まずは胃袋を掴め!
じっと見上げる沢田の目にはうっすらと涙が溜まっているように見える。
きっとこういう視線をいくつも知っているのだろう三輪さんは少し寂し気に微笑み
「次の仕事場に行く途中ご飯を食べようとは思ってましたのでそれぐらいなら」
きっと最後の晩餐…… ではではないが一人寂しく食事をする事を考えれば最後はかわいい後輩と偶然知り合った田舎の子供と食事をする方がましだと言うくらいの軽い考えでいて欲しいと願いながら俺は橘さんに微笑かければ同じように寂しげでも嬉しそうに口角をあげる笑みを見せる橘さんの姿にほっとした。
だけどそれもつかの間の出来事。
「じゃあ、とっておきのマロステーキ用意しますね!
お昼からガッツリお肉行っちゃっても大丈夫ですよね!」
「おま、メニューを決めてから聞くのかよ」
しかもガッツリかよと呆れて聞き直すも
「ステーキ!いいですね!
ワインがあればなお最高だけどこの後車の運転をするのでそこは我慢して控えましょう」
元気になったように見せる三輪さんに橘さんも無口ながらも嬉しそうな顔をする。
「橘、よかったな。
お前の赴任先は初対面の人にステーキを食べさせてくれる親切な人だ」
笑う三輪さんに橘さんは一つ頷くだけ。不器用な人だなと笑ってしまう所だが俺と沢田には見えていた。
三輪さんも大きいけどそれより長身の橘さんのお尻に生えた尻尾がぶんぶんと高速回転して振り回されている、と言う幻を。
ああ、三輪さんが橘さんを構ったり守ったりする意味がなんとなく分かった。
今だって頭をなでなでと飼い主になでて構ってもらって嬉しそうにする目元。
俺と沢田はなんだか微笑ましい気分になってしまうも時間を無駄に過ごすつもりはない。
「じゃあ、炭は熾してあるからあと切って焼くだけ!
ご飯は朝の残りで悪いのですがいっぱいあるから食べていって下さい!」
「マロ骨スープまだあったよな?」
「畑からサニーレタス取って来て!トマトとかサラダに使えそうな野菜もお願い!」
「了解!」
沢田の指示に長靴を履いて玄関を飛び出そうとすれば
「私も畑にご一緒していいかな?」
三輪さんが付いてきた。
「せっかくの皮の靴が泥だらけになりますよ?」
それでもいいならというように聞けば
「滅多に履かない靴だから構わんよ」
言いながらも橘さんもついてくるあたりこの人どれだけ先輩が好きなんだよと笑ってしまう。
そうして徒歩ゼロ分にある岳が作った畑を目の前に
「素晴らしい!」
無駄のない最高の褒め言葉。もっと感動しろって言うものだ。
「農家の倅による本気の畑づくりなので」
俺は一切手を出してないけど岳の代わりに自慢げに言う。
「私も引退後は田舎に引っ込んで畑を作りたいと思ってました」
三輪さんはそうにっこりと笑う。ストレスの多そうな職場なだけにのんびりと過ごしたいと言う意味で聞きながら俺はスーパーで売ってる買い物かごを二人に渡し
「食べたい野菜を取ってきてください。収穫が一番の楽しみなので」
鋏も入れてお好きにどうぞと言えば二人の顔は輝かんばかりの笑顔になりズッキーニ、パプリカ、ナス、シシトウを始め沢田から言われていたサニーレタス、トマト、キュウリももいでくる。
そして自衛隊の人無駄はないと言うように食べたいものを食べれる量なのだろうか全力で収穫を楽しんだように籠に入れてきて帰ってくれば俺はそのまま竈のある小屋へと案内した。
二人は物珍しそうに室内を眺め、そこで大きなマロ肉の塊を電気鋸で切り分けている沢田を無言で見つめていた。
「沢田、野菜採って来たぞー」
「うん。そこの流しに置いておいて」
ちょうど骨のあたりを切り落としたのか鈍い音はすぐに肉を切る音に変わる。いや、肉を切り分ける音じゃないんだけど……
沢田曰く包丁で切ってもいいけどそうすると包丁を研いでばかりになるから時間がもったいないと言う。
巨大なマロ肉。
電鋸である程度切り分けてから包丁で整えるのが一番やりやすいと言う。
もちろん骨回りや形の悪い切り落とした部分は雪さんを始めとしたイチゴチョコ大福のご飯になる。骨を含めて一切無駄を出さない沢田はやっぱり料理人だと感心してしまう俺の隣で三輪さんも橘さんも黙ったまま沢田の調理を眺めていた。
「待っててくださいねー。
後は食べやすいように骨を避けてカットして筋を切るだけなので。
味付けは塩コショウと市販のタレになります。
大根おろしやわさび醤油もお勧めなのですよー」
電鋸のスイッチを切ってから電源を抜き、飛び跳ねた血肉や肉汁の汚れた姿で振り向いた沢田に二人はドン引きしながらも
「楽しみ、だなあ?」
「こんな大きなお肉初めて見ました」
だろう。だろう?
期待しちゃうだろう?
沢田は本当にすごいんだ。
あんな大きな肉どころかマロを解体だってできるんだからな。
挙句にこれから食べる料理の美味さに度肝抜け!
なんて思っている間に
「相沢、悪いけど野菜洗って切ってくれる?
サラダ用とバーベキュー用に準備して」
「了解」
「では我々も手伝おう……」
なんて上着を脱ごうとするお二人に
「三輪さんと橘さんはスーツなので煙を焙ったりしても良い服装って……
俺の服じゃ無理かな?」
「では俺のシャツに着替えましょう。
今着替えてきますので……」
「あー、とりあえず母屋の方で着替えてください」
こんな肉片の飛び散った竈の小屋や青空の下でいかにもお高そうなスーツを着替えさせたらどれだけのクリーニング代がと考えれば家を提供してしまうのは当然だ。
「では玄関をお借りします」
さすがにダンジョン直通の家の中に入るのは気が引けた模様。
車から取り出した重そうなトランクを家の中に運んで数分。
ジャージ姿のリラックスした何処にでもいるお兄さんがこの山奥に違和感なく出来上がっていた。
いや髪型とかそう言った所がまだ違和感あるけどそれも数日のうちにこの背景に馴染むのだろう。
その姿でバーベキューコンロの前に姿を現した頃沢田もステーキ用にカットしたお肉を焼肉なんかと間違えているんじゃないかというくらいの山もりの大皿を持って来て
「早速ですがお肉を楽しみましょう!」
しっかりと焼かれた金網の上にどんどん並べていく。
「焼き上がりの加減はお好みでどうぞ!
塩コショウもたれもセルフでいろいろ試してみてください」
一応ステーキと言った手前二人の前にはお皿にナイフとフォークが用意されている。ちなみに俺の前には割りばしだ!別にいいけど……
雑な扱い何て寂しくないもん!
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