走れ!!

 気が付けば誰もが返り血で赤く染まっていた。

 おびただしい死体の通路で噎せ返る様な血の匂いの中、誰もが肩で息をしてなんとか自分の足で立っている奇跡にただ感謝する。

 まさかあの数に勝ち残れるとは思わなかった。

 ところどころひどい傷はあるものの全員手足と首はちゃんとつながっている。

 なりふり構わずナイフを振るってこの程度の怪我なのだから大金星だ。

 今回の勝因はもちろん昆虫型の魔物が勝手に自滅してくれたことに限るし、空中から攻撃をするスパイダーや蝙蝠が地面にはいつくばっていた事も勝因の一つ。

 何よりウサッキーの脚力が想像以上に力なく、スタンピード中なのかどれもが俺達なんて目じゃないと言わんばかりに地上に続く出口を目指していたのも我らの勝利に繋がった。

 ただ圧倒的な数に疲労困憊で無事生き残った事にただただ笑みが零れ落ち、喜びという表現が追い付いてこずにただ俺達は笑いあっていた。

 

 生き延びた。

 死んでいった仲間に申し訳ない思いと無事生き延びた喜びのせめぎあいよりも今は帰ってシャワーを浴びたい。

 ただただ腹いっぱいメシを食って泥のように眠りたい。

 それが許される権利も得たのだ。

 千賀隊長の勝利の宣言と言うように突き上げた拳に俺達は視線を集め


「帰るぞっ!!!」

「「「「「うおおおおおおおおおおっっっ!!!」」」」」


 全員そろっての帰還にみんな無邪気に喜びの声をあげる。

 野太い歓喜の悲鳴にやっと感情と心が一致したと言わんばかりの誰もの声に明るい笑顔が伴っていた。

 右を見ても左を見ても酷い顔だけど全員が生き延びた。

 ほっとしたかのように地下一階に上がる階段を上がる。

 人の戦い方何て見ていられないほどのあの状況を誰もが口に出して高揚する心を落ち着かせるようにしゃべりまくる。

 トップスピードで横を通り過ぎるウサッキーを捌いてみせたナイフの角度とか超大型ナイフと使い勝手のいいハンティングナイフの二刀流で凌いだなど何とか生き延びた手段を口早に語り合う。


 それはどこか情報を交わすように。

 

 まるで次の戦闘に向けての準備を整えるように。


 次の戦場で生き残るための装備と言うように。


 階段を上り切る頃には誰もが無口となり、階段より広い通路に出ようと急ぐ気持ちを落ち着かせながらまだ気づかれてはいけないと言う何かの直感のように誰もが平常心を保つように足並みをそろえて階段を上り切る。

 そこで千賀隊長が隊員を院を先に進めと言わんばかりに道を譲り、ぎこちなくなる動きで静けさを取り戻した地下二階へと視線を落とせば


 じゃり……


 じゃり……


 今まで聞いた事のない質量の魔物の足音が聞こえてきた。

 感よりも先にぶわりと毛穴の穴と言う穴が開いて暑くもないのに汗が噴き出す。


 さっきまでの高揚感はもうどこにもないと言うように自然に足が逃げ出すと言うように勝手に進んでしまう部下の背中を守るように、置いて行かないでくれ、そんな口を開ければ溢れ出てしまう言葉を封じるようにぎゅっと食いしばりながらやがて現れた影が実体化した。


 ぎろり、漆黒の瞳が俺を射抜く。

 それだけで恐怖から崩れ落ちそうになる膝に力を入れる前に


「全員撤退っっっ!!!

 走れっっっ!!!」


 俺達にその言葉は許されていない。

 それでも叫ばずにはいられなかった。


 それがきっと俺の最後の言葉となる事になると判ってても、もう逃げられない事だけは理解したから、せめてできる事は俺が汚名を着る事で生きながらえる命がある事に身勝手な希望を押し付けて……


「隊長ーっっっ!!!」


 誰かが叫んだ声が耳に届いた。

 泣き声だなんてみっともないな、俺の左腕が宙を舞っているのを不思議な光景だと眺めれば漆黒の悪魔は俺がもう逃げられない事を理解してか次の新しい獲物を狩りに駆け出していた。

 一瞬で階段を駆け上がる脚力だが入り組んだ迷路のダンジョンでは小回りの利く人間の方が有利。

 ただ圧倒的脚力の違いに遠くなる意識の中で一つ、また一つと上がる悲鳴にあの漆黒の悪魔は狩りを楽しんでいる事を理解した。

 

 そうか、魔物たちが俺達に目もくれずに逃げ出そうとしていたのは生態系の頂点とも言うべき魔狼が現れたからか……

 だからみんな出口を目指してこんな所まで来たのかと今にもなくなりそうな意識の中取り出したサインペンで壁に二週間前からの流れを書き綴る。

 文字になってるのかも怪しいけど誰かが見つけて解読してくれれば……

 ふり絞る力を使い果たすように仮定を書き終えてとうに見えない視界を瞼で閉ざした。








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