第173話 なにがあったのかPart1

 信じられないものがあった。

 台の上に置かれているのは、シルキーの体。

 死んでしまった、否、殺されてしまった、シルキー自身だった。


「娘ってことは、シルキーってことだよね?」

「がーはっはっはっ、当たり前だ。この私が復活するために、ここに安置しておいた、シルキー:ドーンライトの体そのもの。どうだ、手も足も出ないだろ!」


 ボッターKリンは高笑いを浮かべる。

 一体何処から声が出ているのかさえ分からないが、何故か誇らしげだった。

 非常に腹立たしいのだが、もしも本当なのだとすれば、確かに攻撃できなかった。


「ど、どういうことですか!? シルキーさんの体がここにあるって」

「そうだよー、ちゃんと説明してよー」


 しかしグリムとボッターKリンの間で繰り広げられる会話は、少しだけ先を行っていた。

 そのせいか、互いの思考を読み合う会話になる。

 フェスタとD、二人は会話に乗り遅れていた。


「な、何故、この会話が分からないんだ!」

「「だって」-」

「あー、もうよい! この私が一から説明してやろう。感謝しろ、貧民……いや、愚民共!」


 別に相手をしなくてもいい状況で、ボッターKリンは、ちゃんと説明してくれる。

 ありがたい話だけれど、いちいち鼻につく。

 それでも説明してくれるのなら、それに越したことは無い。

 グリム達はボッターKリンを促す。


「説明してくれるならありがたいかな」

「よかろう、説明してやる!」

「「説明してくれるんだ」ですね」


 ボッターKリンは如何やらバカなAIが搭載されていた。

 これだと、誰も付いて来てはくれない。

 何となくそんな気がしたけれど、ボッターKリンの話は続いた。


「あれはこの私が、この街を統べる貴族であると証明しようとした日。ドーンライト家の人間が、私の邪魔をしてきたんじゃ」

「邪魔?」

「ああ、そう。あの邪魔は今でも覚えておるぞ」


 ボッターKリンは腸が煮えくり返す思いだった。

 一体なにがあったのか、話を聞いてみる。





「がーはっはっはっはっはっ! この街はこの私のためにある。そうであろう?」

「はい、イmシャ様」

「そうであろう、そうであろう。どれ、この街の愚民達の様子でも見てやろうかえ!」


 ボッターKリンは、別の街からフォンスにやって来た。

 伯爵貴族の爵位を受け、活気に溢れていたフォンスを統べるべく意気込んでいた。


「はっ、うるさいだけの街だな。とは言え、金回りは良いと見た。私がこの街を納めた暁には、税収で私腹を肥やすとしよう」

「まことに恐縮ですが、イmシャ様。そのような真似をすれば、街に住む皆様に悪評が広まり、最悪、イmシャ様の御身に関わるかと思いますが?」

「なんじゃと、お前はこの私に楯突くつもりか!」

「い、いえ。そのようなことは、決して……」


 ボッターKリンに仕えている使用人は、安月給ではありながらも、ボッターKリンには頭が上がらなかった。

 常日頃から罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせられ、苦しい生活を余儀なくされていた。


「ふん、お前は黙って私に従っていればよいのだ。さて、演説でもするかの」

「演説でございますか?」

「無論だ。この私の素晴らしい考えを聞けば、愚民共もこの私に従う筈だ。がーはっはっはっはっはっ!」


 ボッターKリンは笑っていた。

 凄まじい高笑いをしていた。

 使用人はそんなボッターKリンのことを一応は心配しつつも、噴水広場にやって来た。



「何故だ……何故、誰も私の話を聞こうとせんのだ!」


 ボッターKリンは激昂げきこうしていた。

 演説を始めて五分。一向に誰も集まらない。

 ゲリラによる演説が軽く失敗し、ボッターKリンは苛立つ。


「何故だ何故だ何故だ何故だ。何故この私に従わない!」

「それは……」


 ボッターKリンの演説は酷いものだった。

 税収を今の十倍にするという制度。それに加えて、自分に楯突くものは全て死罪に処する。

 そんな理不尽が通る筈も無く、ましてや、ボッターKリンのような、来たばかりの無名帰属を慕う訳が無い。


「あー、喉が渇いたわ。おい、なにか飲み物を買ってこい」

「はい、畏まりました」


 使用人は飲み物を買いに行かされた。

 もちろん自腹を切らせるつもりだった。

 ボッターKリンは何処までもぼったくり。否、ただの犯罪者だった。


「あー、クソッ。腹が立つ」


 ボッターKリンは歩き回っていた。

 地面にまで付く程の長いコートを着ていた。

 そのせいか、下の部分が過れていて、黒くなっている。


「なっ、なんじゃこれは!」


 ボッターKリンはそのことに気が付いた。

 完全に自分の責任だった。

 しかしボッターKリンは自分のせいだと認めたくない。むしろ認める気は無く、近くに居た子供を怒鳴り付ける。


「おい、貴様!」

「えっ、な、なにおじさん?」

「おじさんなどではない! この私のコートを踏みおって。もう許さんぞ!」


 ボッターKリンは言われもない子供を叱りつけた。

 胸ぐらを掴むと、そのまま首を絞める勢いだ。

 もちろん、子供には何のこと変わらない。


「僕、そんなことしてない。おじさんが自分で汚したんでしょ」

「私がそんな真似をする訳が無いだろ。この私を愚弄するなら、このまま首を絞め殺して……」

「あっ、がっ、あばっ、たす、けて……」


 あまりにも仰々しいことに、周囲の人達の視線が集まる。

 今にも子供を殺してしまいそうで、みんなと目に入ろうとする。

 けれど狂気に走ったボッターKリンには近付き難い。

 苦汁を舐める中、ボッターKリンの手は、より一層絞める。


「く、くる、し……」

「どいつもこいつも、愚民も貧民。この私の素晴らしさを分かっていないのか!」

「当り前ですよ」


 そんな中、ボッターKリンに異を唱える声が上がった。

 ボッターKリンは視線を向ける。

 するとたくさんの人達に慕われ、身を譲られると、やって来た気品高い男性に、ボッターKリンは目を奪われる。


「その手を今すぐ放してください」

「なんだお前は、断る! この子共は、私のコートをだな」

「コートくらい、洗えば済む話ではないですか。それに比べ人間の命は重い。尊いものがそこに在るのに、貴方は自らの手で、それを捨ててしまうおつもりですか。そのような真似、神様であれ許しては頂けませんよ」


 男性の言葉は的を射ていた。

 全員が、男性の言葉を支持する。

 完全に立ち回りが悪くなった。


「クッ、黙れ黙れ! この私こそが正義だ」

「正義はここにはありませんよ。行動そのものが、過程であり、それに至る称賛こそが正義と言う結果になるのです。即ち、貴方がしようとしているのは、いたいけのない子供をただ痛ぶって殺す行い。そんなことはしてはいけませんよ。理解を示していただけるのでしたら、その手を離してください。さもなければ……」


 男性の目が威圧的にボッターKリンを刺す。

 流石に風向きは最悪。アウェーになると、ボッターKリンは子供を離した。

 苦しそうにしながらも、息ができることの喜びを噛み締め、男性の下に走る。


「ありがとう、ドーンライト侯爵様」

「ありがとうございます、ドーンライト侯爵様」

「「「ありがとうございます、ドーンライト侯爵様」」」


 男性は街の人達に囲まれ、讃えられていた。

 ボッターKリンはそんな姿が羨ましいと思う。

 けれど自分よりも称賛される男性に、腹を立てていた。


「クソッ、なんだあの男は、気に食わん!」

「あの方は、ドーンライト侯爵様にございます」

「ドーンライト侯爵様、だと!?」

「はい。この街を納める立派な貴族の方であり、街の人達からも信頼の厚い、義理と人情を重んじる礼儀正しく冷静な方ですよ」


 戻って来た使用人はそう話した。

 買って来た飲み物を手渡し、ボッターKリンに問う。

 するとボッターKリンは眉間に皺を寄せ、怒りを露わにすると、飲み物を弾いた。


「気に入らん!」


 ボッターKリンは苛立った。

 これがドーンライト家との因縁の始まり。

 絶対的な正義と悪がぶつかり合いもしない、一方的な嫌悪が積み上がる。

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