田舎を舐めるな!
二人が食べたお昼ご飯を片付け終わる頃橘さんは目を真っ赤にして竈の小屋へとやってきた。
痛々しいくらい目を真っ赤にして
「すみません。食後のお手伝いもせずに……」
そんな痛々しい姿に俺達が何も言えるわけもない。
きっと憧れの先輩とかそう言う奴なのだろう。
今生の別れだと言うのに何も言葉を交わせないまま碌な挨拶もできず。
目の周りまで真っ赤にするぐらいならかっこ悪くてもきちんとサヨナラの挨拶をすればいいのにと気軽に言えるのは二人とそこまでまだ親密ではないから。
これから死にに行きますって言ってるのに黙って見送れる俺達はただ人の死が当たり前という日常に慣れ親しんでしまったから。そして俺たち自身も死と言う物に直面して常識が何か一つ変わってしまったのを自覚している。
10階に住み着く魔狼に直面すれば誰もが死と言うものに直面するのだろう。
しかし一度それを潜り抜けてしまえばその恐怖はどこにもなく、逆に俺達が死神としてその命を刈り取っていくだけ。
さらに言えばそれを美味いと言って堪能し、討伐するたびに出現する宝箱にたまには違うものを出せとクレームを言ってしまうのは三人分+雪の分どころかストックまで確保できたから。
そろそろ違う物出してよと言ってしまうのは仕方がない物はゲームをしていればみんな一度は思った事があるあれと同じ感覚になってしまっているからだ。
そんなどこか人間失格になりつつある俺と沢田はちらりと視線を交わして
「本当なら今からダンジョンに潜ってお互い自己紹介という形で一緒に10階の前まで行こうと思ったのですが……」
「何か不都合でも?」
ダンジョンに潜ると聞いてさっきまでまだ何かきっかけがあれば泣きそうだった顔だったのに急にきりっと切り替えて見せた橘さんにさすが自衛官だと心の中で頼もしく思うも
「まずは今日の寝る場所に案内します。その後は少し休んでください」
「いえ、俺は今直ぐにでもダンジョンに……」
「休みましょうね?」
なんて沢田が橘さんの前に立ちはだかった。
にこやかな笑顔と言うように微笑んでいるが全く笑ってない目で橘さんを見上げ
「今岳が全力でダンジョンを走ってます。
最短ルートで、今なら多分帰り道になると思います。
出会い頭に岳に切りつけられる可能性もあるので鉢合わせないようにダンジョンに潜るのは危険です」
「ですが……」
この発生して二週間程度のダンジョンで後れを取る事はないと思っているのだろう。
だけど俺達と橘さん達とでは埋められない差と言うものがある。
マロを超えなくては得られない試練という問題。
それが分からないうちは何を言っても無駄だろうと言うように沢田は俺をちらりと見るから仕方がないと言うように頷いた。
「待ってる間時間を無駄にしちゃうのはもったいないからこの山を知る為にも車で登って来た坂道をジョギングすると良いよ。
降りた所に岳の家の上田商店があるから。別にそこで買い物しなくても良いから、むしろ今はウザいおばさんが店番しているから何も買わずに走っておいで。
お水のペットボトルがあるから両手に持って行けば握力の運動にもなるしね。
歩いて一時間程度だから余裕だよね?」
全く笑ってない笑顔で言われればさすがに黙るしかないと言うように食後の運動と言わんばかりにどうぞと出された500mlのペットボトルを両手に持って駆けだしていった。
「さすが自衛隊ね。ジョギングって言ったのにアスリート並みの速さで坂を下りて行ったわ」
「あの急斜面は足が止まらないんだよな。
ほんと家の前であの斜面は止めてほしいよ。散歩の度に家の前で力尽きそうになるって言うのに」
「いいじゃん。おかげで車が来てもあそこでみんなエンジン吹かすからすぐに誰か来るか分かってさ」
「まあね」
チャイムを鳴らさなくても誰が来たかする分かる自然のアラート。
そして自力で来る奴には心が折れるこの山道。
学校の先生が一度家に来た事があったが最寄りのバス停より徒歩ゼロ分という表記に騙されて歩いてきたと言う担任は涙ながら言った。
「上田君のお母様にもこの道をまっすぐに登った所にあるって確認したのに先生本当に怖くって何回戻ろうか泣き出しそうになったんだからね!」
涙をぽろぽろこぼしながら文句言われた思い出を懐かしく思い出す。
皆丁寧に教えくれたのに理不尽と思いながらも自腹でバスに乗ってきた先生を少しだけ尊敬した高校時代。
今は……
一時間たったころがらりと開いた玄関の音にネットを堪能していた俺はひょいと廊下に頭を出して玄関を確認。
「あ、おかえりなさい」
「すみません、トイレはどちらに……」
聞かれて俺は離れのトイレへと案内する。
そして対面する古式ゆかしきぼっとんトイレ。
ただでさえ今どき和式のトイレさえ遭遇するのも難易度の高い都会だと言うのに知らないわけじゃないだろうけどさすがにぼっとんはないだろうと思う。いや、工事現場でレンタルされてるトイレぐらいならありかもしれないけどそこは自衛隊。お金をかけてぼっとんはないだろうと思う。
さらに俺が使いだして岳も利用するぼっとん。
やっぱりトイレとして機能している以上避けて通れない視覚の問題。
「ええと……」
「きつかったら森の中でしちゃっても構いませんよ」
さすがにうっすらと積もる使用済みのトイレットペーパーの白さに青い顔をさらに青くした橘さんはものすごい勢いで森の中に駆けて行き、暫くの間蹲っていた。
ごめんなさい。
俺のトイレ問題をもっと身近に感じてほしくってわざと案内しました。
だけど案内できる場所はこのトイレしかなく、これから暮らす事になる田舎の事を馬鹿にしないでもらいたいという洗礼として置いた。
ちなみに小の方はこれも古式ゆかしき男性用トイレが設置されている。なので小だけなら視覚的問題は最低限ですまされるのでメンタルは削られない。
トイレの外で橘さんを見守っていた沢田が戻って来たよと声をかけてくれたところで俺もトイレのある納屋から出てきた。
ふらふらになりながら戻って来た橘さんに今度こそ満面な笑顔で沢田さんはおっしゃった。
「標高1300メートルの高地舐めるな?」
今日来たばかりで体が馴染めるわけないよなという沢田の言葉を理解できなかった洗礼は
「ご忠告に気付かず申しわけありません」
「高地トレーニングする施設だってここより低い所にあるんだから。
東京から来たばかりなんだから今日は体をしっかり馴染ませるために一日ゆっくり過ごそうね?」
「はい」
沢田の完全勝利に俺はとりあえず今晩過ごしてもらう座敷に案内して布団を敷いて寝てもらうのだった。
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