第177話 何があったのかPart4

(クソッ! クソッ! 何故この私が、この私が死ななければならんのじゃ!)


 ボッターKリンは自分の作った罠にはまり、苦しめられていた。

 もはや藻掻いたり、足搔いたりする気力もない。

 息が詰まり、目が充血し、全身の水分が体から抜け出ていた。

 

 酸素が灰に入って来ない。

 そのせいで、喉が詰まってしまう。

 もはやこれまで。そう思っても仕方が無いが、ボッターKリンは恨みを吐く。


「この……私は……しは……死にたく……な……」


 それが最後の言葉になった。

 けれど遺言を聴いてくれる人は誰もいない。

 ただ独り言が虚空に消えると、ボッターKリンは呪符を握り潰した。



 どれだけの時間が経ったのだろうか。

 部屋の中で心中してしまった三人の男女。

 凛々しい顔立ちの男性、美しい女性、そして傲慢で中年太りした男性。

 三人の亡骸が転がると、もはや生き死にはしていなかった。


「ううっ……」


 そんな中、一人の遺体が動き出した。

 中年太りをした男性は、ゆっくりと体を起こす。


「私は、助かったのか?」


 まさに奇跡だった。神は男性を見捨てていなかった。

 否、それは違った。

 これは神によるご加護でも祝福でもない。悪魔との契約だ。


「がーはっはっはっ! やはりこの私は愛されている。そうじゃ、そうじゃな! この私が全て。世界を統べるのは、この私でなければ……ん?」

 

ボッターKリンは呪符が千切れていることに気が付く。

床に転がっていて、拾い上げようと手を伸ばす。

するとある異変に気が付いた。否、気が付かされた。


「な、なんじゃこの手は!? ほ、骨……一体誰の……」


 ボッターKリンが手を伸ばすと、そこには皮膚も肉も無い、骨の手があった。

 怖くなり、素早く手を引いた。

 すると骨の手が一緒になって引き寄せられる。スッ転んでしまうと、ボッターKリンはお尻を床にぶつけた。


 ボキッ!


「ぎょやぁぁぁぁぁ!」


 ボッターKリンは痛みを受けた。

 けれどそれは、ダメージとしての痛みではない。

 神経を直接刺激するような、強烈な痛みで、ボッターKリンは悲鳴を上げる。


「な、なんじゃなんじゃ! 何故この私がこんな目に……」


 ボッターKリンは地団駄を鳴らす。

 まるで子供の様で、踏みつけた脚を見て、違和感を感じた。

 視線を下に向けると、いつにもまして視界がクリアに見える。

 おまけにボッターKリンの靴を履いているのは、骨の脚だった。


「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ボッターKリンは大絶叫を上げた。

 もはや何が起きているのか、さっぱり分からない。

 一人分からない地獄に取り残されるも、千切れた緑色の呪符を見て思う。


「もしや、これは……」


 ボッターKリンは決して記憶力は良くない。

 けれどこの緑色の呪符については覚えている。

 この呪符は、“死者復活の呪符”。迷える死者の魂に肉体を与え、この世に留まらせる効果がある、と呪術師に聞いていた。


「つまりこれは私が生き返ったという証……がーはっはっはっ! やはりの、この私は素晴らしい。じゃがの、何故骸骨なんじゃ。これではアンデッドとして、処分されてしまうではないか。あー、腹立たしい。なんとかならんのか!」


 ボッターKリンは素直に生き返ったことが喜べなかった。

 何故なら、ボッターKリンは骸骨になっている。

 もはやかつての面影はない。そこに居るのは、痩せ細り、栄養バランスも崩壊し、今にも骨粗鬆症で砕けてしまいそうな、軽いに骨の体だった。


「クソッ。なんとか生身の体を手に入れる方法は無いんじゃろうか?」


 ボッターKリンは懸命に考えた。

 覚えの悪い頭の中から、記憶を引っ張り上げる。

 呪術師は有用なことを言っていなかっただろうか?

 ほじくり返した記憶を酒蒸しにすると、ボッターKリンはあることを思いだす。


「そうじゃ! 確か“死者復活の呪符”は持続時間に限りがあったの。それを過ぎれば、この世との未練が強制的に切れてしまう。それまでになんとかせねばな」


 そう決めたボッターKリンは早速行動に移る。

 まずは近くに転がる遺体を乱暴に扱う。


「ドーンライト侯爵夫妻か。この二人のどちらかでも生きていれば、この私が成り上れていたものを。あー、遺体でもムカつくの。このっ、この糞野郎共が!」


 ボッターKリンは非道な行いをした。

 遺体を蹴りつけ、顔を踏み潰す。

 乱暴に扱い、体をズタボロにする。もはや伯爵の威厳は無く、ただの性犯罪者、遺体そ粗末に扱う冒涜者だった。


「思い知ったか、ドーンライト共め!」


 敬称すら忘れてしまった。

 完全に怒りに身を委ねた棒軍がそこに立つ。

 ギシギシと虫歯と金歯だらけの歯を嚙合わせると、ボッターKリンは服を引き剥がす。

 なにか持っていないだろうかと、所持品を荒らした。


「こんな愚者ぐぶつの愚行、この私には相応しくないの」


 ボヤきながらも、かなり手慣れた手付きだった。

 淡々と所持品を見つけていくと、ふと面白いものを見つけた。


「これは、この屋敷の間取り図か?」


 ドーンライト侯爵が持っていたのは、四つ折りにされた紙。

 開いてみると、この屋敷の間取りが描かれている。

精巧に造られていて、見れば見る程腹立たしい。


「ふん。こんな屋敷の図など、興味は無いわ!」


 ボッターKリンは間取り図を捨てた。

 床に叩き付けると、部屋を出て行こうとする。

 この部屋には面白いものは何も無い。使えるものは何も無い。

 呪符の効果も切れ、自由に部屋への出入りが可能になった体を立ち上がらせると、不意に視線に間取り図が止まる。忌々しくてビリビリに破きたくなるが、そこでボッターKリンは思いついた。


「ん? ここは書斎か」


 目に留まったのは、書斎兼書庫になっている大きな部屋。

 何故かこの部屋に京美を抱くと、せっかくだからと行ってみることにする。


「まあよいか。この部屋で適当な本でも貰っていくとしよう」


 ボッターKリンは書斎に向かうことにした。

 ゲラゲラと笑っていた悍ましい笑い声はもう聞こえない。

 恨みだけが募ると、ボッターKリンはただの怨念と成り下がった。

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