信じた希望

 地上への階段を確保していた林副隊長と中村さん達は俺達が走ってくる異変に既に気付いてかナイフを構えて待っていた。


「隊長は?!」


 俺達の先頭にいるべき姿がないそんな悲鳴が上がるよりも早く


「魔狼が来ます!地上に退避!!」


 そんなすぐ後ろから聞こえる足音にまた一人誰かの悲鳴が上がった。

 後ろなんて見ていられない、ただひたすら地上を目指して足を運ぶ事しかできないと言うように正面で待ち構えていた林副隊長の部隊も固まって動けないと言う横を俺達は手を引っ張るようにして階段を駆け上がるもまた一人誰かが捕まって……


 陽射しの届く階段の下。

 

 あれは中村さん……


 肩にあの大きな咢に食いつかれてもまだ抵抗と言うようにナイフを振りかざす……


 が、刃が折れて柄だけになったナイフに浮かべる絶望は瞬間的に生を諦めた顔だった。

 あふれ出す涙でぐしゃぐしゃになった顔で口が声もなく言葉を綴る。


「助けて……」


 音にならなくてもその悲痛な声は確かに俺達に届いた。 

 だけど出会ったら最後と言う圧倒的な恐怖に足は動かず


「隊員構え!」


 ジャキッと耳障りな銃弾が装填される音が周囲で一斉に響く。

 ハッとするように顔をあげるも指揮官は納得しない、しかしそれが我々の仕事だと言わんばかりに表情を殺して一斉射撃の命令を出した。

 

 振り向いた階段の下にいる中村さんの諦めきった瞳。受け入れたわけでもない生への未練しかない視線を最後に俺は作戦の邪魔にならないように隅に引っ張られたが

 

「三輪っ!立てっ!

 あれで死ぬ奴じゃない事は判ってるだろっ!!!」


 林副隊長が俺を掴み上げて無理やり立たせる。

 すでに泣きやんだ顔はそれでも涙の痕を残すように埃で汚れていた。


「俺達は戦うためにここにいるんだ!

 泣いてる暇があるならあいつが地上に出てこないように戦えっ!!!

 俺達はその為にここで生きているんだっ!!」


 階段から地上までの短いほんのわずかな距離で千賀隊長から預かった部下を二名失ってしまった林副隊長は悲しみ何て後回しにしてすでに自分がこの隊を引っ張って行かなくてはいけない事を理解していると言うように俺達を奮い立たせる。

 

「俺達が出来る事は奴を地上に出さない事だ!

 その為の命なんだっ!!!」


 なんて叫ぶもその足はどこか震えていて……


 一斉射撃の中でも関係ないと言わんばかりに階段を上がってくる足音が聞こえてくる。


 それは王者の歩みと言わんばかりの余裕の風格をはらむ優雅な速度。


 射撃を止める合図の後のからその姿を地上から見える所にまで姿を現した魔狼に何かが飛び込んだ。

 はっとしたように目を見開いてしまうもそこから転げ落ちたのは小谷さん。

 まるで入り口をふさがんと言わんばかりに移動用のジープに弾薬を積んでダンジョンに突き刺して魔狼を強制的に地下一階に突き落とす。

 さらにジープを追いかけるように岸川さんによって地下へと手榴弾が投げ込まれた。

 数秒のカウントを待っての破壊音から


ごうっっ!!!


 車のガソリンに引火してダンジョンの入り口から火柱が立ち上がる。


 その派手な様子にわあっ!と歓喜の悲鳴が上がる。

 勝利を確信した声だったけど俺達は知っていたはずだ。

 そんなものでは魔狼には効かない事を。

 火炎放射器ですら何ともしなかった過去映像を思い出す俺達はただの人間に成り下がった地上でもダンジョンの入り口を囲み次の攻撃に備えれば自然とその歓声も収まり、俺達の後の攻撃へと準備に移る。

 ただの足止めでしか価値のなくなった俺達はこれが最後のお勤めと言うように揺れる炎の隙間からついに地上に姿を現した魔狼に対面する。


 かつて何度もスタンピードは起きた。


 だが魔狼が地上に出てきた記録はどこにもない。


 この国の歴史に汚点を刻んでしまった。

 

 今もダンジョンから吹き上げるガソリンの匂いをはらむ炎に包まれながら魔狼は俺達を見据え、口を閉ざすもその端から炎があふれ出す。

 あれは今も最悪と言われる炎のブレス。


 世界各地でどれだけの人をそれで殺して来ただろうか。

 

 どれだけの恐怖を与えてきたか。


 どれだけの希望を潰して来ただろうか。


 それを目の前にして大型ナイフを手に突っ込む事の出来る林副隊長の背中が偉大にみえて、だけど遠ざかって小さくなる背中に俺は手を伸ばす事しかできなくて……


 あの山の子供たちはどうやって魔狼を倒したのだろうか。

 眉唾ではないと言うように証拠はいたるところに転がっていた。

 だけど目にしたものを理解できなくって、俺のどうしようのないプライドが田舎の子供に後れを取ったと認められなくて聞きだせなかった攻略法に尊敬する隊長が、そして今も副隊長がその命をあっけなく散らそうとしている。

 

 本当にちっぽけなプライドと言う自尊心が尊敬する人たちを殺していく……



「林副隊長っっっ!!!」



 死にゆく人はあなたではない!!!



 やっとたどり着いた答えに足は進む。


 一歩踏み出すだけでも髪が、肌が焼け付き眼球が渇くそんな高温の世界。

 

 そんな炎を吹き上げるダンジョンに向かって駆けだす足に誰かが止めようとした手を振り切って副隊長を邪魔するようにその腰にしがみ付いて全力で炎を纏う魔狼が吐き出す炎の範囲から放り出す。


 そうだ。


 俺がここに居るのはこの足の速さを買われてだ。


 持久力も瞬発力も兼ね備えたこの足で千賀隊長の下に着くことが出来たのだ!


 今その千賀隊長にも認められた足で林副隊長より一歩先に出れば自然とポケットに手が滑り込み


 訳の分からない自信に満ちた顔を思い出す。



「俺にお前たちを信じさせてくれっっっ!!!」



 あの見た事もない謎のいい顔に腹立たしく思いながらバルサンのキャップを取る。

 

 かちり、スイッチを押してプシューなんて勢いは良いけどこの場には間抜けな音を静かに響かせたものを今にも炎を吐き出そうとする魔狼の口に向けて…… 投げつけた。

 

 小中学生の時は野球部だったおかげでコントロールは自信がある。

 いや、無駄に力を入れて肩が痛いような気がするけどそこは無視してバルサンが魔狼の口へと入った事を確認する。


 そして悲しいかな所詮は獣。


 向かって投げられたバルサンを咥えて飲み込んでいた残念な獣だった。

 もちろんその大きな口から吐き出される炎は大道芸ではないので止まる事はなく……



 ばんっ!!!



 突如やけに乾いた音とともに魔狼の腹が内側から風船が爆ぜるように破裂した。

 目の前から飛び散る血肉を正面から受け止めながらも何が起きたのか全く分からなく呆然とするもただ言えるのは目の前にいた魔狼がゆっくりと力なく崩れ落ちて二度と動く事はなかった、それだけだった……




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