ここの生活に馴染めそうですか?

 橘さんが横になって一時間ぐらいしたころ


「ただいまー!タイムは?!」

「3時間と9分。記録更新おめでとう」

「くそー! また相沢の記録に届かなかった!」

 

 大声で叫びながら戻って来た岳に奥の部屋から慌ててやって来た橘さんはちょっと跳ね上がる髪の寝癖がかわいいジャージの姿だった。

 そしてやたらと長身でガタイのいい橘に知らない人がいると警戒してすぐさまダンジョンに降りて見せると言う安全圏の確保をしていた。

 そう言えば橘さんは岳の顔を知らないし、岳は橘さんが来た事をまだ知らない。岳がダンジョンに潜ってから来た橘さんに警戒するのは当然なのでダンジョン内での力で飛びだして体当たりなんてされる前に俺から紹介をさせてもらう。

 って言うか二人とも喧嘩っ早すぎるだろう!岳、お前そんなキャラじゃないだろう?!なんて心の声は抑え込みその勢いのまま別の言葉にして叫ぶ。


「岳聞いてくれ!

 やっと自衛隊が派遣してくれたんだ!

 とりあえず担当の橘紫苑さんって言う人。

 橘さん、これが上田岳。上田商店の次男坊で俺達のパーティの最後の一人でっす!」


 なんて息を切らしながらもにこにことした顔を作って紹介をする。

 単純な岳は「え?そうだったの?」なんて戦闘態勢を解いたもののその拍子に手にしていた荷物をぼとりと落としてしまい、階段を滑り落ちていくのを橘さんは目を点にして追っていた。

 仕方がない。

 今岳が落とした荷物はあの10階に住み着く悪名高きマロなのだから。

 忌々しき魔狼の事切れた姿を目にしてあっけにとられるのは分からないでもない。

 たとえ先ほどたらふくそのマロを食したとしても姿は見ていないのだ。

 実際に動画でしか見た事のないマロに恐怖を覚えてもあの圧倒的な強さのかけらもない姿に討伐可能対象だと思えば見方は全然変わってしまう。

 しばらく無言で固まってしまった橘さんに

「あのさ、マロをそろそろ解体したいんだけど?」

 首元を掻っ切ってダンジョンを走って来た岳の姿はそれなりに酷いものがあるからどいてもらえるだろうかと元トイレの入り口をふさいでいた橘さんを台所の隅に追いやった。

「いま沢田呼んでくるから岳はシャワー浴びろよ」

 血まみれのまま家を歩き回るなよと走り続けて汗だくの岳を風呂場に押し込めばタイミングよく沢田がやって来た。

「今岳の声しなかったー?」

 チェーンソーを片手にやって来た沢田に

「風呂に行かせたところ。

 マロはダンジョンの階段の下に落ちて行ったから早く回収しないとなくなっちゃうよ?」

「やだ!私のお肉消えないで!」

 なんて階段を駆け下りる肉食系女子の本音にこっちはドン引きだ。

 そして俺は橘さんを見上げる。

「どうです?実際にマロを見た感想は?」

 聞けば唖然として口が開きっぱなしだった橘さんはきゅっと口を結び

「本当に10階を攻略していたのですね。しかも単身ソロで……」

 沢田がよいしょ、よいしょとマロを片手で担ぎ上げてくるも我らのお肉のマロさんは片手で扱えるほど軽いものではない。単にでかいだけの話しなのだが橘さんが手伝いますと言ってダンジョンを下りて行ったから

「だったら外の光が入る所でダンジョンから出さないでくださいね」

 なんて沢田の指示。

 遠慮はないようだ。

「はい。ではこの辺りで?」

 かろうじてダンジョンを出る一歩手前。

 よくわかってらっしゃると言うくらいのいい場所に置いたマロを沢田の指示で頭を下に置き直して滑り落ちないようにしっぽを掴んで持たせていた。

 俺は水道にホースを付けて掃除の準備に入る。

 橘さんは俺達がこれから一体何をやるのか、いや、察してはいるがまさかなと言う視線で沢田を見守っていれば当然と言うように電鋸のスイッチを押して起動する。

「は?あれ、あの?」

 階段の上からしっぽを掴んで固定していた橘さんの間抜けな声の直後沢田は慣れた仕事と言うようにマロの首を切り落とし始めた。

 ありがたい事にマロの大きな体はダンジョンを汚しても室内まで血は飛び散らないし、岳がすでに首の太い血管を切って血抜きをしてくれたのだ。

 最初の手際の悪さを反省するしかないが、その結果水魔法を会得したのだ。ほんとこのダンジョンチョロいよなと鼻歌交じりにマロの首を落として階段下に落とす様子を橘は言葉を無くして無言でただマロのしっぽを掴んでいた。

「橘さん、今度はマロの前足を持ってください」

 沢田の指示に電鋸で切られた首を輪切りにされたところになぜか目を向けながら万歳状態のマロの両手を掴む橘さん。

 何処に視線を向ければいいのか、一体何がどうなってるんだと言うのが見てわかるくらい混乱している様子に俺は無表情を作りながらも腹の中では大笑いをしている。

 だってそうだろ?

 解体と言えばこれからがメインディッシュだ。

 こんな所で混乱していたら次はどうなるかと考えただけで笑いが止まらない。

 そんな俺を沢田は気にも留めず電鋸から電動枝切りカッターに持ち替えて……


「うわっ!なんか飛び出してきたっっっ!」


 ぎゃーっっっ!

 なんて叫ぶ橘さん。

 その気持ちよくわかります。

 肛門から刃を入れて一直線に切り落とした首の所まで皮を切るのだから……


 中身があふれ出すじゃん……


 腸はもちろん胃とか心臓とか肝臓とかそう言ったもろもろがずるずると出てくるわけよ。

 しかも何度か繰り返したことで沢田もちょうどいい加減を見極めれるようになったので腸の中身をぶちまけたりとかそう言うのはなくなったけど。

 やっぱり何度見ても解体の景色は慣れないものだとえづきそうな事にはならなくなっても好んでは見たくないなと思うのだった。




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