沢田、覚醒する

 ウサッキーは見事沢田の手によって無事解体された。

 途中から雪が興味深げに見に来て生肉を数切れ貰い、カツカツとうまそうに食べていた。

 無事解体された肉を台所へと運び、こんなにもどうするか悩んでいたら沢田がうきうきとした顔で


「台所借りてもいい?

 炭あったら急いで熾してくれない?」


 今すぐ料理したい。

 今すぐ味わいたい。

 そんな顔を隠しもせずに言われたら俺達は苦笑しつつ岳にバーベキューセットは納屋に在る事を伝えればすぐに納屋へと走ってくれた。

 ガタガタと手慣れた様子で火を熾している岳を横目に沢田は鍋やら調味料の場所を確認するも


「そういや相沢の家って昔の土間のあれ、まだ使える?」

「もうずーっと使ってないけど問題はないってばあさんは死ぬ前には言ってたけど」

「じゃあ、そっちでやってもいいかな?」


 うきうきとすでに移動する沢田にどうぞと言う選択しかない。


「薪とかは残ってたやつ使えるかな?」

「うーん、行けると思うけど……」


 虫の住処になっているような気がして使いたくなかっただけで不安げに台所から納屋とはまた違う小屋へと向かう。

 昔家と炊事場が別々だった頃の名残。

 土間を挟んで二つの家を繋げた造りの変わった構造だ。

 ポンプ押しの井戸水と2つの竃。

 大きな一枚の何かの木の作業台と言う、昭和初期にはまだどこにもあったような時代を感じさせる光景が今もここにはあった。

 裸ランプが天井からぶら下がり、曇りガラスのはまった木製の窓からは隙間風が忍び込んでくる。

 ばあさんが生きていた頃はここでもち米を炊いて、ここと家との間で餅を搗き、家の中で丸めて食べるって言うのが年末年始の一大イベントだった。


「前から一度使って見たかったんだ。

 うちも小さい頃はあったけど危ないって言うからさ潰しちゃったのよね」

「うちは親父も叔父さん達もみんな出てっちゃったから、誰の反対もなくって結局最後まで残してたんだ」

 

 処分代かかるからというのは言わない。

 新しいシステムキッチンを購入していちいち寒い土間に下りなくて済むように、薪で沸かしていた風呂もボタン一つで適温でいつでも入れるようになったり、便利に変化はすれども受け継いできたこの家。

 住むのは二人きり。

 部屋を一つリフォームすれば十分なので壊してまでとは考えられなかったようだ。


 記憶を頼りに細い枝を入れて古新聞がないので古雑誌を丸めて着火剤の代わりにする。

 暫くして窯の中に火が回り出したら薪をくべてどんどん火力を上げていく。

 その間に沢田は野菜を切ったり、肉を切ったりしていく。

 田舎ならではの巨大な調理器具をひょいと運びながらしっかりと水洗いをして切ったもも肉を下ゆでするという。

 料理の事はあまり知らないが、こうする事で臭みが抜けるらしい。

 生姜をいっしょに加え湯がいていき、灰汁を丁寧に取りながら火を通して行く。

 うん。

 この匂いでもご飯食えると、グラム1万は下らないと言うウサッキーの肉の匂いに涎を垂らしていれば、沢田は鍋を下ろして肉と葱と生姜を取り出し後はゆで汁は捨ててしまうと言う。

 勿体ないなと思って、犬たちのご飯にかけてやろうとミルクパン一杯分だけ分けてもらえば、後は手早く鍋を洗って取り出した物を並べて冷たい水を加える。

 それから火を細くして蓋をし、酒、味醂、長い事使ってなかったザラメ、醤油と言った調味料を加えて蓋をする。

 その隣で別の部位を切りだし、塩、胡椒、小麦粉、溶き卵を絡めてパン粉をつければ、後はフライパンに多めの脂を敷いて焼くように揚げていく。


「こっちの準備は出来たぜ」


 炭が良い感じに回ったようで岳が報告に来た。

 骨が付いたままのもも肉を俺に持たせて野菜を切っていた時に調味料を合わせて作っていたタレを持ち、どこから見つけたか刷毛を岳にもたせて当人は赤々とした炭の上に肉を置き焼いて行く。


 何のスイッチが入ったか知らないが一心不乱に料理をする姿を美しいなと思い、ほんの数時間前まで顔を上に向ける事の出来なかった姿とは全くの別人で、良く知る俺達の沢田の姿に俺も岳も笑みを浮かべていた。

「それじゃあ、相沢と岳はこんなふうに肉を均等に焼きながらタレをつける」

「それはいいが、俺達じゃどれだけ焼けばいいかさっぱりわからんぞ」

「後から見に来るから!」


 そう言いながら一目散に台所へと向かうあたり、まだまだ料理の品数は増えるようだ。

 落ち込んでいた沢田が目まぐるしく働く姿を見て


「なぁ岳。

 俺思ったんだけどよぉ」

「俺もいろいろ考えたんだけどさぁ」


 お互いどうぞと譲り合う中俺から先に言わせてもらう。


「こんな田舎のダンジョンが流行るわけないし、沢田の為にダンジョンに潜って肉を取りに行こうと思うんだ」

「俺も同じ事考えてた。

 んでさ、魔物料理ってまだまだ珍しいじゃん?

 解体とかさ、調理とかする奴ネットであるじゃん」

「魔物の肉はあまり見た事ないけどな」


 そこまで入手困難と言うか、換金率の良さにあまりお目にかかる事のないその魔物を沢田が捌き、調理して飯テロを勃発させると言う魂胆だろう。


「沢田を迎えに行った時、おばさんがずーっと部屋に引きこもっているって悲しんでたし、家に戻ってから一度も包丁を握ってないって言うんだぜ?

 せっかくこう言った機会を持てたんだ。

 ジビエ料理のレストランを開くのが夢だったかもしれないけど、いつか叶える夢として、その前の一歩としてネット料理人で腕を鍛えさせるって言うの悪くなくね?」

「考えとしては安直だけど、今の顔見てると悪くないって思うし……

 とりあえず俺としては例の男をぎゃふんと言わせることを考えている」

「ぎゃふんって、今時誰が言うんだよwww

 ってかさ、例の男、確かに沢田の夢と金を巻き上げて傷つけて捨てたんだ。

 それで奴だけが幸せって絶対あっちゃいけない許さない」


 思わず二人で頷き


「何とかしてその例の男の所在地調べる。

 法律に触れないようにあの男に制裁を与えてやる」

「うわぁ、頭脳労働者の言葉っておっかねえ」

「頭脳労働者って、何の実績もないただの高卒ニートですがなにか?」


 卒業後は家業の手伝いしかしてない岳も俺も同類だと言うから二人して声をあげて笑いあった。





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