第178話 何があったのかPart5
ボッターKリンは屋敷の中を歩き回る。
無駄に良い造りをしていて、ボッターKリンは腹が立つ。
かつての栄光を思い出させられると、ボッターKリンは歯ぎしりをした。
「あー、腹立たしい。死んでもこの私を嘲笑っているのか!」
ボッターKリンは、一方的に怒りを向けていた。
ドーンライト侯爵は決してそんなつもりはない。
けれど、ボッターKリンは、そんなことを知らない。
「クソッ! これで書斎に都合のいいものが無ければ許さんぞ!:
ボッターKリンは、苛立った。
地団駄を鳴らしつつも、書斎へと急ぐ。
特に読みたい本も無ければ、欲しい本がある訳ではない。
金目のものがあれば何でもよかった。
「まあ、あのドーンライト侯爵だ。なにかはあるだろう」
完全に窃盗の考えだった。
ボッターKリンは、彷徨っていると、ようやく書斎を見つける。
大層立派なもので、扉からして気品がある。
「チッ、忌々しいの」
ボッターKリンは、舌も無いのに舌打ちをした。
目玉も無いのに目を鋭くする。
扉に手を掛け、書斎に入ると、ボッターKリンは、驚いた。
「な、なんじゃこれは!?」
そこには膨大な量の本で埋め尽くされていた。
まさにちょっとした図書館。
ボッターKリンは、これだけの本を見たことが無く、おまけに難しそうな本ばかりで、目を回した。
「ううっ、頭が痛くなる。ドーンライト侯爵め、ここでもこの私を苦しめて」
ボッターKリンは、本棚にもたれかかった。
額を当て、「ぐぬぬ」と苦悶を浮かべる。
それでも顔を上げると、ボッターKリンは、一冊の本を見つけた。
「なんじゃ、これは?」
ボッターKリンは、興味を惹いた。
その本の題名は、聞いたことが無い。
それでも、真っ黒な上に赤字で印字がされていて、ボッターKリンの淀んだ心には、満たされる何かを感じ取る。
「この本は、呪詛・送霊の儀式」
如何にも怪しい本だった。
題名の禍々しさは、一部の人間にしか刺さらない。
そのうちの一人、ボッターKリンは興味を注がれた。
「この本は一体……むっ?」
読んでみようと初めて思った。
ボッターKリンは、今の今まで本を読んだことなどない。
政治にも関心を抱いたことは無く、ただ貴族と言う立場を利用していただけに過ぎない。
そんなボッターKリンが初めて読もうと思った本だ。
さぞかし有益な情報が書かれているに違いない。
そう思ったのも束の間、本は開かない。読めないように丈夫な鎖で封じられていて、ボッターKリンは、苛立った。
「こしゃくなまねをしおって!」
ボッターKリンは持ち込んでいた呪符を使った。
鎖に張り付けると、ボワッと火が出る。
小さな爆発を生んで、鎖に罅を入れると、後はボロボロと弾け飛んだ。
「少々、表紙が汚れてしまったが、まあ読めるじゃろうな。きっとこの本にはなにか、なにか……ん、これは!?」
パラパラと本のページを捲った。
かなり古い本のようで、黄ばんでいる上に、汚れも酷い。
それでもボッターKリンは古い文字を目で追っていくと、気になる記述を見つけた。
「汝、死して尚、生にしがみつく、亡者ならんとするなら、清き生贄を捧げよ。さすれば、死した命、生を貪り喰らいて、その肉を得ん。禍事、恐れんならば、暗き場所にて、数十の刻を数えよ。浄化の火、紫となる時、願い、成就するだろう」
あまりにも胡散臭い。
情人ならば、すぐに本を閉じるだろう。
禍々しい言葉が綴られている。
しかも、ページの端には妙な図柄も残されていた。
すぐに本を閉じて忘れるべき。
鎖を巻き直し、この本は封じるべきだ。
にもかかわらず、ボッターKリンはそれをしない。
むしろ狂気に憑りつかれた化物になると、ケタケタと笑いだす。
「がーはっはっはっ! これはよい、これは良い本じゃ。くだらんと思っていたが、藁にも縋る想いとはこのこと。天使でも悪魔でもなんでもよい。私は、私はまだ必要とされておるんじゃ!」
ボッターKリンは精一杯文章を読み解く。
するといつもは浮かばない筈が、今日に限って、とてもスムーズに解きほぐせた。
この文章、一見難解な記述のように見えるが、実際は死者を蘇らせるための禁術。
「死者を蘇らせるには、生きた生贄を必要とする。それを暗い場所で、数十年の間寝かせれば、儀式は完成。この私はその体を奪い、生き返ると言うことか。なるほど、なるほどの。これはよい。これはいいのじゃが……」
ボッターKリンは早速取り掛かりたかった。
けれど問題がある。
ボッターKリンの生贄になる人間が、ここに居ないのだ。
「生贄がいなければ話にならん。ドーンライト侯爵夫妻は既に死んでおるからな。どうしたものかの……」
ボッターKリンは考え込んだ。
けれどこの姿で屋敷の外に出ることはあまりにも危険。
簡単に消滅させられかねないと想像し、屋敷の中に誰かやってくることを期待した。
けれどそれもなかなか叶わない。
ここはドーンライト侯爵の屋敷。
おまけに山の中にあるためか、商談など、人と会う時はこの屋敷を離れてしまう。
絶望的に生きた人間と出会える可能性が下がる中、書斎の扉が開かれる。好都合なことに、誰かやって来たのだ。
「むむっ!?」
ボッターKリンは姿を隠した。
本棚の裏に回り込むと、扉が開き、少女が現れる。
とても不安そうで、泣きじゃくっていた。全身から悲しみの感情が溢れ出すと、シクシク泣き喚いていた。
「お父さん、お母さん……」
ボッターKリンはその少女を知っている。
あの可愛らしい少女。見れば見る程欲しくなる。
そうだ、ドーンライト侯爵夫妻の娘、シルキーだ。
「シルキーとか言った娘じゃな。どうしてここに……」
ボッターKリンはは考えた。
如何してシルキーが書斎にやって来たのか。
その理由は定かではないが、丁度良い所に来てしまった。
「これは使えるぞ」
ボッターKリンは良いことを思い付いた。
シルキーは今、失意のどん底にいる。
両親を失い、孤独になった少女は、もはや生きる気力さえないに違いない。
「お父さん、お母さん、どうして私を置いて行ってしまったの。私、私……うっ!」
泣きじゃくるシルキー。もちろん、泣いても良い理由は合った。
けれど何も知らないシルキーにとって、如何すればいいのかなど、分かる筈もない。
ただ一つ、両親の遺体がある中、ボッターKリンの遺体が無いことには、違和感を覚えていた。
「もしかして、ボッターKリン伯爵様が? ま、まさか、そんな……ぶっ」
考えれば考える程吐き気が増す。
頭を押さえ、膝を床に付くと、光の加減で背後に影が伸びていた。
「きゃっ!? だ、誰かいる……の?」
シルキーは恐怖を感じた。
バクバクと心臓の鼓動が悲鳴を上げ、サイレンを鳴らした。
目の奥が充血し、呼吸が乱れると、筋肉がピクピクと震え、尻込みしてしまう。
「もしかして、ボッターKリン伯爵様ですか?」
「……ほぅ?」
「やっぱり、ボッターKリン伯爵様だったのですね。あの、失礼ですが、私の両親になにがあったのか、ご存じではありませんか?」
シルキーはそんな状況にもかかわらず、冷静に言葉を紡いだ。
けれどボッターKリンは知っている情報を吐きはしない。
目が合わないのなら好都合。舌を向いたままのシルキーに、硬い鈍器を叩き付ける。
「ボッターKリン伯爵……あっ!」
シルキーの後頭部に硬いものが叩き付けられる。
すると意識が一瞬で刈り取られ、真っ赤な血が垂れていく。
痛い、苦しい。だけど体は動かない。
横たわったまま、トロンとなった目は、白く骸骨になった足を見た。
「い、たい……おとうさ……かさん……わ……しは」
「お前の体はこの私が大事に大事に使ってやる。ありがたく思うんじゃな!」
こと切れていく意識の中、シルキーの言葉がボッターKリンに掻き消される。
もはや何も聞こえてこない。何も覚えていられない。
真実にも知れない空白の時間が流れると、ボッターKリンはシルキーの遺体を簡単に手に入れた。
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