたい事に上層部は俺達の貴重な経験が役立つだろうからと地方に出向という形でみんなを応援する事を提案してくれた。

 こんな風になってしまった俺でも遠くからでもお前たちの助けになるのならと思ってそれを引き受ける事にした!」


 事実上の左遷。そして貴重な情報の漏洩対策として縛り付けておきたかったのだろう。

 しかし千賀隊長はそんな事をかけらも臭わさずに笑顔を作る姿に片腕を失って得たものがこんな事だなんてと上層部の判断に目の前が真っ赤に染まるものの


「ただありがたい事にサポートを連れて行って良いと言ってくれたから俺は林と三輪、お前達を推薦させてもらった」


 突然の展開になにを言われたのか分からなくぽかんとしてしまえば


「出向先は先行して出向いている橘がいる場所だ。家主から場所の提供がしてもらえたから今土木課が社宅を用意してくれている。

 林、三輪、田舎は良いぞ。

 土地を提供してくれた方が空いている庭先で畑でも作っても構わないって言ってくれたぞ。

 どうだ、楽しそうだろ?!」


 なんてにかりと笑う白い歯を輝かせながらすでに決定事項のように俺の肩に手を回す。

 そこには見た目の陽気さとは違い、悔しさから無意識に力がこもる指先が俺の肩に食い込んで……


 無事生き残った無念。

 

 守るべき部下を失った後悔。


 そして、無力過ぎた己にただただ憤りが指先から伝わってきた。


 千賀隊長は片腕を失ってもまだこんなに魔狼に対する熱を持っていると言うのに一週間たっても脅えて今も恐怖に震える俺は同じ恐怖を知る子供たちの笑顔を不意に思い出した。

 役目を終えたお守りを入れてくれた彼女も同じ恐怖を知って、それを乗り越えているのだ。

 

 どうしてそんなに強くなれるのだろう……


 対峙した時の射抜くような視線を思い出すだけで今も足が震えるも、あの瞬間は確かに乗り越えることが出来た。

 

 大丈夫。

 

 俺もあの子供達みたいになれる!


 瞳にその思いを宿し千賀隊長を見上げる。


「三輪、林両名了解しました!」

「ちょ、三輪!何勝手に了解するって!」


 林副隊長が慌てるも千賀隊長はニヤリと笑い


「じゃあ、どうするんだ?」


 そんな挑発するような声に林副隊長はきっと頭をかきむしる事が出来るのならしたかったと言うように両手が頭の近くまで持ち上がるも何とか踏みとどまって握り拳を作り


「行きますよ!

 これからもいつも通りあんたの身勝手な所をフォローすればいいんでしょ!」


 そんな叫び声に俺ではなくみんなから割声が沸き上がる。


「あーあ、林さん本当に乗せられやすいんだから」

「まあ、林さんがいれば大丈夫だろ」

「ほんと隊長は林さんで遊ぶの好きですね」

「三輪、いい加減この二人を崇拝するのは止めろよ」


 みんな言いたい放題だ。

 だけどなるようになったと言うか千賀隊長は真面目な顔をして


「これより千賀、林、三輪、ここにはいない橘とかの地での特別ミッションを遂行する。

 一つでもダンジョン攻略の可能性を持ち帰ってくるからそれまでみんな全力で生き延びてくれ!


 これ以上仲間を失いたくない、そんな思いに誰もが口を閉ざす。

 あの日中村さんを始め5人の仲間を失ったのだ。

 魔狼に出会って5人で済んだと言えば大金星と内部では騒ぎ立てたが、仲間を失った時点で俺達の負けは確定だ。 

 だからせめて……


「もう魔狼には後れを取らない。

 俺達が有効な力を手にして戻ってくるまで……」


 膨らんだポケットから一つの防虫剤を取り出した。

 皆嫌というほど謎な効果を持つそれに顔を歪ませて


「とりあえず俺達が戻ってくるまでバルサンで凌いでくれ」


 ものすごい真剣な顔で言うのを皆は返事もできずにいれば、千賀さんの側にいた次の隊長となる斎藤さんが無言でバルサンを受け取っての言葉。


「俺、バルサンがこんなにも危険なものだとは思いませんでした。

 これからは自宅では使うのは控えようと思います」


 まさかのバルサン利用者だった斎藤さんの発言に周囲は失笑すると言う何とも言えない空気になればいつの間にか千賀さんも俺も、林さんも一緒になって噴き出してしまい、再会した時の俺達の姿に取られていた距離はいつの間にか取り払われかつてのように笑いあっていた。











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