それはない

 あの時俺は相当テンパっていたのだろう。


 帰ってすぐイチゴチョコ大福をまた納屋に繋ぎ、購入したばかりのバルサンを手に取り元トイレの扉を開け、夢なら良かったと思うべきダンジョンの入り口を睨む。

 置かれていたスリッパは何処かに消え失せ、母が好きだったキャラクター付きのピンク色のマットもない。

 死んだばあさん曰く築200年を超えた古民家のトイレに裸足で入る勇気はなく靴を履いて決意と共にダンジョンの入り口の階段をゆっくりと降りた。




 ダンジョンに入るにはライセンスが必要となる。




 運転免許証のようなカードには顔写真と生年月日と住所。

 所持可能武器のマークと裏には死亡時の、または脳死判定時の対応と臓器移植の有無。

 表側だけを見ればそのまんま車の免許証みたいだし、裏だけを見れば保険証の裏面みたいになっている。

 ただ違うのはそれにはクレジット機能が搭載している、それだけ。

 ダンジョン産の売買を管理する目的もあるのだろう。

 ダンジョン産の売買に関しての税金は国営の取引所のこのライセンスを使っての売買のみ免除されている。税金20%だからね。法整備のされた今となればみんな国営取引所で売るに決まっている。

 なんせ数年たっても手探り状態だからね。

 そう。ライセンスとはいわば国が発行しているクレジット機能付き身分証明書だ。

 ちなみに車の免許の発行、再発行、更新のついでに一緒に2時間程の講習を受け、4時間のダンジョン実地訓練で簡単に発行してくれる。

 世界規格なので貧困層国との兼ね合いもあり、どの国でも簡単に発行してくれるお安いライセンスだ。

 その時に実技として入る事になるダンジョンだが、どのダンジョンとも入口はおおむねこんな古臭い煉瓦造りとなっている。

 素材は不明でダンジョン自体淡く発光する明かるさは昔の切れかかった蛍光灯を思い出す程度。


 ゆっくりと、そーっと足音を立てないようにして階段を降りて一階に辿り着く。


 無音の空間にはトイレ臭はなく、その代わりにどこかかび臭い匂いが漂っていた。

 耳を澄ませば遠くから何かすり寄るような乾いた音が聞こえて身を震わすも、一階に出る奴らは心さえ強ければ誰もが対処できる程度なので怯える事はないと俺は自分に言い聞かせる。


 ガサガサとビニール袋からバルサンを取り出し、カチッと爪を折る。

 それを右側の通路に向かって滑るように放り、そうしてもう一個爪を折ってから左側の通路に向かって滑るように放つ。


 しゅーっと音を立てて薬剤が広がって行く音を聞いて俺はダンジョンの階段を駆け上り、家の中にあいつらが潜り込まないようにと風呂の蓋で入口を塞いで用意しておいたバットを握りしめながらやがて同級生が来るまでひたすら階段の下を睨みつけていた。










「だからってこれはないだろ!」




 数少ない友人とも言ってもいいのか、顔見知りと言っていいのかわからない同級生事上田雑貨店店員の上田岳は声をかけても返事をしない俺を心配して田舎ながらの勝手に人の家に上がり、トイレのちょうど便器の部分から出ていた俺の頭を発見して壁に頭を打ちつけながら大笑いをしていた。

 緊張にやつれた俺が振り向けば


「いや、一瞬何を考えてぼっとんの中にダイブしたのかって思ったら笑うしかないだろう?!」


 ダンジョンの入り口でもあるトイレのドアを開け広げた先で上田岳が母親の作ってくれた豚の肩ロースと大根と卵を煮たものを広げてビールを飲んでいた。


 俺は一応バットを横に置いて肩ロースに噛み付くも


「じゃあどうすればいいんだよ」

「近所の家にダンジョンが出来たって言う話を聞かせてくれたら俺だってもっとうまく対処するさ!」

「俺もあれからググったけど、さすがにトイレがダンジョンになった例はないみたいだしね」


 バルサンの煙はもうなく、だけどいまだに入口を風呂の蓋で覆っている。

 一体どうしてこうなったと思うも全てが寝ている間の出来事。

 それなりに動揺している俺はこの家を捨てて別の所に家でも借りようかと岳に提案する。

 だけど岳は首を横に振り


「せっかくライセンス持っているんだし別の所に家を借りるのならその前にちょっと冒険して収益上げてから引っ越さないか?異世界冒険譚ならこうやってなりあがっていくものだぞ」


 ラノベ大好き岳君の提案にそれは考えてなかったな、お前天才じゃんと手を打った。





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