ライセンスは大切です

 岳が戻ってきたのはそれから30分ほどだった。

 田舎ならではいきなり玄関を開けて


「イチゴチョコ大福、飼い主はまだ生きてるかー」


 名前を呼ばれて顔を上げる三匹だが、俺が奥からやって来た様子を見てお迎えと言うように立ち上がる。

 ワンとも一吠えもせずしっぽを振り回し、後ろ足で立ち上がって歓迎するあたり番犬としてはダメダメなトリオである。


「そう言うのは俺に聞いてくれ」

「まぁまぁ、一応いろいろ持って来たんだ」


 大きなカバンの中には夜食のカップラーメンとノートパソコン。

 紙袋にはラノベが詰まっていて、もう一つのビニール袋には殺虫剤一式……


「おお、心の友よ!」

「バルサンより頭脳労働者のお前はこれで勉強しろ。

 ダンジョンのシステムや称号取得のコツが書いてある。

 教本よりも判りやすいから一度は目を通せよ」


 俺は両手でバルサンにしがみついた余剰の数本の指先でそれを受け取れば岳から白い目を向けられた。

 仕方ないじゃん。

 心の友だしーと、早々にバルサンをもってダンジョン入口の蓋を開ける。


 しっとりとしたかび臭い空気。

 切れかけた蛍光灯のように淡く輝くダンジョン内は、それでも異空間に繋がるかの如く不気味な空気を醸し出し……


 岳は一度脱いだ靴を履きなおしてゆっくりと階段を下りる。

 音を立てず、数回の経験から壁に手を付き、ゆっくりと足を進めれば少しだけ見慣れた左右に広がる通路があった。


「へー、中ってこんなんだ。

 ライセンス取った時のダンジョンと全く変わらないな」


 やっぱりオタク。

 好奇心満載でバットを片手に俺を差し置いてきょろきょろと足を進める。


「あまり奥に行くと危ないぞ」


 俺は注意を促すも岳は気にせずに足を進める。


「だーいじょーぶだーって。

 一階はソリストでも十分問題ないんだし。

 一階で死んだって話は昔はともかく今じゃ聞いたことないし、ライセンス取る時相沢だってやっつけただろ?」


「そりゃ死ぬ気でやったさ。

 ライセンス取らないといけなかったし」


 そう。

 このご時世、車とセットで取らすぐらいこのライセンスは世の中を生きて行く必須アイテムになっている。

 クレカ一枚作るにもこのライセンスを所持しているかしていないかで発行スピードが全く違うし、就職の面接でも昔は車の免許持ってなくて、ん?な顔をされると同じレベルで今時はライセンスを所持してないと、ん?な顔をしてくるらしい。

 若者なのにスタンピード発生した時の防衛ラインにならないなんて……

 高齢化社会の中そんな風潮が強いせいもあって、ボランティア精神ではないがいざとなった時、社会と会社を守る人材として求められてしまうこんな世の中で社会人として生きて行きたければこう言った要求を呑むのも就職活動の要点の一つになる。


 誰が見ても文字通りの社畜だ。


 言ったのは俺ではないが、誰もが笑い飛ばすぐらいにはネタにされてきて、今更誰も何とも言わない一般社会の常識として世間に浸透していた。


 俺も岳もダンジョンに潜るライセンス取得に10万ほど払うくらいなら、車の免許とセット、もしくは更新時に申し込めば2万程度でお安く取得できるなら誰もが同時に申し込むのがベター。


 車の免許同様数年ごとに警察署で更新しなくてはいけないが、更新しないとクレジット機能も止められるという一度始めたら抜け出せない罠でもあり物議をかましていた頃もあった。そう言った事も繰り返されるようになれば、今更誰もそんな事気にはしない。

 クレカ機能止められるより全然ましだしね。

 最もこんな田舎ではクレカを使う場所もないけど、ネット通販ではそれなりに御厄介になっている。

 やっぱりクレカは必須アイテム。

 国が発行していて、履歴を国に管理、監視されているのでごく一般的な使い方をしていれば痛い事は何もない。


 そんなライセンスをきらりと光りに反射させ、可愛い幼女のイラストの書かれたパスケースをジャケットの内ポケットに入れ、その場所を服の上から手をそっと押し当て


「リムたん、上田岳行ってきます!」


 最愛の脳内嫁に挨拶をして脳筋らしくバットを構えてどんどん通路の奥へと向かうのを見送り、バルサンの爪を折って左右の通路に投げ込むのだった。勿論岳にも奥の方に設置してもらうようにいくつか持たせた。





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