第179話 選択は焦げ臭く

「どうじゃ! この私の素晴らしい策よ」


 ボッターKリンは、誇らしげに語った。

 けれど、グリム達については蛇足でしかない。

 そんなもの、ただの命乞いだ。もっと言えば、ボッターKリンの言葉は、どうしようもない憎たらしい過去をひけらかす、時間稼ぎでしかない。


「誇らしくは無いね」

「いやいや、ゴミ……うーん、クズでしょ」

「はい、ダメだと思います!」


 ボッターKリンは、ゴミでクズでカスだった。

 ただ、それはボッターKリンの受け入れられるものでは無い。

 自分が生き延びること。野心でもない野望にも満たない、単なる復讐を果たす過程に過ぎない。


「ふん、なんとでも言えばよい! お前達には分からんのだろう」

「それならなんで話したのかな?」


 グリムは確かめるような言い回しをした。

 もちろん、グリムにはある程度分かっている。

 ボッターKリンの顔色は分かりやすく、例え皮膚が無く、表情が作れなくても、憎たらしさで伝わった。


「はっ! ここまで話を聞いていたお前達の負けじゃ!」


 ボッターKリンは容赦なく呪符を使った。

 真っ赤な呪符で、爆発を起こすもの。

 先程はグリムに破かれたが、今度はグリムのコートに貼り付いていて、剥がす間に爆発する仕掛けだ。


「あっ、グリム!」

「大丈夫だよ」

「死ねっ」


 ボッターKリン呪符を起爆させた。

 人一人を飲み込むには充分過ぎる大きさの火柱が上がる。

 地下室に蔓延する埃に引火し爆発を起こし、グリムの姿は完全に見えなくなる。


「グリムさん!?」

「がーはっはっはっはっはっ! 油断したな。私がなにもせんと思ったか」


 ボッターKリンの高笑いが響く。

 地下室の閉じ込められた空間で反響すると、妬ましさが一層膨れ上がる。

 フェスタもDも前に出るが、床にも呪符が貼られていて、ボッターKリン離れた動きで起爆させた。


 ボン!


 巨大な火柱が上がった。

 今にも地下室の天井に届いてしまいそうで、フェスタとDは間一髪で距離を取る。

 それでも近付くことができない。

 ボッターKリンは、火柱の向こう側で笑いが抑えられなかった。


「がーはっはっはっはっはっ! やはり、やはりだ、やはりこの私こそが正しい。人を騙し、妬み、忌み嫌うこと。最初からこうすればよかったんじゃ。一度手を汚そうが、知ってしまった奴等を全て殺してしまえば、私の地位は揺るがんのじゃ!」


 ボッターKリンは本性を曝け出す。

 苦節数十年。ようやく悲願が果たされると思うと、嬉しくて仕方が無い。

 たとえそれが泥だとしても、ヘドロだとしても、ボッターKリンには大差はない。

 むしろ喜んで飲んでしまおうと、ボッターKリンの金色の差し歯がケタケタ笑った。


「さて、そろそろこの私の、死者復活の儀式を執り行うとするか」


 ボッターKリンは勝ちを確信した。

 目の前から邪魔者を消した。

 自分が復活してしまえば、後はいくらでもなんとかなる。

 そう思い込んでいるようで、グルンと背中を向けた。


「この美しい体……保つのにどれだけの労力がかかったことかの。じゃが、この美しい体は私のもの。私だけのものに……」


 ボッターKリンの朽ちかけた指が、シルキーの頬に触れる。

 その手触りは心地よく、ボッターKリンの欲を活気にさせた。

 今にも欲情してしまいそうな中、早速ボッターKリンは禁術を唱える。


「我が魂を繋ぎ止めし楔よ、今、その任を解く。さすれば新たな依り代を得たり、この地に復活を遂げ……」

「させないよ」


 ボッターKリンは禁術を唱えていた。

 両腕を高らかに上げると、ニタニタと笑みを零す。

 そんな中、背中をゾクリとさせる声が上がった。

 驚き振り返ろうとすると、巨大な鎌が首を狙って振り下ろされる。


「ひいいっ!?」


 シュパン!


 ボッターKリンは尻餅をついてしまった。

 バキッ! と骨が砕ける音がする。

 同時に痛みが走ると、ボッターKリンは悲鳴を上げた。


「何故じゃ、何故なんじゃ! 何故お前はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「悪いけど、私は負けないよ」


 グリムは平然とした態度を取った。

 HPもほとんど減っておらず、完全にボッターKリンをあしらっている。

 起爆は成功した筈。体は木っ端みじんに、なっていなくても黒炭になる筈だった。

 けれどグリムには傷一つなく、むしろ清々しく見えてしまう。


「何故じゃ、何故お前は、お前は私の呪符が効かんのじゃ!」

「さぁね。私が《死神》だからじゃないかな?」

「なにを言っておるんじゃ。死神など……死神などがこの私についている筈が!」

「超越したつもりでも、それはただ、命を取り繕うための時間に過ぎないよね? つまり、《死神》の前では、無意味ってこと。私に状態異常は効かない。物理攻撃も効かない。呪符は所詮呪いだ。私に影響を与えることはできないよ」


 グリムの言葉が痛いくらいにボッターKリンに伝わる。

 もちろん、理解したくはない。理解しようとはしない。

 けれどグリムのギラリとした赤い瞳に睨まれ、ボッターKリンは動けない。


「そんなもの、そんなものある筈がない!」

「そう思うなら、そう思ってくれれいいよ。想像は個人の自由だからね」


 ボッターKリンは少しずつ後退する。

 その後を、グリムはゆっくり詰め寄る。


「来るな、来るんじゃない!」

「悪いけど、御託はもうたくさんなんだ。シルキーの分、シルキーの家族の分、終わって貰うよ?」

「い、嫌じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 私は、私は、私こそが正しいんじゃ」


 ボッターKリンは駄々をこね始めた。

 けれどグリムは油断しない。

 大鎌を振り上げると、「一つ」と言いながら振り下ろす。


「私が死ねば、本当にシルキーは生き返れんのじゃぞ! 私さえいれば、生きていれば、シルキーを生き返らせることだって……」

「……」


 グリムはそれを聞いて少しだけ待ってしまう。

 下手な優しさが仇となり、ボッターKリンに猶予を与える。

 眼前に向けられた大鎌。赤い瞳が敵視して睨んでいると、ボッターKリンは動けずにいた。

 ただ一つ、手にしている起爆寸前の呪符と、部屋中に立ち込める焦げ臭いニオイだけが妙な違和感を与えていた。

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