秘密の呪文はチョーイブク……
「そんなわけで、相沢の無事帰還のお祝いと世界中を恐怖に陥れた魔狼の初の殲滅を祝して、まずは魔狼の解体です!」
高らかな沢田の宣言に俺と岳はパチパチと拍手をしていた。
俺が雪さんと一緒に風呂に入って傷だらけになりながらチュールをぺろぺろする雪さんで癒されてからの作業となり、時刻は既に丑三つ時を越えていた。
「ではまずマロ氏の皮をはいで臓物を取り除いて頭を切り落とします!拍手!」
「「わー!ぱちぱちぱちぱち」」
やる気のない歓迎にも沢田の顔は得意げで、ダンジョンの入り口の広いとはとても言えない階段でホームセンターでも売っている枝切り用の電気のこぎりで魔狼の頭を切り落としていた。
「相沢は折角だから解体の仕方覚えようね?
別にうちのおじいちゃんみたいに職人みたいにってどうこう言うつもりはないけど、これだけお肉が歩いている場所に住んで居るから自給自足が出来る程度にざっくりと覚えよう!」
そう言いながら切り落とした魔狼改めてマロウからマロへと略された狼さんの額にはちょんちょんとマロ眉があったからではないと主張しておく。
首を落す前に岳がばっちり写真を撮ったりサイズ比較したり愉快なくらいに写真を撮りまくっていたのはやっぱり深夜のテンションだからと思いたい。
「やっぱり生き物切るのはメンタル削るー」
「だーいじょーぶ!
その後美味しいお肉食べてメンタルは復活するんだから人間は意外とお安くできているのよ!」
「ニクショクケイジョシコワイー」
岳が全く怖がるそぶりも見せずにマロの頭を持ち上げて観察をしていた。
ほら、こいつ頭があれでも村の害獣駆除部隊として銃所持の免許持ってるから。
こいつの家のじいさんに小さい頃から猟友会の人達と狩った猪とか捌いて召し上がる生活だったから慣れたもんだと言う様に俺のビビりには付き合ってくれている程度だから…… いい奴だよな?
「はい、次は分厚い脂肪の間にのこぎりつっこんで剥いでいくよー。
毛皮とか勿体ないけど初心者には期待してないから出来るだけがんばってー」
上手く面積が獲れたらマロちゃんバック作ってあげるなんて笑いながら言う沢田に俺はただただ丁寧にデンノコを差し込んでいくぐらいしか出来ない。
と言うか、さすが文明の力。
途中からもうどうでもいいかと開き直った俺はばさばさと切り落としていく仕事に背後で沢田の悲鳴と岳のバッシングを受け止めるだけで黙々と作業を進めて行く。
「ええと、皮をはいだら次は臓器か……
こいつら何を食べてるんだろうなー?」
小銭入れぐらいしか作れない毛皮に沢田はしくしくと涙を流している背後を無視して岳の指導でお尻のあたりから喉元の方へとデンノコを入れて行く。
魚を捌く時にも似た様にぼとりと健康そうな形を保った臓器が崩れ落ちるように出てきた。
「あー、腸があって、これは胃袋だな。
位置的には心臓があって肝臓があってこれは脾臓かな?
ひょっとして卵巣?え?メスだったの?」
「相沢ー、その専門用語はやめて。岳が……」
「チョーイブクロシンゾーカンゾーヒゾーランソーメス……」
「謎の呪文を唱え始めたか……」
「共通用語でレバーとかハツとかで言ってあげて……」
「レバーは新鮮だからまだ食べれるだろ?
虫がいないか切ってみようぜ!」
異世界の呪文をから解き放たれた岳は生き生きとした!
「沢田、これ何とかならんか?」
「おむつしてる頃からこのノリで付き合ってるんだから慣れる方が楽だよ」
ですよねー……
とは言わず、二人の年季に諦めるのは俺の方だと思うしかない。
「で、こんなもんでいいか?」
魚を捌くように臓器に傷をつけず、綺麗に臓物を取り出して容赦なくダンジョンへと捨てる。
地上では毒物となり俺達に被害があってはいけないからとフグの調理師免許を持つ沢田の言葉に見ず知らずの臓器は口にしないを徹底されて興味はあれど階段の下に向かってポイっと捨てられてしまった。
但しお楽しみの胃袋は残して。
「って言うかさ、ダンジョンの奴らって何食べてるんだ?
漫画とかラノベだったら冒険者とか仲間とかいろいろあるけど、ここって冒険者三人だし、10階のボスは産まれたばかりだからご飯食べたとかそう言うのもないしな?」
岳の言葉に俺はデンノコで胃袋を突くように破れば、破裂するわけもなく、中身が飛び散るわけでもなく、ただ強烈な酸っぱい匂いの臭さだけが辺りに広がった。
「くっさ!!!」
「げほっつ、うえー……」
「きょうれつ~!!!」
電源を止めたデンノコで階下の方へと向かって飛ばせば、べちょっとした音が聞こえてた。
開きっぱなしの窓から外に向かって酸のクサイ臭いを手で仰いで送り出すもあまりの匂いに涙が出るだけで……
「あ、あれだけ餓えてるならガッツリ攻撃されるのも今なら納得だわ」
「って言うか、やっぱり相沢の魔力関係があの階層の突破の鍵か?」
「だよねー。どう考えても」
「って言うか、毒霧で対抗できるってどうよ。って言うか、毒霧マジやばいんじゃね?」
ぶるりと身を振るわせる岳とは逆に
「だったら私も魔力派生させたいから今度からバルサン私が放り投げて来るね」
そう言ってあらかた処理の終わった肉の塊になった物を台所へと持っていった後、トイレの側で山積みになっているバルサンを片手に階段の下へ降りて行き、そして聞き覚えのある音が響いて暫くして沢田が戻ってきた。
「あー、臭かった」
「まだ処理されてなかったか」
「何時間かかかるからね」
「むしろ捨てたごみに集まって来たり」
岳の一言に俺は全身ブツブツが出るが
「とりあえずまたいろいろな料理で楽しみましょう!
今回は納屋の冷凍庫を稼働させておいたから残ったお肉はそこで冷凍保存できるしね!」
「昔ばあちゃんに叱られても買ったじいちゃんの業務用の冷凍庫がやっと陽の目を見る事になったな」
「相沢のじーさんも猟友会の人だったからな。
一家に一台冷凍庫だしねって言うか業務用の冷蔵庫も電源入れてくれたか?」
「もちろん。
相沢のとこ野菜ないし、お米の保存も出来ないじゃん」
「精米機あったよな。今度兄貴に米貰ってくるわ」
「お前ら家を何だと思ってるんだよ……
米代ぐらいは払うから勝手に持ってくんじゃねーぞ」
「それよりも岳は炭に火を点けといて」
「そうそう、相沢悪いけどこっちに戻る間にウサッキー狩って来たから捌いといて」
「頭無いじゃん。皮は剥いでおくよ」
「あ、ついでにちゃんと臓物だしておいて?」
「お前らな……」
蜘蛛の子を散らすと言う様にいつの間にかいなくなった二人の姿に腰に手を当てながらも溜息を落す。
結果オーライと言う言葉はよく聞くけど、よくぞ無事10階から帰って来れた。
膝はガクガク、足はプルプルだったのにゆっくりと階段を上がって戻ってこれば再び手に入れた何も変わらない日常こそ一番のご褒美と言う物だろう。
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