第6話

それから先は楽な道のりだった。

踊るようにステップを踏み走るアリスが腕を一振りするだけで、共に行進する兵士達が敵を処理していき、その後に続く俺は開いた道を進むのみ。


あちこちで巻き起こる人間の悲鳴を聞くと心は爽快になり気分も高揚する。


その素敵な感情に浸りながら案内されるまま進み、遂に、俺たちは駅前の広場に到着していた。

しかし、遠目からでもわかるほど、駅の入り口周辺は厳重に警備されている。


「どうするんだ」


「このまま、突き進むだけよ」


アリスは笑顔を浮かべながら、先へ進んだ。



立ちはだかる人の壁を砕き血の海と悲鳴の渦を越え、ようやく希望号が停車するプラットフォームに辿り着く。


当然、ここにも希望号を囲むように武装集団が警戒している。

そして、どうするか悩む暇もなく、そのうち一人がこちらに気づく。


しかし、アリスにかかればどうということはない。

再びトランプ兵を召喚し目の前の敵を薙ぎ払い両翼へと進み殲滅を始める。


そして、希望号への道が開けると、そこには乗務員らと、切符持ちの面々、カタリナが佇んでいた。


「あれは―――」


彼女らもこちらに気づいたようで、俺もそちらへ歩みを早める。


「遅い!何をチンタラして……。なぜ、人を抱えているんです?」


「話は後だろ」


「そんな腐敗するだけのものを持ち込んで、私たちの手間も考えてぇング」


うるさくわめく乗務員、そういえば、ラティと名乗っていたか。

その彼女を押しのけカタリナがこちらへと近づく。


「ユウキさん、なのですか?」


鎧を纏ったこの姿に彼女はたじろぐ。


「ああ」


「そうですか。……ご無事で何よりです」


丁度良い。

慈愛に満ちた彼女なら、この死人と犬もどうにかしてくれるだろう。


「悪いが、この二人を頼む」


「え、ええ。それは構いませんが」


「あとはお前の好きなように処理してくれて構わない」


カタリナに二人を押し付け、俺はそそくさと希望号の入り口へと向かう。


しかし、その時、一発の銃声が響く。

振り向くと、そこには先程の集団と違った様相の者たちがこちらへ群れをなし向かってくる。


「あれは、軍、ですね」


カタリナがそう呟く。

小銃を抱えた前方の集団は確かに統率がとれた動きをしている。


「希望号の関係者および乗員に告げる!今すぐその罪人をこちらに引き渡し、白の列車の停止を求める!我々の保安検査にご協力いただきたい!」


「この国は付け入る隙を与えるとすぐこれだ。奴ら、これを機に希望号を拿捕するつもりですよ。トーコさん、どうします?」


「お国の望みなんざ知ったことじゃあない。希望号は何者にも縛られない列車だ、発車準備を始めるよ」


「あいあいさー」


「少年、あんたが撒いた種だ、きっちり片付けな」


トーコさんは俺の胸を叩き、乗務員らと共にそそくさと希望号に乗り込む。

さて。


「お兄ちゃん、どうする?全部、アリスに任せてもいいのよ?」


「いや、俺もやるさ。俺たちをあれだけ苦しめてきた敵国の人間を殺せるのだから」


「ユウキさん!何を言っているのですか!」


「お姉ちゃんは黙ってて。悠長にお話ししている時間はないわ。行きましょう?」


もう後戻りはできない。

俺は既に多くの人間を殺した。

それに、今更、誰かの影に隠れ逃げる必要もない。


「お兄ちゃん!希望号はアリスに任せて!」


その言葉を認識する前に、敵に向かい走り出す。

対面の司令官の号令で、いくつもの銃口が俺に狙いを定め、躊躇なく発砲される。

甲高い火薬の破裂音が連綿に鳴り響き、聴覚がイカレそうだ。

そんな呑気なことを考えられるほど、銃弾は俺の鎧に傷一つつけることはできない。

希望号もアリスが守ってくれるのなら、もう何も不安要素はない。


より疾く接敵し、腕や足を振るうだけで人が形を失っていく。

一時もすれば銃声は止み、残り少なくなった軍人らは戸惑うのみ。

残りも殲滅しようと、もう一度一歩を踏み出したところで。


―――視界の端に映った一閃、気づくと俺は激しい衝撃と共に吹き飛ばされていた。


腹を打たれた。

内臓が引っ搔き回されたような気持ち悪さと痛みにのたうち回る。


一体、何が起こった。


何とか状況把握するだけの冷静さを取り戻し、その正体に視線を向ける。

そこには、俺と同じように全身に紫の鎧を纏った者が剣を手にし立っていた。

その後ろにも同じような姿をした者が数名、その内一人は白背景に赤い十字が描かれた旗を掲げている。


「希望号を世界樹へ運ぶ勇者がどのようなものかと思えば、薄汚いドブネズミだったとはな。あの男も悪い趣味をしている」


世界樹?勇者?

恐らく、その剣で俺を真っ二つにしようとした男が低く品のある声で訳のわからないことを言っている。


「誰だか知らんが、邪魔をするならお前も殺してやる」


俺は震える足に力を込めなんとか立ち上がり、その男と対峙する。


「ユウキさん、逃げてください!そのままでは殺されてしまいます!」


唐突に、遠くのカタリナが大声で叫ぶ。

彼女はこいつらのことを知っているのか、だが、そんなことは知ったことではない。

地面を蹴り、目の前の男に拳を叩き込む。

しかし、白い塊は一瞬でその場から消え去り、空振る拳。


そして、再び、何が起きたか認識する前に全身がバラバラになったかのような衝撃と痛みに襲われ地面に伏せた俺は痛みに抗うだけで精一杯で、立ち上がることもできそうにない。


「有頂天から蹴落とされた気分はどうだ?」


いつの間にか近くにいた紫の鎧の男は俺の頭を踏みにじる。


「お前は自分が何をしているのか理解しているのか?ただ運命に流され敵も同胞も、多くの人間を殺した。それがどういう意味か考えたことはあるのか?」


男の脚に力が籠り、頭部の鎧が軋み始める。


「人の命には無限の可能性がある。お前が終わらせた命の中に、この世に平和をもたらすものがあったかもしれない。そうでなくとも、それぞれにそれぞれの人生があった。例えばお前がどれだけ悲惨な環境で生まれ育っていたとしても、殺人の免罪符にはならない」


苦痛の中、その声だけが嫌に耳に滑り込む。


「死ね。クズが、地獄に堕ちろ」


―――ああ、身体が熱い。

これは、怒りだ。

激しい怒りが血液を沸騰させ、俺に力を与える。


「団長!離れてください!!」


遠くから聞こえた声を合図に、男が俺から離れる。

気づけば、俺の全身から怒りが赤い霧となり噴出し始めていた。

そして、立ち上がった俺は感情のままに叫ぶ。


「わかったような口を利くな!人間の命に意味があるのなら、人生に価値があるのなら、それなら、あいつはなぜ、ボロ切れのように扱われて死ななければならなかった!凄惨な場所に産み落とされ、それでも誰かのために、俺なんかのために尽くしてくれた、あいつが!」


それを口にした途端、今までぼやけていた怒りの矛先が輪郭を描く。


「そうだ!俺は、アイのためにも、この世界を否定しなければいけない!そうでなければ、死を選んだあいつが報われない!そうだ、その過程で人間如きがいくら死のうと構わない!」


遂に、怒りは灼熱の炎に変わる。



希望号、客室にて。

魔女が一人、その様子を眺めている。


「やはり、私の見立ては間違ってはいなかった。……これでようやく、あの男の首元に牙が届く」


彼女は微笑む。

遥か遠くを眺めながら。



鎧を纏った時と同じく、俺は頭に浮かんだ言葉を叫ぶ。


「―――Reverio!Lævateinn!《顕現せよ!レーヴァテイン!》」


赤い霧が右手に集まり高熱が迸った瞬間、それは火焔となり、うねりを起こす。

一見するとただの巨大な炎だが、俺の掌は間違いなく柄を握りしめていた。


これの使い方は、鎧の記憶が教えてくれる。


正面にいる男に向けて、右腕を振るう。

轟轟と燃え走る炎が男へ向かうが、当然のように彼はそれを避ける。


だが、炎が走った後の地面は深く裂け、その断面が溶けるほどの現実離れの威力だ。

これなら、適当に振り回していれば、あの男を殺すこともできるだろう。


そして、再び狙いをつけたところで。


―――緊張を裂く希望号の汽笛が鳴る。


「皆さん、早く乗り込んでください!」


乗車口から身体を乗り出したラティがハンドベルを大きく振る。

そのまま発車するようだが、まずはこの男を殺すことが先決だろう。

そう思い、走り出す希望号を他所に、構えを崩さず男と対峙する。

しかし。


「ここは退くぞ」


「いいんですか?」


「あの罪人は殺さねばならない。だが、これではな」


後ろで控えていた者と言葉を交わす男。

退く、確かにそう聞こえた。

その意図を考える暇もなく、何処からか、地鳴りと喊声が近づいてくる。

それは、走り出した希望号に乗り込まんとする無数の人々であった。


そうか、このまま争えば多くの無関係な人間を殺してしまう。

人間の命の価値を説いた男だ、それは本意ではないのだろう。


だが、そんな事情は知ったこっちゃない。

この沸騰した激情を抱えたままでは俺自身が火傷してしまう。

だから、この場を燃やし尽くしあいつらを消してしまえるくらい、衰えることのない炎に更に怒りを込める。


「Ardens flamma,Terram urere, caelum exurere.《劫火よ、地を焼き天を焦がせ》」


レーヴァテインはより激しく、熱く燃え上がる。

その熱量は、この場の全てを溶かしつくすほど。


「そこまでだ」


俺の振り上げた腕を制止したのは、唐突に現れた魔女、ミス・アナ。


「この力を与えたお前が、何故止める」


「白の列車の燃料まで無くしてしまっては困る」


「そうか。だが、どんな事情があろうが、もう関係ないんだ」


「ふむ。力を手に入れてはしゃぐのは結構だが、ここは私に従ってもらおう」


俺に力を与えた時と同じように彼女は炎を纏う俺の右手の甲に平然と手を触れる。

それだけで、俺を纏う鎧は熱と共に跡形もなく消え去った。


途端に襲い掛かるのは凍えるほどの寒気。

全身から熱が抜けた上に、血液が冷水のように冷えている。


「な、なにをした……」


「ただ装いを解いただけだ。持っていかれたものが体力と体温だけで、よかったじゃあないか。もう少しそのままでいたら身体を乗っ取られていたところだ」


誰に、そう言葉を放とうとするも、口の震えが治まらず、まともに話すこともできない。


「フロイライン。早く彼を連れて行っておくれ」


「はい」


いつの間にか傍にいたカタリナに抱えられ、急ぎ希望号へ向かう。

ああ、最悪の気分だ。

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