ギフト

 三輪、何を言っている?

そんな視線の集中砲火を浴びながらも

「それは本当に魔狼なのか?」

 疑問の声。

「全貌は見ていませんが、庭の物干し竿に魔狼の毛皮が干してありました」

 一瞬何を見たか分からなく全力で頭が否定をしていたがマロ肉を食べて納得せざるを得ない現実だった。お前みたいな肉は初めてだ、そして着替えた時に見た玄関のマットになっていた姿は落ちぶれたものだなとそっとどこか硬質な毛を橘と一緒に撫でていたのは内緒だ。

 胡散臭そうに俺を見る皆さんの視線に咳払いをして姿勢を正せば

「何か有効な攻略法を教えてもらったか?」

「申し訳ありません。マロ肉に気を取られて情報をあまり得られませんでした」

「こっの馬鹿者―っっっ!」

 先ほどの馬鹿者とは全く違う意味合いの罵声に当然だなと既に怒られる事は判っていたので素直に怒られたものの

「ただ、嘘か本当か分かりませんが、これがキーアイテムになると言っていました」

 俺が持つ鞄から取り出した三つの

「バルサン?」

「バルサンだよな?」

「俺も厄介になってるが……」

 これが何なんだと言うように全員の視線を受け止めて俺だって知らないよと言いたかったが

「眉唾でも縋りつきたかったので」

 なんて言い訳。

 作戦会議に参加している一人が手慣れたようにバルサンを使えばシューと言う薬剤をまき散らす音が静かに響く。

 暫くの間何が起きるのかと思って誰も身動きしなかったが

「まあ、この辺の害虫駆除が出来ればいいか」

 決してダンジョンからあふれ出してまだ討伐が完了してないモンスターに対して言ったものではない。

「何かあれば役に立つかもしれないから三輪はそれを持っていなさい」

 隊長の言葉に誰かがおかしそうに笑うも俺だってこれは何なんだといまだに思っている以上彼らとの記念品として持っていようと思う。

 そうやってからかいの言葉に耐えられることが出来たのはいつの間にか鞄の中に忍ばされた小さなお守りとメモ。

 少し丸みを帯びた文字から想像して沢田と呼ばれていた彼女の心遣いなのだろう。

 メモには


『御守りです。ちゃんと肌身離さず身に着けていてください』


 それはどこにでもあるような小さなアクセサリーを入れる袋に紐を付けただけのものだった。ご利益があるのかどうかも判らないが危険物が入っていないかどうか確認と言うように本物なら罰当たりな事だけど袋の中を見れば赤い布地の細長い端切れが入っていた。

 田舎の風習だろうか。

 これがどういった意味があるのかわからないが気持ちが嬉しかった。

 高速のサービスエリアで着替えた時に見つけた小さなプレゼントを首にかけて、今も俺の胸元をくすぐっている小さな優しさに浸っていればその直後ダンジョンの方から突如悲鳴があふれ出した。さっきまでの何処か緊張に孕んだ空気がついに動き出したと言う急変化に無意識に対服の上からそのお守りに力を分けてもらうように手を添えていた。


「報告します!

 モンスターがダンジョンからあふれ出してきました!数は不明っ!!!

 ただ今すでに応戦中です!」


 そんな第一報に


「一般人の冒険者は?!」

「死傷者多数!救護活動と防戦状態となっていますがダンジョンの中については既に侵入は不可能な様子!」

「全員戦闘態勢に入れ!

 これ以上地上にモンスターをあふれ出させるな!」

「「「「「はっ!」」」」」


 そんな俺達の隊長の千賀康太の気合に返事をして俺達はアタッシュケースに収められた自分達の武器、モンスターの骨などを使って加工した特殊金属でできた超大型ナイフを腰のベルトにホルダー事装着する。

 沢山の武器がある中で一番有効だと思われる武器がウサッキーの背骨を使って作られた武器がこれだ。

 まだまだ研究段階だが先日彼らが出品したクーズーに似た魔物の角を見た時当然我々も盛り上がったがあっという間に個人では購入不可能なくらいの金額に跳ね上がり、短時間決戦だったオークションは熱をはらんだまま幕を落とした。

 もっと早く彼らに接触していればあれらが手に入ったのかと思うもすでに後の祭り。

 本当に祭りだった。

 誰もが落札後の取引の様子を見守ってたが、まさかちゃんと入金された報告と発送しましたと言うやり取りを唖然と見ていた。

 だってあんな金額の物を黒猫が運ぶんだぞ?!

 確かにそれが条件だとは言えマジかと思ったのは俺達だけではない。

 世界中のネットがざわついたが当の彼らは恐ろしいまでの通常の日常をむさぼっていた。

 むしろ俺も混ぜてほしい。

 あふれんばかりの魔物が続々とダンジョンから飛び出してくるのだ。

 あの山に残っていればよかった。

 そんな気持ちに心が揺さぶられるもののチャイムを鳴らしてあの青年と初めて会った瞬間の言葉にはできないような沢山の感情を混ぜ合わせた瞳。

 言葉以上にものを語る視線を正面から見る事が出来なかったのは罪悪感があったから。

 竦垢らず彼らを知ってしまいもう裏切られない、そんな思いが込み上がり彼の望むあの穏やかな世界を守ろうと千賀隊長の号令と共に超大型ナイフをホルダーから抜く。

 銃火器類では致命傷を与えられない謎の強固な体を持つ彼らには傷をつけることが出来なく刃物、鈍器、もしくはダンジョンの魔物から作った武器類が有効の中よくぞ耐え抜いたと今さらながら彼らを褒め称えたい。

 そして俺だって負けていられない。

 ここから先は白兵戦で俺達は波のように押し寄せてくる魔物を相手にダンジョンに突入して、ダンジョンの中に取り残されているかもしれない一般人の救出にも当たらなくてはいけない。

 覚悟は決めた。

 今度こそ向けられたあの縋る様な瞳の期待に応える、それだけが俺を突き動かした。


「行くぞっ!!!」

 

 千賀隊長の吠えるような気会いに俺達は駆け足でダンジョンに飛び込みうごめく奴らにナイフで切り付けていく。

 

 入り口付近で保護された女性の悲鳴はダンジョン内ではなんて事のない敵が外では一切己の力が意味をなさなく、一瞬のパニックの中で片足が膝から下を失っていた。

 だけどすでに救護の手は届いていて、俺達は視界の端にとらえただけでその横を通り過ぎていた。

 一本道の階段を駆け下りるように飛び込みながら先頭に立つ隊長から順番で魔物を切りつけて行き、後続がその横や上を通り過ぎて次々に切りつけては一瞬足が止まる横を通り過ぎながら侵入を試みる泥くさいまでの作戦。そして何とか階段下にたどり着くもそこで全員が何とも言えない違和感を感じていた。

 階段の下は左右に伸びる廊下がある。

 このダンジョンでは右に曲がると地下二階に続く階段があるのだが、既に溢れださん勢いの魔物は両側の通路にみっしりといたが、どれも動きが鈍かった。

 挙句


「隊長、なんか今日の奴ら弱くないですか?

 とろいって言うか、簡単に頭と体の関節部分にナイフを入れることが出来たのですが」 


 Gに対する討伐の基本を述べる林副隊長の言葉に思わず頷いてしまう。

 その部分にナイフを入れる事が出来れば労力が少なく倒せることが経験から分かっている。

 ピンポイントの攻撃を実践できるかどうかは別の話しだが、俺達はそれがどんな状況でもこなせるくらいに鍛え上げてきたのだ。

 とは言えこの数の中練習通り出来ると言うのがどこか気持ち悪いと言うような発言は俺でなくとも誰もが思っていた。

 もちろん千賀隊長も思っていたようで

 

「バルサンの恩恵だとありがたく思う事にしよう」


 こんな時だと言うのに静かなさざ波の様な笑い声が広がっていくのをなんだかネタにされるのも悪くはないと思うのだった。




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