第175話 なにがあったのかPart3

「いやいや、お人好し過ぎるでしょ!」


 フェスタは、ボッターKリンではなく、シルキーの両親にツッコんだ。

 グリムもある程度同感だ。

 シルキーの両親、ドーンライト侯爵は、いい人過ぎる。

 そのせいで貧乏くじを引いたんだと思うと、何だか不憫で仕方が無い。


「はっ! あの男の何所がお人好しか!」

「それが分からない時点で、貴方の人の見る目が無いんだよ」

「なんじゃと! この私の何所が、見る目がないか!」

「「その態度だよ」だと思います」


 フェスタとDもツッコんだ。

 ボッターKリンは、針の筵にされてしまうと、苛立ってしまう。

 皮膚があれば、顔が真っ赤になっている筈。

 痩せ細った骸骨なボッターKリンでは、いくら地団駄を鳴らしても、ガシャンガシャンとしか言わなかった。


「ふん! この私の作戦を聞いて、そんな態度ができると思うか!」

(((いや、しっぱいしてるからここにいるんでしょ?)))


 ボッターKリンは、自分の過去を自慢気に話した。

 完全に勝ち誇っている。

 けれどこの屋敷に囚われている時点で、たかが知れていた。




「商談ですか?」

「うむ。ドーンライト侯爵は、最近事業が好調と聞く」

「はい。おかげさまで」


 ボッターKリンは、苛立った。

 その好調は誰のおかげか、分かっていないらしい。

 もっとも、ボッターKリンのおかげではない。ドーンライト侯爵の手腕のおかげだった。


「じゃがの、幾つも会社を持てば、自然と手腕も握れなくなる。そうすれば、事業は少しずつ、不調に傾くじゃろう」

「まあ、それもありますね。ですが、私は自分一人では無く、頼りになる人達の力を借りていますので大丈夫ですよ。仮に私の力が及ばなければ、私は身を引くまでです」


 ドーンライト侯爵は自分を驕らない。

 むしろドーンライト侯爵は、自身の力量を推し量っていた。

 だからこそ、誰かを頼る。そのために自分ができることをする。

 その毅然とした態度が素晴らしいのだが、ボッターKリンは余計に虫唾が走る。


「それは良い心構えですな。じゃがの、それではいつかボロが出る」

「はぁ?」

「そこでじゃ! この私に、一割……いや、二割の事業を預けてはみんか。事業の権利を私の預け、その売り上げの四割を支払おう。どうじゃ? そうすれば、ドーンライト侯爵やその周りの人達は、きっと楽になるぞ。何故なら、この私が事業を担うのじゃ。どうじゃ、素晴らしいだろう!」


 ボッターKリンは商談を進めた。

 あまりにも一方的で、要は、ドーンライト侯爵が行っている事業を少し貰おうというのだ。

 もちろん、ただではない。ボッターKリンは渋々ではあるが、売り上げの四割は支払う。

 残りの六割は、ボッターKリンの手取り。なに、適当に経営者と言う肩書があれば、ボッターKリンは満足だった。


(どうじゃ。こんな旨い話、流石に飲むじゃろう)


 ボッターKリンは舌なめずりをする。

 完全に飲んで貰えると思っている。

 そんなボッターKリンの思惑を砕くように、ドーンライト侯爵は、否定する。


「残念ですが、お断りさせていただきます」

「な、なんじゃと? 冗談だろ」

「いえ、冗談ではありません。ボッターKリン伯爵様のお手を煩わせる訳にはいきません」


 ボッターKリンは唖然とした。

 まさか第一声で否定されるとは思わなかった。

 冷汗が流れ、読みが外れると、顔色が悪くぎこちなくなった。


「いや、そんなことはないぞ! この私に任せてくれればの、必ず、必ず利益を!」

「利益が全てではありませんので。私にとって、事業とはあくまでも生活の一部です。それになにより、誰かの生活を命を預かる以上、たとえ失敗はつきものだとしても、無理に利益を上げるような真似をすれば、世界のバランスは崩れてしまいます。そうなれば、私達だけではなく、多くの人達の生活にも支障が出ます。そのような考えを弁えていただけるのでしたら、一部の事業を任せてもいいのですが、どうでしょうか、ボッターKリン伯爵様?」

「ぐぬぬ……」


 ボッターKリンは丸め込まれてしまった。

 この対応、ドーンライト侯爵は、決して事業を預ける気がない。

 ましてや、ボッターKリンの本質を見抜くや否や、ドーンライト侯爵は言った。


「商談は以上でしょうか?」

「ん? ま、待ってくれ」

「お引き取り願います。本日は、お越しいただきありがとうございました。ステラ、ボッターKリン伯爵様のお見送りを」

「はい」


 ドーンライト侯爵夫人は、席を立った。

 マズい、非常にマズい。

 ボッターKリンは焦りを見せると、一縷の望みを抱く。


「そ、そう言えば、ドーンライト侯爵夫人も、事業を成さっておりましたな。どうですかな? この私に任せては……」

「ボッターKリン伯爵様。貴方の悪事は既に調べが付いております。公になる前に、この街を離れるのがいいかと思いますよ?」

「なっ、まさか全て知った上で……」


 ボッターKリンは、ドーンライト侯爵夫妻を睨んだ。

 顔色が悪い。目を背けた。

 その態度に、ボッターKリンは、苛立つ。


「くっ、私のことをバカにしていたのか!」

「バカにはしておりません。ただ、貴族として少しは自分の立場を弁えて……」

「黙れ黙れ黙れ! もういい、もう温情はない。皆、皆死んでしまえ!」


 ボッターKリンは、怒りの沸点が限界値を突破。

 顔を真っ赤にし、トマトのように熟れた。

 するとコートのポケットの中に隠し持っていた、白と赤の混ざった札を破る。

 それこそが作戦。全てを無に帰する呪符だった。


「皆、皆、皆、死んでしまえ!」


 ボッターKリンは叫んだ。

 すると部屋の中が急に重苦しくなる。

 頭が痛く、重く、机に肘を突いた。


「な、んです、これは?」

「頭が、クラクラして……」


 ドーンライト侯爵夫妻は身動きが取れなくなる。

 これこそが崇高なる絶対の作戦。

 ボッターKリンは、ドーンライト侯爵夫妻を罠に嵌めたのだ。


「どうじゃ、コレが私が大枚をはたいて東の大国から買い漁った、呪符の力じゃ!」

「じゅ、呪符?」

「知らんじゃろ。呪術師でなくとも呪術で他社を呪うことができる、極めて残虐非道で、同時に確実に殺すことができる、非力な私がたった一人で人を殺せる道具じゃぞ。がーはっはっはっ! どうじゃ、思い知ったか!」


 ボッターKリンは、笑い出した。

 下劣な笑い声が応接室の中に響く。

 そんなウザったらしい声を聞くと、ドーンライト侯爵夫妻は、怪訝な表情を浮かべる。


「貴方は、何処まで非道に堕ちるのですか? 例え私達を殺したとして、それでなにになるのですか?」

「黙れ! 今更命乞いをしても無駄じゃ! この呪符は使いきり。一度使えば、効果が切れるまで逃れられん。ましてやこの呪符に付与された最強の効果、この部屋からは逃げられんぞ!」

「そんな……貴方、扉が開かないわ!」

「くっ、最初からそのつもりで……」

「当り前なんじゃ! まあ、私に事業を全て譲るというのであれば、この呪符を上書きしてもよいんじゃぞ? どうじゃ、今ならまだ間に合うぞ。がーはっはっはっはっはっ!」


 ボッターKリンの高笑いが止まらなかった。

 ドーンライト侯爵夫妻は、そんなボッターKリンを許しはしない。

 お互いに目配せをし合うと、ボッターKリンの非道な行いを許してはいけないと、正義感が先に出た。


「どうじゃ?」

「「断ります」」

「そうかそうか、断るか……なんじゃと!」


 ボッターKリンはそう来るとは思わなかった。

 目を見開くと、ドーンライト侯爵夫妻の選択が採択で無いと悟る。


「そんなことをすれば、お前達夫妻は死ぬんじゃぞ!」

「構いませんよ。貴方の悪事をここで止められるのでしたら」

「ええ。そのために私達夫婦の命で済むのなら、安いものですよ」


 ドーンライト侯爵夫妻は、ボッターKリンをここで止める道を選んだ。

 そうすれば、自分達が死んでしまうことを加味してだ。

 もちろん、そんなことをすれば、一人残されるシルキーや、事業を担う身である自分達の地位を落とすことにもなる。

 例えそうだとしても、ボッターKリンをこのままにしてはおけない。


「お前達、命は惜しくないのか!」

「それは貴方も同じでは無いのですか?」

「な、なんじゃ? なにを言っておる」

「貴方は先程言ったはずですよ。この部屋からは・・・・・・・出られない・・・・・と。よく考えてみてください、貴方もこの部屋の中にいるんです。つまりボッターKリン伯爵様、貴方も私達を同じと言うことです」

「……な、なんじゃとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 そこでボッターKリンは気が付いた。

 今自分がとても愚かな行為をしていることに。

 この部屋からは出られない。無論、上書きをすれば助かる。

 けれどそんな真似をすれば、せっかくの呪符で殺せる所が、殺人が暴露されてしまう。

 ボッターKリンは今更気が付いたのだが、それはもう遅すぎて、ただただ断末魔だけが、応接室中を木霊するで終わってしまった。

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