当ダンジョン最強のランカー・雪

 どこまでも心根の優しいのが沢田だ。

 どれだけ心が傷つけられても根本の所は変らなかったんだとなんだか涙ぐみたくなるほど嬉しくなったが、トイレの前に立った途端沢田の顔が歪むのを背中を向けていても理解できた。


「うちのトイレがこんな事になっちまってな……」


 いつの間にかリフォームされたトイレを披露する。

 少しだけ開いていた風呂の蓋をずらして見えた全貌はネットでもよく見るダンジョンの入り口。


「これって……」


 唖然とするように零した声は本日一番元気な沢田の声だった。


「あー、うん。

 昨日起きたらいきなり勝手にリフォームされててよ……

 まだ俺達三人の秘密な?」


 明日にはこんどこそ弁護士に対処の仕方を聞くけどと加えれば階段の奥からぞろり、ぞろりという身の毛もよだつような音が聞こえた。


「何この音……」


 薄暗くあれど視界には全く困らない明るさだが、階段の着く先はこの位置からでは見る事は出来ない。

 視界の届かない奥からぞろり、ぞろりと何かを轢きづるような物音と、ゆっくりと近づいてくる音にはぴちゃり…… べちゃり…… と水音まで聞こえてきた。

 一階にいる奴らは間違ってもそんな音をたてない。

 もっと乾いたような音と気配と共に現れるのが一階の住民。

 だとしたらこの音は?

 全く未知の住民だと想像すればしだいに俺達の顔は青ざめて行く。

 ひょっとしてもっと下の階層のからやって来た肉食の住民……


 ダンジョンが出現して早数年。

 未だ10階の階層主を倒す事の出来ないこの世界でそれまでの階層の情報は世界中に溢れている。

 だが、何かを引きずるような水音を立てる魔物は目撃もされてなければ情報もない。

 未知の存在との遭遇に岳の息をのむ音がやけに響く中、それはついに俺達の前に姿を現した。

 ダンジョンから魔物をこの地上に解き放たない為に冒険者は居る。

 魔物からこの地上を守るために半ば強制的に冒険者となって最後の防衛を守る。

 戦わなくては愛する人を守る事の出来ない世界となった為に人は武器を取る。


「ちょっと、冗談よね?」


 怯える沢田の声に岳がバットを持ってやってきて背中に守るように位置を替え


「沢田もライセンス持ってたよな?」


 そう言って岳は沢田にフライパンとバットを渡すと言う暴挙に出てくれた。

 何その組み合わせと思うも俺には殺虫剤を渡される始末……


 ふん。

 どうせ毒霧ですよ。

 ふてくされながらも窓枠に置いておいた蚊取り線香用のライターを取る。

 ちょっとした火炎放射器になるなと良い子は真似してはいけませんの見本の出で立ちの俺に沢田の目が点になっていた。


 だけどその合間にもぞろりぞろりとした身の毛もよだつ音は近づいてきて……


「にゃー」


 白日の下にさらされたその姿は全身血の赤に彩られた……


「雪しゃーん!!!

 そのやんちゃしたお姿はどうしたのでちゅかぁー?!

 おててもお口も真っ赤になっちゃってぇ!

 こんな危ない所に勝手に入っちゃだめでちゅよぉぉぉぉぉー!!!」


 たとえ血まみれの姿であれども俺は、俺達は見間違える事のない姿に力が抜けたというように武器を手から落としていた。

 何て姿にと手を伸ばすも、雪さんは俺の手をすり抜けて階段の下へと戻って行く。


「雪しゃーん、にゃーんが勝手にダンジョンに入っちゃだめでちゅよぉー!」

「久しぶりだけど雪と相沢って相変らずね」

「あああ……相沢手ぶらで降りるなって!」

 岳も沢田も俺に続いて雪を追いかけるように階段を下りて行けば、階段の途中にはウサギ型のモンスターが喉元を掻っ切られて横たわっていた。

 俺達は一瞬の沈黙の後


「これって7階あたりに出てくるウサギ型の魔物……だよな?」

「実物見るの初めてだけど、ネットで知る限りではそうだよね?」

「俺、やっと単独で5階行ったのに……

 雪に先こされたってどういう事だ……」


 階段に放置されたウサギ型魔物、発見時ネットでその姿の愛らしさと中型犬ほどのサイズとも相成って断トツな人気を誇り、第一発見が日本であって初討伐者に与えられた命名権は謎のテンションからウサッキーと付けられた。それは瞬く間にネットなどの拡散力から世界中認知され……

 可哀想な事に通称ウサッキーなんていう不名誉な名前を付けられた魔物の頭に雪は前足をポンと乗せ俺達を見上げる。


 どお?

 中々の獲物でしょ?


 まるで自慢するかのように、そして誉めても良くてよと言わんばかりにしっぽをふりふりと揺れている所を見て俺は雪を抱え上げ


「すごいぞ雪しゃん!

 このダンジョンの最強冒険者でしゅよ!

 それにこんな大きい獲物をよく取ってこれましゅた!

 すごいでしゅ雪しゃん!」


 言いながらも俺は雪に頬ずりしながら階段を上ってそのままダッシュで風呂場へと向かい



 ん、にゃーっ!!!



 家じゅうに響く猫の悲鳴。

 雪と名前を付けて呼んでいるものの本来雪は野良猫。

 当ダンジョン最強にゃーんでも一歩ダンジョンから出てしまえばただのにゃーんだ。

 我が家の納屋に勝手に住み着き、イチゴチョコ大福を調教し、その真っ白の体と澄んだ湖面のような瞳で俺の心を虜にしたまさに我が家の生態系の頂点に立つ雪さん(オス)だが、魔物の返り血で染まるワイルドな姿はいただけない。

 俺はチャンスと言わんばかりに雪を抱き上げ風呂場へと直行。

 何時でも洗えるようにと常時置いてあるネコシャンプーを駆使して手早く血のりを落して行く。

 時々引っかかれたり狭い風呂場で逃げ回る雪を捕まえようとする音に沢田と岳は放っておいても大丈夫だろうと、足元に転がるウサッキーを岳は地上へと持ち帰るのだった。







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