第169話 ボッターKリン伯爵

「ぐ、グリム!?」


 突然グリムの体に炎が燃え移った。

 しかもただの炎じゃない。

 青く禍々しい、負の印象を際立たせる、嫌な炎だ。


 一瞬のうち、衣服に燃え移った。

 その原因は地面に落ちていたお札。

 剥がした瞬間、青い炎が点火し、グリムのコートを燃やしたのだ。


「ぐ、グリムさん!? フェスタさん、み、水!」

「ああ、う、うん!」


 フェスタとDは慌てふためき、インベントリの中を探る。

 しかしもたもたしてしまい、動きがぎこちない。

 そうこうしている間に、グリムの全身に炎が回ると、暗闇の中から高笑いが聞こえた。


「がーはっはっはっ! よく燃えるよく燃える! 他人が苦しむ姿を見るのは、やはり楽しいのぉ! がーはっはっはっ!」


 薄汚れた笑い声だった。

 フェスタとDは耳障りに感じ、腹から怒鳴り声を上げる。


「アンタの仕業か!」

「許せません、絶対に許しません!」

「はっ、許す許さないは私が決めることだ。お前達のような無価値な貧民になど、私の考えに口を出す権利すら無いわぁ!」


 聞けば聞く程耳障りだ。

 しかし今は反撃する余地はない。

 グリムのことに必死になる中、声の主はカタカタと不気味な音を立てると、再び声を上げた。


「おい、お前達! 私を無視するな! 私を見ろ、私だけを見ていろ、さもなくなくば……この屋敷ごと塵と化してやろうか!」

「うるさいなー! そんなことをしたらアンタも燃えるだろ?」

「そうです。うるさいです、ああー、グリムさん!?」


 フェスタもDも声の主に耳を傾けない。

 それどころか罵声を浴びせ、完全に黙らせに掛かる。

 そのせいか、否、そのせいだろう。より一層苛立つと、床に貼りまくられた札が浮き上がる。


「させないよ」


 凛々しい声が聞こえた。

 今のは一体何なのか。全員の理解が一瞬遅れる中、鋭い鎌の一撃が宙を舞う。

 空気を震わし、〈死神の大鎌〉が舞うと、浮き上がったお札を床に貼り戻した。


「ええっ、お札が戻った!?」

「それよりフェスタさん、今の声って!」

「二人共心配してくれてありがとう。でも大丈夫。私に状態異常は効かない・・・・・・・・・からね」


 そういうと、青い炎が掻き消される。

 あまりにも瞬時の出来事で、これも理解が追い付かない。

 けれど確かにグリムは炎を掻き消す。

 しかも一瞬のうち。まるで最初から炎なんて引火していないみたいで、軽くコートを翻すと、炎は消えてしまった。


「グリムさん、グリムさん、大丈夫なんですか!? 大丈夫なんですよね!?」

「もちろんだよ、D」

「そっかー、そっかそっか。グリムって、やっぱり凄いね」

「凄いというよりも、アレはただの小手調べだよ」


 単なる小細工に過ぎない攻撃。そんなものは意味が無い。

 グリムにはまるで脅威にはならず、そもそもの話、お札は見えていた。

 わざと踏み、お札の効果を試してみたのだ。


 しかし、大した威力は無かった。

 初めからこの屋敷を燃やす気も無かった。

 つまりこれは、グリム達を陽動し、揶揄い、試すためのもの。

 心底うんざりしたのだが、グリムは優位を取りに行く。


「それで、奇襲は終わり?」

「な、なんだと!?」


 グリムは無駄に挑発をする。

 〈死神の大鎌〉を突き付けると、一切ダメージを受けていないことを披露する。


「私は見ての通り無傷だよ。それで、床に張り巡らされたお札は、いつ起爆させるのかな?」

「くっ、言われなくてもやってやるわ!」

「どうかな? それができない理由があるから、私達が部屋に入った瞬間、あえて罠としてお札を使用したんでしょ?」

「ぐぬぬ、言わせておけば……死ねっ、お前も死ねっ!」

「悪いけど、私は死なないよ。死ぬ気もない。だから、そっちが出て行ってもらうよ」


 グリムはそう言うと、決め顔を浮かべてしまった。

 それに合わせ、フェスタとDも武器を取る。

 各々が戦う意思を見せると、暗闇の中から聞こえた声は苛立った。


「クソッ。たった一度、私の炎を掻い潜った程度で良い気になるなよ!」

「いい気にはなっていないよ。それより正体を明かして貰おうか」


 グリムはそう言うと、床に貼られていたお札を鎌の切っ先に当てた。

 そのまま何をするのか。

 声の聞こえた方向を的確に覚え、前身と腕の捻りを利用する。


「それっ!」


 グリムはお札を剥がした。

 その瞬間、青い炎が噴き出るが、それでも依然として変わらない。

 代わりにお札を剥がし取られ、その上で投げ付ける。

 もちろん、本人に直接返すのだ。


「な、なにをする気だ、止めろ!」

「止めて欲しかったら、直接止めてみろ。貴方が仕掛けた物だよね?」

「ぐっ、ええい、分かっておるわ!」


 そう言うと、青い炎の前に人の姿が映し出された。

 しかし様子がおかしい。

 足音の気配は一切せず、ましてや生気を感じない。

 完全に抜け殻のようなソレは、まさにグリムの予想通りだった。


「えいやっ!」


 その人物は青い炎に平気で腕を伸ばす。

 それから何をするのかと思えば、手刀で青い炎を切った。

 すると原因となっていたお札が破け、炎は鎮火される。

 がしかし、同時に暗闇となっていた部屋の中にポッカリと映し出されてしまった。


「ひやっ、やっぱり骸骨ですよ!」

「本当だー。本当に骸骨だ」

「スケルトン、もしくは狂骨? どちらにせよ、相手が骨人間と来たか。これは面白くなって来たね」


 終始余裕な反応を見せるグリムとは裏腹に、興奮気味なフェスタに、驚くD。

 三者三様で表情と態度が変わる中、映し出された骸骨は苛立つ。


「よくもこの私の、よくもこの神聖な私の姿を晒したな!」

「神聖な私の姿?」

「うわぁ、神聖な骨とでも言いたいんだ。面白くないのー」

「フェスタさん、それは宗教的に色々と危ないですよ」

「えー、私はそう思うけど?」

「お前達、この私をバカにしているな。この私、この私、この私を!」


 そう言うと、強烈な負のオーラが迸る。

 全身を冷たく包み込むと、嫌な予感が増した。

 だけどもう遅い。中ボス戦の雰囲気を放つと、ソレは炎を翻し、私達の前に名を明かす。


「この私、イmシャ・ボッタ―Kリン伯爵様をバカにするなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 そう言うと、高級な衣服を身に纏った骸骨=スケルトンの男性・ボッターKリンは私達に敵意を剥きだす。

 けれどグリム達にはあまり伝わっていない。何故なら……


(((誰?)))


 そう誰にも伝わっていなかった。

 そのせいだろうか、せっかくの登場にもピンと来ない。

 だがしかし、たった一人だけその名前に反応する子がいた。けれどその子は姿を見せることは無く、透明な世界で畏怖していた。

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