馬鹿者

 とりあえずいつまでもダンジョンの中で話をするのも何なのでマロの処理を風呂に入ったばかりとは言え岳にお願いして俺と橘さんは庭に出て明日運ばれてくると言う仮設事務所兼住宅の設置場所の下見に行く。

 と言っても徒歩ゼロ分。コンクリで固めてある庭の一角の空いたスペースに設置をしてもらう事にした。

「ここからだと台所側の土間から近いのがポイントだけど」

「台所を通路にする事を考えるとやっぱり玄関から出入りした方が良いと思いますが……」

 そうなると遠回りなんだよな。

 お互い言わずともわかる問題。 

 なにかあったらすぐ対応できるような距離感が第一で

「いっそのことトイレの壁を外から入れるようにドアに作り替えるとか?」

「ダンジョンがなくなってここにトイレ設置し直した時に外から開けられたらうけるんだけど?」

「その時には壁に直しましょう」

 さすがにそれは嫌だと切実なトイレ問題を身に染みて理解してくれた橘さんはきりっと自衛隊の方で修繕しますと言ってくれた。

 岳にお願いしてドアに作り替えてもらうつもりだったけどやってくれるなら是非ともよろしくとお願いする事にした。

 とりあえず設置場所の目安をスプレー缶でマーキングしながら家の周りをぐるりと一緒に見て回る。

 山と畑しかなくちょっと離れた所に沢があり

「のどかですね」

「こんな所にダンジョンがあるなんて思えないよな」

 家よりも下の放棄された田んぼまでやって来た。

 既に長い事水を通してないので立派な雑草地になってしまった場所をいつかは田んぼに、なんて一度も考えた事はないが人様に見てもらうこの状況に草位刈っておけばよかったと思う。

「橘さん、もしもの話しだけどいいですか?」

「何がです?」

 気になるから言って下さいと言う少し緊張した声での返しに

「もし自衛隊の人達が応援に来てくれたらとするでしょう?」

「まあ、冒険者達が入ってこないダンジョンと言うのは希少ですからね。

 訓練を兼ねて応援には来ますよ」

 応援はついでかと思うも来てくれるだけましだと考えて


「このどうしようもない田んぼを潰してここに宿舎とか作ったとします。

 ダンジョンの入り口からちょっと遠くても問題ないかな?なんて思いついただけの話しです」

「ああ、とてもいい話だと思います。

 土地をお貸しいただければ上物は自分たちで作りますが……」

 そう言って橘さんと二人家を見上げる。

 ちょうど家にたどり着く直前の車でも必死にエンジンを吹かすそんな場所。

 橘さんは少し考えて

「大丈夫です。みんな鍛えるの大好きなのでこういった心臓破りの坂は大好物ですので」

 そう言って敗れた人間は少し寂しそうに笑うのだった。

 言いながらくるりと振り向き歩くだけでも息が弾むそんな坂を上り終えた所で家へと入り


「今日は晩御飯食べたらダンジョンに潜ります。

 俺達はダンジョンに入るのは大体夜って決めてます。

 昼の間は離れを改造して自分たちの部屋を作ったり畑の面倒を見たりと昼間にしかできない事をコツコツやっています。

 きっと橘さんは一日中ダンジョンに潜って討伐したいと思っているのでしょうが、10階以下のダンジョンではもう伸びどまりの非効率な状態だと思うので今日は夜一緒にダンジョンに行くまで我慢してください」

「判りました。

 でしたら報告とかしたいのでそれをして夜を待ちます」

「あともうちょっと休んで体調を整えてください」

「ですね。雪山訓練とかやってきましたがふいうちはつらかったです」

「訓練してても高山病はなる時はなるので気を付けてくださいよ」

「はい」

 そう言って俺は二階に部屋があるので何かあったら呼んでくださいと引きこもる事にした。

 やっぱりネット環境のある場所じゃないと安心できないと言うようにPCのある机にかじりついてみたものの突如やって来た知らない人との交流にどっと疲れたと言うように机から離れてベッドへもぐりこむ事にした。

 その判断は間違ってなく、すぐに意識が遠くなるのを覚えながら落ちていくその心地よさに身をゆだねるのだった。






「三輪幸成ただいまの時刻をもって帰還いたしました」


 どこか薄暗い空気をはらむ場所で車を降りて野営拠点地に顔を出した。

 テント内ではテーブルの上に広げられた地図を囲むように同僚達の難しい顔が俺を見て一斉に非難をする。

「三輪、なんで戻って来た」

「まだまだやれる事があると思いましたので!」

 そう。まだやれる。

 何の訓練なんてした事のないような子供達でもたった三人で孤軍奮闘をしてみせたのだ。

 それなのに訓練に訓練を重ねてこの日の為にこの場にいる俺達が撤退何て選択ができるわけないと言う物。

「お前は馬鹿だ。

 何を考えて橘と一緒にあの田舎まで行かせたと思ってる」

「とても心安らぐ自然に触れさせていただきリフレッシュは十分できました」

「馬鹿か……」

 誰かがそう言った声にはどこか涙ぐんでいた。

 分かってる。

 俺もあの山に残ってダンジョンでマロを倒せるくらいに鍛えて来いと言う遠回しな幹部たちの心遣いだった事を。

 幹部候補生学校を卒業した俺達は対ダンジョンの為のスペシャリストとしてさらに二年間の訓練を重ねてダンジョンに潜り鍛え上げてきた貴重な精鋭部隊だ。可能なら一人でも欠けないように、そして一般隊員を導かなくてはいけない立場だと言うのに、貴重な人材だと言うのは自覚しているけど足を向けずにはいられなかった。

 本当なら橘を送り届けてその後に秋葉の討伐作戦再スタートするはずだったのにどうしてか作戦の再スタートが遅れ、俺は間に合ってしまったのだ。

「何が起きているのです?」

 今回の作戦に参加予定のダンジョン対策課の猛者たちが全員そろっていると言うおかしな状況に

「一般冒険者がダンジョンを占領した。

 我々の交代時と言うタイミングで報告では百名ほどの一般人がダンジョンに流れ込み、入り口にバリケードを貼って我々の妨害をしている。

 あまり手荒な事をしたくないと言うお達しに交渉待ちだ」

 ひょいと肩を竦めながら見ろと言うように向けられたモニターにはカメラを構えて状況を中継している女の子たちがいた。

 なんて性質が悪いなんて思えば

「あの田舎のガキが魔狼を攻略したから俺達にもできる。自衛隊にいつまでも任せられないなんて言うのが主張らしい」


「ああ、魔狼。マロ、すごくおいしかったです」


 今も鼻腔に残る脂のしたたり落ちる最上級の肉質とも言うべきマロ肉を思い出してついぼやいてしまった。




***************

自衛隊の事なんて全く分からないのでスルーしてやってください。

新しい部署という事でゆるーく突っ込みなしでお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る