絶望の中の誓い

 9階最奥には一枚の扉が待ち構えていた。

 丸い紋章に複雑怪奇な文字が書かれた魔法陣のような物。

 重厚なつくりなのに手で軽く押せば開いて、中に入ると勝手に閉まる自動扉。

 中に入る事で発生するボス戦は中に居る主を倒すか、客人が倒されるかしないと再び開かないお約束のような扉。

 この中に居るモンスターのせいで人類はここから先の探索に進む事は未だに出来ていない。


 ダンジョンが発見されてもう何年も経つのに誰も進めないのはこの部屋がすべてだった。


 ダンジョンが発見されて世界が湧いて、そして絶望を与えた10階の主がドアの向こうに居る事を現実として俺達は見つめる。

 別のダンジョンでは自衛隊の人達が24時間体制で監視体制を取っている。

 とある国ではこの扉を開けっぱなしにしたらどうなるかという実証検分に国が一つ滅びかけてしまったのだ。

 中に入らず扉を開けっぱなしにしても主は出てこなかった。

 代わりにその奥から魔物が姿を現し、俗にいうスタンピードを起こしたのだ。

 魔物はついにダンジョンからあふれ出て国を1つ滅ぼしかけた。

 それはテレビ中継で放映され、最後は近隣各国の軍が出てきて文明の利を駆使して殲滅をした。

 だけどあとに残されたのは人の住む事が出来ないほどのおびただしい魔物の死骸はその血と腐敗した肉が大地を汚染し水は穢され二度と植物の育たない大地へと変化させてしまい、今となれば人の住む事の出来ない都市だった場所があっただけになってしまった。

 何を犠牲にしたかは言うまでもないが、10階の扉を何とか閉ざして以来その国のダンジョンはそこまでの階層を常時駆除して終わりという凄惨な出来事を今も色濃く残している。


「中見て見たいけど、絶対ダメな奴だよな」

「ええ、あの国みたいになったら無事生き延びてもこの国ではもう生きて行けないよね」

「さすがに俺でもこの扉の先は危険って言うのは判ってるよ」


 三者三様の危機感を理解しながらの言葉に俺達は扉を見上げて溜息を零す。

 好奇心は抑えきれない。ダメと言われたらやってみたいカリギュラ現象。

 だけどあの惨劇を起こしてまでの好奇心はどこにもない。

 一際立派な9階から10階へと繋がる扉をしばらく見た後に俺達は踵を返して扉から離れる為に振り向いた瞬間


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


 重々しい石の扉のような物が開く音が聞こえた。

 反射的に三人で振り返ってしまう。

 誰も触れていないのに勝手に開いて行く扉の先の階段には鬼火がともる様に通路を照らす灯が次々に灯って行く。

 厳かな儀式のような、そしてこの先は特別と言う様に10階へと続く階段を照らしていた。


「な、何で……」


 誰も触ってはいない。

 それどころか触れる距離にも近づいていない。

 どうして扉が開くんだと思えば、導かれるように灯が照らされていく階段を軽やかな足取りで雪が駆けて行った。


「雪しゃーんそっから先は行っちゃらめー!!!」


 思わずだ。

 追いかける様に手を伸ばしたと思えば足も動き出していて、開いていた扉が閉ざそうとしていた事すら気付かずに俺は階段を駆けて行く雪を回収する様に追いかけていた。

 

「相沢っ!」

「馬鹿ーっっ!!!何やってんのよ!!!」


 振り向けば閉ざされた扉越しに聞こえた二人の声に我に返る。


 やっちまった……


 戻ろうとした瞬間壁が立ちふさがっていた。

完全に閉ざされた石造りの扉越しに大声を張る。


「ごめん!

 雪を追いかけたらつい足を入れてたんだ!」

「バカバカバカバカ!!!

 せっかく私が元気になれたのに何でっ!何でっ!!!」

「相沢待ってろ!

 確かおまえんちドリルあっただろ!

 持って来るから、この石の扉何て簡単にぶっ壊してやるからそれまで待ってろ!

 頑張って持ちこたえろ!!!」


 ありがたい事に防音機能はないようで扉の向こうからの二人の涙ぐむ声はまるで目の前にいる様に届いていた。

 こんな馬鹿な俺に泣くほど心配してくれるなんて


「ありがとう……」


 小さな声で感謝を伝える。

 掛け替えのない友人を泣かせてしまったと言う声が最後に聞く声だなんてどれだけ自分がおろかだか反省しても遅すぎる。

 だけど俺達の友情はこんなにも暖かなものがあったなんてと胸が熱くなってしまうもこんなサヨナラなんて悲しすぎる。

 みっともなく取り乱して泣きすがる事が出来ればもう少しかわいげがあるとか言われたかもしれないけど、俺よりも悲しんで一生このトラウマを抱えていくだろう二人に俺が涙を流す権利なんてない。

 絶望という言葉に頭が真っ白になる中、階段の先でにゃーと言う可愛らしい声で

「ほら、ついてらっしゃい」

と招くような真っ白な死神の鳴き声に俺は導かれるように足を向けるその前に


「沢田、俺の代わりに岳に謝ってくれ。

 この扉はドリルなんかじゃ破れない事ぐらいネットで何度も実証実験をされている。

 さらに言えばうちのドリル壊れてるから使い物にならないんだ……」

「相沢止めてよ。そんな事言うの……」

「ボス戦はどちらかが勝つまで絶対にこの扉はまたリセットされないのは知ってるだろ?

 常識だよな?

 だから、俺が勝つか負けないとこの扉は開かない」

「お願い、そんなこと言わないで……」

「もしさ、俺が無事帰って来る事があったらお前と一緒にやりたい事があるんだ」

「な、何よ……」


 少しだけ無言の緊張する時間が流れた後


「お前をハメた奴の復讐をしよう。

 頑張った奴が幸せになるのが権利と言う奴で、人の幸せを奪うような奴に幸せになる権利はないんだ。

 だから、もし俺が無事帰ったら沢田の幸せがなにかなんて俺には分からないけど、沢田を泣かすような奴に幸せでいる権利がないと言う事を身を持って教えに行くぞ」

「相沢……」

「俺と岳の幸せはたぶんお前が笑顔で居てくれる事なんだ。

 だから、無事俺が戻って来たら俺達の鬱憤に付き合ってくれ。

 その後、何だったら結婚でもしようか」


 無言の時間が流れる。

 ひょっとしてあれだけの事をされたのにまだあんな奴が好きなのかと思って舌打ちしそうになるも


「やだ、こんな時にフラグ立てないでよ……

 しかもおまけみたいに結婚だなんて、本気にするよ?

でも、これからはいくらでも付き合うから、だから無事帰ってきて!」

「ああ……」

「無事に、ちゃんと雪も連れて帰ってくるのよ!」

「当然だ」

「もちろんお肉も!!」

「了解」

 思わずクスリと笑ってしまう。

「あと、結婚の前にはお付き合いが必用よ!」

「今更って言うか間に受けてくれるんだ」

「無事帰って来るんでしょ?」

 返事に詰まってしまうも

「帰ってきたらこれからは遥って呼ぶから私の事も花梨って呼んでね!」

 目頭が熱くなる。

「お付き合いして結婚するんでしょ?だから、名前ぐらい毎日呼んでよ!」


約束の出来ない未来にこそありえない約束をする。

そして沢田も相沢なら悪くないしと泣き声でも笑ってみせる声は俺の、俺達の大好きな笑顔からのものだと信じている。

 向こう側が透けて見える事のない扉に向けて置いた手が奇しくも同じ場所だった事を俺と沢田は知らない。

 だけど、どこか扉越しに感じる沢田に何かが通じたと思ってそっと手を離す。


「岳には悪いけど……

 行ってくる」

「絶対!

 絶対帰ってくるのよ!!!」


 返事はせずに、少し先で俺達の様子を見守っていた雪は俺が動き出したのに合わせて階段を下り始めた。




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