1個数百円の希望



 地下一階に無事辿り着くことが出来、階段の前を占拠できたことにほっとすれば背後では入り口を固める部隊の喧騒が聞こえる。

 しかし俺達の目の前では不思議とじりじりと後退を始める魔物に獰猛な視線で隊長は睨みながら


「きっと先ほどの薬剤が制服に染み込んでいたのだろう。

 それで勝手に弱ってくれているなら儲けもんだ。

 三輪!」

「はっ!」

 急に呼ばれる理由は判らないが

「さっきのバルサン持ってるな」

「は、はい……」

 手榴弾と一緒、なわけにはいかないが、ポケットには突っ込んだままだ。

「今回は俺についてこい。

 林、一人減るが問題ないな」

「問題ありません」

 ノーと言えない上官命令なのは仕方がないのですがと言いつつ本当に連れて行くのですか?という視線に

「三人で防衛しきった田舎のガキの言葉が本当かどうか実験なだけだ。

 退路を任せたぞ」

「気をつけて下さい」

 ちゃんと帰ってきてくださいとは言えないそんな別れの挨拶。

 急遽潜行隊に混ざる事になったのは驚きだが、それでもやっと念願がかなったのだ。

 俺のすべてを奪った魔物を一体でも倒すチャンスに恵まれて高揚してしまうのは仕方がない。


 たとえそれが片道切符の旅路だとしてもだ。


 罠なのでは?と言うようにじりじり後退していくG達のありえない行動にそれでも飛び込んでいくのが俺達ダンジョン対策課だ。

 秘匿とされているがダンジョン対策課は身寄りのない人間で構成されている。

 主にダンジョン発生後に家族を失った、そんな構成メンバーだ。

 一番の最前線に飛び込まなくてはいけない為にこれ以上失って悲しむ家族がいないように、そんな配慮は魔物に対する憎しみが人一倍強い、それも条件に一つなのだろう。

 こんなことが世間に知られたら大顰蹙なので秘匿とされてもそんなのは気にするな、むしろどんと来いと言うのが千賀隊長をはじめとする今この場にいるメンツ。

 そして林副隊長について行った人たちはこのメンバーが全滅しても問題なく再起動できるメンバーがそろえられている少数精鋭の中の選抜部隊。

 俺もそちらに分けられたことに誇りを持っていたが、やっぱり千賀隊長の後について魔物の巣穴に飛び込む方に選ばれて喜ぶ何かのネジが千切れた人間だった。

 

 階段より安定した足場の中次々に通りざまにGを倒していく。

 バルサンが本当に効いている、と言うようにいつもよりも容易く倒すことが出来るのは嫌でも今までの訓練が理由だけではない事を察してしまう。

 二階に下りる階段にたどり着いたと言うのにおかげでそこまで疲れた気はしない、そんな疲労度は隊長や他のメンバーも同じようで


「あんな開けた場所ではなくダンジョンの中だったらもっと効果があったかもな」

 

 そんな千賀隊長のこんな時と言うのに笑いを誘う話し方に一階の戦闘で殺伐しすぎた神経をリセットするために一緒に笑えば千賀隊長は俺達の顔を一人ずつ眺め、


「二階からが本番だ。

 ここから先はアントとスパイダーも出てくる。

 ひょっとしたら昆虫型魔物だけではなく動物型魔物も出てくるかもしれない」


 だから真っ先に危険を察知したGが地上に飛び出して来たのだ。

 最悪の予感を覚えながら壁に沿いながら地下二階へと降りて行けば……


 思わず目にした光景は最悪を極めていた。

 スパイダ―やバッタが蛇、蜥蜴、蝙蝠の魔物たちに襲われていた。

 いや、食い散らかせられると言うべき最悪な状況だった。

 だけどその後ろから全力で蹴散らしてやってくる肉食系兎ことウサッキーはそれらにも目もくれずにこんな浅い階層まで出てくるなんてと最悪以上を想像する。

 

「スタンピードだ……」


 ポツリとつぶやいてしまった恐怖はすぐに周囲に感染し


「だったら二週間前のあれは?!」

 林副隊長の代わりに千賀のサポートについた中村が恐怖から叫ぶように言う言葉に息をのみながら千賀隊長は状況を分析する。


「あれは、たぶんただ卵が集団で同時に羽化しただけなのだろう。

 あの時は動物型の魔物までここまで上がってこなかったから……」


 それでも物量で沢山の人達が押し負けて亡くなった記憶はまだ鮮明すぎた。

 あの人数を投入してやっとだったと言うのにたった一部隊だけの人数で何を対応すれば、なんて誰もが青ざめる顔に俺はふと伸ばしたポケットから金属でできたものを取り出した。

 藁にもすがる思い、というのだろう。

 失うものは何もない、だけど死に直面すればちゃんと恐怖は残っていて震える足で何とか立っているのがやっとというような状況で


「だったらここで試してみましょう」


 ふと足元を見ればダンジョンを独占して我が物顔でネットを騒がしていた若者たちの亡骸の破片が転がっていた。 

 恐怖に歪む顔はすでに虫たちに食い荒らされてその恐怖は伝わってこないものの痛々しいまでに残された破片は身元を証明する金属のプレートが引っかかっていただけ。

 なんて事だと思うもこの場にいるメンバーは一度は同じ光景を見た事がある者達。

 催す吐き気をうまくしのぎながら吐しゃ物の匂いで虫たちをおびき寄せないように何とかこらえる中、千賀隊長はこんな時に困った奴だなと言うような優しげな顔を俺に向けて手にしていたバルサンを受け取った。


「こんな時だからな。折角だから何でもありだ。

 中村!投げて少しでも効果があるのなら今頃階段下で待っている林たちと合流してこの情報を持って帰れ!」

「イ、イエッサー!」

 一緒に死ねない悲しさに涙を流しながらも中村さんが確認後階段を駆け抜けていきやすいように道を作れば千賀隊長は安全ピンを抜いて……


 共食い、ではないが同じダンジョンに住まう者同士を食い合い、そして屠るカオスな景色の中でプシュー……なんてどこまでも間抜けな音に聞こえる薬剤をまき散らす音に耳を傾けながら状況を見守れば……

 

 ガクリ、アントが膝が折れると言うように地面に伏せていた。

 さらに壁を這っていたスパイダ―もぽとり、ぽとりと落ちてきた挙句に鼠はもちろん、ウサッキーまで見てわかるくらいもだえるように苦しみだしていた。


「中村、報告頼む……」

「ふぇ?あ、イエッサー!隊長もご無事で!」


 なんて駆けていく後姿を今は誰も見送らず誰もが信じられないと言う目で魔物が悶えていく様子に釘付けだった。

 あれだけ武器や銃撃が効かなかった魔物がたった1個の、わずかたった数百円のバルサンでほぼ壊滅状態まで持ち込めるなんて訳が分からないこの様子をしばらく黙って見守っていたものの昆虫型の魔物はともかく動物型の魔物はさすがに弱っても倒れる事はなかった。

 だけどそれで十分!


「全員突入する!」


 千賀隊長の叫び声に俺達は地下三階へと続く道へと飛び込み振り上げた超大型ナイフで俺達の世界同様の弱点の喉を掻っ切りながら仕留めていくのだった。



 

 

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