第4話 店デビュー!

 映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に出てくるタイムマシンの車『デロリアン』に乗る夢を見ていた。

 運転席に座り、どの時代に行くかを考えていると、助手席に座っている母が「平成元年なんていいんじゃない?」と言い出し、勝手に計器盤のテンキーを押し始めた。「ちょっと待ってよ母さん! 俺は未来に行きたいんだから」と母を制すも、「これ押せばいいんかい?」と何故か助手席に店長が座っていてエンターキーを押してしまった。

 加速のGでシートに背を押し付けられながら、視界が白い光に包まれた。あのテーマ曲が流れ始める。


 がばっと上半身を起こした沢村は、目の前のブラウン管テレビの画面を凝視した。

 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』がテレビで初放送されるというCMが流れている。淀川長治が「是非ご覧くださいね」などと言っている。

 ぽかんとしていると、店長の声が聞こえた。

「朝飯だよ」

 ちゃぶ台の上にはご飯とみそ汁、目玉焼きが二人分置かれている。時計を見ると、既に朝の八時過ぎになっている。慌てて立ち上がる。

「すみません! 寝坊しました」と頭を下げた。

「うん? 今日は店休みだよ」

「えっ」

「そういえば言ってなかったか。うちは月曜休業なんよ」

 そうだ、月曜日は店が閉まっていたことを思い出した。

「すみません、朝食まで用意していただいて」

「いんや、ああ、そんじゃお茶でも淹れてくれるかい?」

「はい!」

 厨房へ行き、棚に置かれている急須と、その横に置いてある茶筒を手に取り調理台に置く。茶筒は緑色の金属の缶で、静岡茶の銘柄が書かれている。蓋を開けると茶葉が入っているのが見える。棚に茶葉用のさじがあったので、そのさじを使って茶葉をすくい、急須に入れた。妥当な量が分からなかったが、実家にいたころに自分でも淹れた事があったのを思い出し、やや濃いめくらいを想定して多めに入れることにした。やかんで湯を沸かして急須に入れ、お盆に急須と湯飲み二つを乗せて部屋に持って行った。

 ちゃぶ台の上で湯飲みに茶をそそぎ、「どうぞ」と店長に湯飲みを差し出す。

「ありがとね」と店長はお茶を一口飲んだ。

「どうでしょう? 濃すぎでしょうか?」

「うん? うまいよ」

 ほっとした。出す前に味見をしていて、自分もうまいと思っていた。


 落ち着いたところで、店長が立ち上がった。

「俺ぁ出かけてくるから。お前さんも好きにしてな」

 沢村は考えた。お金が無い。厳密にはこの時代で使えるお金が無い。身の回りの品々を揃えたいためお金が欲しい。

「あの、折り入って相談があります」

「はぁ何だい?」

「バイト代の……、前借りをできないでしょうか?」

 店長が振り返った。

「そういえば金無いんだったね」と二階に上がって行った。

 しばらくして戻ってきた店長は、一万円札を二枚沢村に手渡した。

「ちゃんと決めてなかったけど、とりあえず一週間分でいいならこんくらいかね」

「ありがとうございます!」と、頭を下げて受け取った。

 この時代のアルバイトの時給はどのくらいだろうか。業種にもよるが五百円くらいな気がする。そう考えると適度な金額に思える。

「鍵は新聞受けに入れといてな」と店長は出て行った。

「はい。行ってらっしゃいませ」

 沢村は着替えをしながら、とりあえず何を買おうか考えた。


 ドアから外へ出る。鍵をしめ新聞受けに入れた。新聞受けに白い紙が貼られており、『宇田川総一郎』と名前が手書きで書かれている。そうか、考えてみたら名前を知らなかった。

 外は青空が広がり、寒さはあるものの日の当たるところは暖かさを感じる。

 昨日おとといまでとは違い、絶望感や不安感は無く、歩きながら高揚した気分になっていた。

 とりあえず秋葉原駅の方まで行こうと思い、神田川に掛かる『神田ふれあい橋』を渡ろうと高架下を歩いて行ったが、柵があり工事中のようで入れなかった。そういえば聞いたことがある。東北新幹線の高架の工事のためにこの橋は作られ、その後歩道として残ったと。ということはこの後通れるようになるのだろう。別の道で駅へと向かった。


 秋葉原駅まで来てみると、そこにはアキハバラデパートがあった。

 さっそく中に入る。衣服が売っていたので、シャツやズボン類、下着などを買う。寒いので厚手のセーターも。その他、歯ブラシやコップ、髭剃りなども買った。


 デパートを出ると、人だかりができていたので覗いてみる。街頭販売を行っていた。中年男性が大きな声で客を集め、どんな汚れも一拭きで落とせる魔法の洗剤を紹介している。それを見ていた主婦っぽい人が前に出てきて購入すると、次から次に売れていった。しばらくして客が掃けていったが、最初に購入した主婦っぽい人は残っている。またしばらくすると中年男性が客を集めだした。そしてまた先ほどの主婦っぽい人が購入する。

 こんな景色も三十年後にはあまり見られなくなっているなと思った。


 ぶらぶらと秋葉原周辺を歩き、万世橋を渡り中央線の高架下を抜けると、目の先に新幹線が見えた。しかも丸っこい初代の0系新幹線である。車両の先端部がビルから突き出ているように展示されている。そうだ、ここは交通博物館である。新幹線の横にはD51蒸気機関車もビルから突き出ていた。

 沢村は懐かしい思いにふけった。子供の頃よく父と母と弟と一緒に来たものだ。大好きな場所だった。ここは今から数年後に閉館となり、大宮の鉄道博物館に移管されるはずだ。当時閉館のニュースを知った時に、最後に行ってみたいと思ったのだが結局行けなかった。今行かずしていつ行くのだ。

 交通博物館に入り、展示されているミニチュア鉄道模型や航空機エンジンのカットモデル、スバル360など見て回った。プロペラ機のレプリカが天井から吊るされているのは昔から変わっていなかった。


 夕方ころに店に戻ると、既に店長は帰って来ていた。

 部屋に上がると、ちゃぶ台の上には缶ビールや日本酒、つまみ類が並び、赤い顔をした店長が座っていた。テレビではニュースが流れている。

「た、ただいま戻りました」

「おう、お前さんも飲むかい? 座りなよ」

 沢村は呆気に取られながらちゃぶ台を挟んで座る。店長は厨房の方へ行き、手に缶ビールを数本持って戻って来た。

 沢村の前に缶ビールを置き、店長は自分の缶ビールを目の前に掲げた。

「初仕事お疲れさん」と店長が乾杯のしぐさをしたので、沢村は慌てて缶ビールを取って掲げた。

「ありがとうございます!」

 缶ビールを軽く当て、「乾杯!」と二人は言う。

 沢村は缶ビールをぐいと飲む。さすが業務用冷蔵庫で冷やしておいたためキンキンに冷えている。しかも、発泡酒ではなく本物のビールだ。発泡酒がまだ普及していない時代で良かった。暖かな部屋で冷えたビールを飲めるとは、店長には感謝しかない。

「うまい! ありがとうございます!」

「いい飲みっぷりだねぇ。つまみも食ってな」

 さきいか、サラミ、唐揚げなどが皿に盛られている。

「では、遠慮なくいただきます!」

 ビールとつまみを頂きながら、何だかよく分からない懐かしさを感じていた。大学生当時はこんな飲み会をしていたように思える。

「もしかして店長、パチンコ行ってたんですか?」

「おうよ。当たりまくってな」

「そんなに出るものなのですか?」

「なんだかお前さん来てからついてるかもしれん」

「それは良かったです」

 沢村はこの当時はパチンコはやっていなかったが、社会人になってからスロットをたまにする事はあった。この時代は何号機なんだろう。

 店長は既に顔が赤くなっている。沢村もほろ酔い気分になってきたのもあり、いろいろ店長に聞きたくなってきた。

「えっと店長今何歳です?」

「歳か? えー六十九になるか……」

「このお店はいつからやっているんですか?」

「ここかい? そうさなぁ……。三十年ちょっと前くらいかね」

「そんなになるんですか」

「ここは野っぱらだったから、掘っ建て小屋作ってな。勝手に」

「勝手に建てたんですか?」

「わかりゃせんって。十年くらいそのままで、そんでこの店に建て替えたんよ」

 そんな事していいのだろうかと思ったが、聞きたいのはやはりこのラーメンの事だ。

「この店のラーメン……、どうやってこの味になったんですか?」

「どうって……。ふいー……」

 店長は畳に頭を付けて眠りに入ってしまった。まだ夜も遅くはないが、疲れがたまっていたのだろうか。ふとテレビを見ると、NHKの『連想ゲーム』が流れていた。


 翌朝、厨房で準備をしていると、ダシの煮込みに入り火を弱火にした店長が「市場に行こうかの」と言ってきた。

「市場? あれ? 食材は配達ですよね?」

「市場で買うものもあってな」

 沢村はふと先日の事を思い出した。秋葉原に市場があるではないか。

「ちょっと荷物持ってくれると助かるんで、付いてきてくれんかな」

「はい!」


 店長と早朝の秋葉原の街を歩く。

 かつて、秋葉原駅の北側すぐのところに、広大な敷地を持つ青果市場があった。

 今、その建物が目に入り、秋葉原にこのような場所があったことに改めて驚きを感じた。

 店長に連れられて中に入ると、人がごった返していた。

 すたすたと進む店長から遅れまいと人を避けながら付いていくと、野菜を扱う店舗が集まっている区域に来ていた。

 店長は店に寄るなり何かを手にする。生姜だ。形を眺めたり匂いを嗅いだりしては店員と何か話している。

「高知のどこのかい?」

「四万十町ですね」

 また別の店に寄っては生姜を確認している。あちこちの店員から声を掛けられていた。

「宇田川さん! 土佐の入ってますよ」

「これ見てくださいよ」

 いくつかの店を巡ってから、最初の店に戻り、生姜を購入した。

「あ、自分持ちますよ」

「悪いね」

 袋に入った大量の生姜はずっしりと重かった。


 店長はすたすたと歩き、隅の方にある店舗に入った。

 追いついた沢村は店の中を見て驚いた。ねぎだらけなのだ。長ねぎや玉ねぎが所せましと並んでいる。様々な種類を取り揃えているようだ。

 店長は長ねぎを手に取っては色つやを見たり、匂いを嗅いだりしている。ふと沢村に疑問が生じた。長ねぎは配達してもらっているはずだ。買い足しするという事だろうか。

 店長が見ている長ねぎの箱に品名が書かれているのを見て納得した。

「最後にのせる細切りのねぎは『深谷ねぎ』なんですね」

「ん? ああそうだよ。これがいいんよ」

 埼玉の深谷市の名産で、甘みがあり、その白さが際立った長ねぎである。そういえば、しゃきしゃきっとした食感もアクセントとして効果を発揮していた。今その謎が解けた感じがして沢村は感動していた。

 大量に購入した深谷ねぎの袋を受け取った。こちらもずしりと重みがある。

 店長が店員と話をしていた。

「でも、閉まっちゃうなんて残念だねぇ……」

「しょうがないですよ。でも、配送はできるようにしますんで」

「ありがとね」


 沢村は深谷ねぎと生姜がどっさり入った袋を両手に持ち、店長と共に市場を出た。

 これをいつも店長は持って帰っているのだろうか。それとも自分が同行しているのでいつもより多めに買ったのだろうか。いずれにせよ腰も悪くなる気がする。

「生姜と深谷ねぎはここで買っていたんですね」

「ああ、そうさね」

「生姜は高知のを選んでましたね」

「だいたいそうだね。土佐のをよく使うけど、四万十町のもいい」

「乗せるねぎが深谷ねぎだったとは知りませんでした」

「うまいだろう深谷ねぎ。全然違うんだよなぁ」

 店への帰り道である中央通りを店長と歩く。まだ朝も早い時間で、車も増え始め渋滞気味になっている。

「この市場、閉場するんですか?」

「ああ……、もう少しで移転するらしいんよ。大田区とか言ってたなぁ」

「そうなんですか。そうなると買いに行くのはちょっと大変になりますね」

「まぁなぁ。配送を頼むことになりそうだの」


 店に戻り、仕込みの続きに入った。

「ねぎの細切りの用意してくれるかい?」

「はい。やってみます!」

 任されることが増えるのはとてもうれしいと素直に思った。会社では面倒が増えたとついつい思ってしまいがちだが、それとは違う。

 ちょうど深谷ねぎの在庫が無かったので、今購入してきたものを使った。

 切り方は店長の仕込みを見て把握している。一本切り終わった後に確認を取った。

「うーん、あと1ミリ細くできるかい」

 その後、何度か確認を取りながら、何とか合格をもらう事ができた。

 

 開店後。場慣れしてきたのか、落ち着きながら仕事ができたように思った。

 長ねぎの細切りが無くなりそうになったら、すかさず切って補充した。

 閉店後、店長がそのことを褒めてくれた。


 翌日、今度はチャーシューの作り方を教わった。

 豚肩ロース肉をまずタコ糸でしばり、沸騰した湯に入れ、再沸騰したら上げる。

 チャーシュー用のタレに入れて煮込む。タレは、料理酒、醤油、砂糖、にんにく、そして生姜を入れたものである。

 沸騰しないように三時間ほど煮込んだら火を止め、半日ほど漬け込んで完成となる。

 店長に味見をしてもらい、こちらは一発で合格をもらえた。

 実を言うと自分で作ったことがあった。インスタントラーメンに乗せたりしていたのだが、その経験が多少なりとも役に立って良かった。


 さらに翌日の朝、勇気を出して店長に話した。

「調理のテストをさせてもらえませんでしょうか?」

「うん? ああ、やってみてな」

 深呼吸をして調理に挑んだ。

 麺の茹で時間は時計を見ずとも一秒の誤差も無く計れるようになっていた。

 どんぶりにタレとダシを入れ、麺を鍋から上げ湯切りをしてどんぶりに流し込む。

 沢村が初めて作ったチャーシューを乗せ、自分で切ったねぎの細切りを乗せ、メンマを乗せた。ちなみにメンマは業務用の完成品を仕入れて使用している。そして最後に、これも自分で用意した生姜しぼり汁をかけてラーメンが完成した。

 部屋で新聞を読んでいる店長に恐る恐る出した。

「できました。よろしくお願いします」

「ごくろうさん」と、新聞を置きラーメンを見た。

 まず香りを嗅いで、次にスープを一口飲んだ。ここで少し間があり、麺を食べ始めた。その後は止まることなく食べ進め、なんとスープを全部飲み干した。うれしい事だが、体にさわるのではないかと少し心配になった。

「うん、うまいね。じゃぁさっそく今日から調理してもらおうかね。交代交代でやろう」

「ありがとうございます! やらせていただきます」

 本当にうれしかった。このラーメンを自分で調理し提供できるのだ。同時に責任重大である。もし変なものを出してしまったら、この店の評判に傷をつけることになる。もしかすると店の存続に影響を与えるかもしれない。

「あーそうだ。大盛りのやり方も教えるから試してみてくれるかい」

「は、はい!」

 大盛りは、量が一.五倍の麺を使い、ダシとタレの量も多めにする。ただ両方多めにすればよいものではなく、微妙な比率がある。どんぶりも少し大きめのを使う。

 こちらも一度試しに作ってみたものを店長に味見してもらい、合格をもらえた。


「いらっしゃいませ」

 沢村は緊張しつつカウンター裏に立ち、最初の客から食券を受け取った。

「並ですね」と言ってさっそく調理に入った。

 客はちょっと不思議そうに沢村の事を見てから、厨房奥にいる店長の方を向いた。

「あれ? 店長じゃないんだ作るの」

 店長が笑いながら振り返った。

「まずかったらお金返しますんで」

「ほんとかよー」客も笑っている。

 沢村は少し緊張が解けて、調理に集中した。

 今朝店長に出したのと同じように作り、ラーメンをカウンターに置いた。

「お待ちどうさまです」

「おう、味見といくか」

 客はゆっくりと味を確認するように食べ始め、うなづきながらスープも飲み干した。

「ごちそうさん。こりゃ店長のよりうまいかもなぁ」

「褒めすぎでしょそりゃ」

 店長も客も笑っている。沢村はほっと一安心できた。一見簡単そうな調理に見えても、細かいところが結構難しいと思う。

 客が増え始め、食券が次々と購入される。客が席に着いた順番、その食券が並か大盛りかを頭に入れる。

 麺茹で用の寸胴鍋の縁にてぼを順に引っかけつつ麺を茹でていく。湯に投入してからの時間を頭の中で数えつつ、順番に入れた時間差も考慮していくのは至難の業であることが分かった。実際には一回ずつではなくほぼ同時に連続してラーメンは作っていくのだ。

 時計をちらちら見ながら、なんとか茹で時間を間違わずに順にラーメンを完成させ提供していった。

 あるとき、茹で時間を見誤り早めに上げそうになったとき、「あと十秒」と店長が後ろから声をかけてくれた。

 大盛りの場合は茹で時間は同じだがどんぶりもスープの量も違うため注意が必要だ。うっかり普通のどんぶりに入れそうになったとき、店長がすかさず「違うよ」とまた声をかけてくれた。


 このペースになんとか慣れ始めたとき、衝撃的なことが起きた。

 大学生風の男二人が目の前に並んで座った。沢村は食券を受け取ろうと手を差し出す。

「並ですね」と言ったとき、目の前にいるのが当時の沢村健吾、つまり自分だったのだ。

 しかも、隣にいるのは工藤だ。当時よく二人でこの店に食べに来ていた。考えてみればこういう状況になるのは予想がつくではないか。工藤から食券を受け取る際、思わず顔を背けてしまった。二人ともどこか不思議そうな表情をした。

 沢村は息を整え調理を進める。二人の会話が聞こえてくる。

「沢村はパソコン売り場だよな。バイトしてんの」

「そうだけど」

「今度X68000の新モデル出るんだろ?」

「ああそうそう、エキスパートっていうらしいよ」

「何が変わるんだ?」

「メモリが2メガバイトに増えるみたいだけど」

「部室にもう一台あるといいよな。でもどーせ高いだろうから買えないかぁ」

「そうだねぇ。今も奪い合いだし、俺もほとんどいじれてない」

「だいたいさ、一年生がゲームばっか遊んでるじゃねぇか。いいのかそれで?」

「ロクハチアセンブラの習得用だったのにね。でも無理ないよ」

「まぁそれも分かるけどな。俺もグラディウスたまに遊んでるし」

「結局そうなるだろ?」

 笑っている二人を見て沢村は懐かしさと恥ずかしさが入り混じったような心境になった。

「あと五秒」と背後からの店長の声ではっと我に返り、麺を湯から上げた。

「お、おまちどうさま……」と手を震わせながら二人にラーメンを出す。

 二人はまたどこか不思議そうな表情をしたが「どうも」と言って受け取った。

 当時の自分に遭遇するとは、本当に心臓に悪い。思わずため息をついたとき、店長が横に立った。

「交代しようかい」

「あ、はい。お願いします」

 厨房奥に移動した。この時代の自分と工藤は黙々とラーメンを食べている。

 自分が作ったラーメンを自分が食べているところを自分が見るという奇妙な体験だった。


(つづく)

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