第170話 東洋の呪術

 グリム達は訳が分からなかった。

 突然目の前に現れたボッターKリン。

 伯爵と自負しているが、それが伝わらないので、微妙な空気感と時間だけが流れた。


「お前達、さては無知だな。この私のことを知らぬとは、どう言うつもりだ!」

「どうもしないよ。それに、伯爵と言っても過去の人間だ。どうしてそんな姿になったのかは知らないけど、他人の家に無断で侵入したんだから、ただで済むとは思わないでね」


 グリムは〈死神の大鎌〉を突き付ける。

 するとボッターKリンは苛立った。

 完全に安い挑発に乗ってしまったので、底が知れてしまった。


「なんだと、私をバカにするにしても、いい加減にしろ!」

「嫌だってさ、知らないんだもん。ねっ」

「は、はい。ボッターKリンと言う方を私達は知らなくて……」

「やはりバカにしておるな、この無知共が!」


 同じことの繰り返しだった。

 互いの言い分は相も変わらずで、このままだと無限イタチごっこになる。

 そう思ったのか、グリムは先に話を切る。


「どうでもいいよ。少なくとも、シルキーが危険視しているんだ。ここで仕留める」

「ん? シルキーだと。がーはっはっはっ!」


 すると急にボッターKリンは笑いだした。

 しかもいやらしい高笑いで、グリム達は警戒する。

 同時に嫌な感じがしたが、それだけボッターKリンが気に食わないのだ。


「なにがおかしいのかな?」


 グリムは訊き返した。

 するとボッターKリンは骸骨になった顎をカチカチさせる。

 高笑いすら生温い笑いは、次第に愉悦に変わった。


「おかしいは。まさかあの家の娘が、幽霊になって彷徨っているとはな。これは愉快愉快、滑稽じゃな!」

「ムカつくな。シルキーに失礼だよ!」


 フェスタはボッターKリンに怒りを見せる。

 額に皺が寄り、本気で怒っていた。

 けれどボッターKリンは態度を改めず、むしろ笑いを続けていた。

 気持ちが悪くて仕方がなく、虫唾さえ走る始末だ。


「うっわぁ、これダメだ。グリム、さっさと倒しちゃおうよ」

「待って、フェスタ。油断大敵だよ」

「油断なんてしないしない。おんどらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 フェスタは勢いよく飛び出す。

 その両手には大剣状態の〈戦車の大剣槍〉が握られていた。


 とんでもなく重い一撃を喰わらせる。

 全身に掛かった重みを、そのままボッターKリンに叩き込む。


「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「ふん、叫ぶしか能の無い小娘だ」


 ドスン!


 けたたましい音を立て、大剣が床に叩き付けられる。

 しかしボッターKリンにはダメージが無い。

 躱された……ようには見えず、困惑するフェスタだったが、その後、ボッターKリンは仕掛けた。


「爆ぜろ!」


 ボッターKリンは服の袖の中から赤いお札を取り出す。

 それをフェスタに投げつけると、ペタッと顔に貼り付く。


「な、なにこれ!?」


 フェスタは驚くも、お札を剥がそうとした。

 その瞬間、フェスタの顔に貼り付けられたお札が燃える。

 勢いよくバーン! と破裂すると、爆発を起こしてフェスタを襲う。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 フェスタのHPが減った。

 PvPでも無い。ダンジョンの中でも無いのにだ。

 後ろに軽く吹き飛ばされると、フェスタは床に尻餅をつき、険しい表情を浮かべる。


「フェスタ、大丈夫!?」

「うーん、平気って訳には行かないよ。でも、今のなに? 起爆札って奴?」

「その可能性は高いね。とは言え、一撃即死じゃないだけマシかな」

「ま、マシなんですか!?」


 正直、これをマシと言えるだけ、企画外にはなっている。

 だがしかし、目の前のソレは確実に強敵だ。

 グリムには直感で伝わると、油断大敵の意味を履き違えない。

 〈死神の大鎌〉を強く握りしめると、一歩前に出ようとする。


「おっと、小娘。近付くでないぞ」

「ん?」

「それ以上近付けば、後悔するのはお前達だ。この意味、分かるか? 分からないだろうな。がーはっはっはっはっはっ!」


 ボッターKリンは突然笑い出した。

 しかしグリム達にはまるで伝わらない。

 なにせ、何故近付いてはいけないのか分からない。

 そのせいだろうか、再びあの時間がやって来る。


「「「ん?」」」

「……お前達、本当にバカなのか。はぁ、これだから無知はダメだな」


 勝手に期待して勝手に落胆している。

 もはや腹が立つことさえない。

 逆にと言うべきか、可愛そうにさえ思える。


「グリム、この骸骨、変だよ?」

「この男性は、それだけ自分に自信があるんだよ」

「うわぁ、グリムが皮肉ってる。珍しい―」

「そうなんですか!?」

「別に、皮肉は言ってないよ。ただ、あの札攻撃、多分爆発するだけじゃない。私を襲った攻撃に加えて、もっとバリエーションは様々な筈だよ」


 正直、警戒するべきものが多い。

 と言うか、手掛かりになりそうなものが多すぎる。

 一体どれを最優先にするべきなのか。グリムの頭を掻き混ぜる。


「困ったな。どうしようか?」

「ふん、困っていろ困っていろ。この私が呪うために・・・・・搔き集めた・・・・・の前にな!」

(ん? 呪うために搔き集めた?)


 グリムは表情を訝しめる。

 しかしそれ以上に違和感を抱くのは、どんな理由で集めたのかだ。

 グリムは嫌な予感がしつつも、鎌を突き付ける。


「なにを言ってるのかな?」

「ふん。賢いお前なら分かるだろう。この私の素晴らしい功績の数々を。そう、全てはこの日のため、東洋の呪術を収集したこの私の栄光のロード。お前達も讃えるがいい!」


 本当に意味が分からない。

 しかしこのお札が物が立っているのは明らかな事実。

 魔法ではなく呪い。その事実が付き付けられ、グリムの中に一つの可能性が浮かび上がる。


(まさか、シルキーが警戒していたのって……)


 グリムの頭の中で可能性の粒が一つ一つ点となり、か細い線で繋がれる。

 もしもそうだとすれば、シルキーに記憶が無いのも納得だ。

 現実的ではない、非現実的行為。

 それさえもゲームの中と言う現実であれば、理解もできなくは無かった。


「ボッターKリン、一つ訊くよ」

「ふん、ボッターKリン伯爵様だ」

「そんなことはどうでもいいよ。シルキーやシルキーの家族を殺したのは、貴方なんだから」

「「えっ!?」」


 グリムの口から告げられたのは、突拍子も無い言葉。

 そのせいか、フェスタとDは顔を青ざめる。

 グリムへと視線を配るも、グリム自身は目を逸らさない。

 空洞になり、眼球の無くなったボッターKリンの目を睨むと、一切逸らす気も無く、寧ろ愉悦している。それが腹立たしくて仕方がなく、倒すべき理由は確定した。

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