第165話 地下室に行ってみた

 グリム達は治まっていた本達を一度全て取り出し、本棚を思いっきり押した。

 全身を使って少しずつズラしてみる。

 すると本棚は少しだけ動き、この調子で完全に避けてしまう。


「あっ、なにかあるよー」

「本当だね」


 すると床に枠が浮かんだ。

 銀色の金属で囲われていて、如何にも何かありますと言っている。

 この調子で本棚を避けてしまおう。

 そう思ったグリム達は、本棚を完全にズラすことに成功した。


「ふぅー、結構軽いねー」

「確かにこの本棚だけ、妙に軽かった気がする」

「もしかして、素材が違うんでしょうか?」

「恐らくは。本棚自体が中に空洞を作っているんだよ。その性かな、こうやって床に隠しておけたのは」


 本棚の真下。そこには四角い枠が施されている。

 明らかに何か隠しているのが伝わる。

 そう、床に取り付けられているのは入口だ。

 さっき零したアップルティーが吸われていて、床下に流れているから、ほぼ間違いない。


「この間取り図の通り、ここは地下室だよ」

「「地下室!?」」

『そ・ん・な・も・の・か・あ・つ・た・な・ん・て・わ・た・し・も・し・り・ま・せ・ん・て・し・た』


 書斎に隠すように設置された地下室。

 その存在は、肝心のシルキーでさえ知らなかったらしい。

 つまりここは隠された場所。秘密裏に何かを行う場所だと容易に想像が付く。


「見た所、最近は出入りされた様子が無いね」


 グリムはしゃがんで金属の枠を指でなぞる。

 埃が少し縁に付いていて、しばらく開けられた形跡がない。

 とはいえ、一度も開けられていない訳ではなく、金属の縁には妙な傷跡がある。

 誰かが意図的に開けた証拠で、ここにこそ、謎を究明する真実が隠されていると踏む。


「シルキーはこの地下室に見覚えは無いんだよね?」

『は・い』

「それでも書斎で意識を失ったんだよね?」

『す・く・な・く・と・も・わ・た・し・の・き・お・く・の・な・か・て・は・こ・こ・か・さ・い・こ・の・け・し・き・で・す・ね』

「それじゃあこの地下室を発見した、もしくは発見されたら困る別の誰かの仕業って考えるのが自然かもね」


 グリムは事件性を視野に入れた。

 あまりにも重くなる空気に、たまらずフェスタは口を挟んだ。


「困る別の誰かって?」

「それは分からないよ。シルキーの家は貴族だったらしいから、それを疎んでいた別の誰かか、もしくはモンスターか。いずれにしても行ってみる価値はあるけど、どうする?」


 この状況になっても、グリムは促し掛ける。

 もちろんここで引き返すのはダメだ。

 フェスタもDもシルキーでさえ、覚悟を決めているので、グリムは目だけで理解する。


「それじゃ開けてみようか」


 グリムはゆっくり地下室への入口を開けた。

 パカーン。久しぶりに開けられたせいか、強烈なカビの臭いが漂う。


「うっ、く、臭いですね」

「カビが生えているんだよ。とは言え、防腐剤も塗ってある……どうなってるんだろ?」


 グリムは開いた入り口、素の蓋になっている扉を見た。

 裏面がコーティングされている。

 きっと防腐剤で、全面に塗られているおかげか、カビは生えていない。

 それでもカビ臭い臭いを充満させると、グリム達は表情を曇らせた。


「全員、口と鼻になにか当てて。変にデバフを貰わないようにね」

「「はーい」い」


 各々がハンカチやタオルで口元を覆う。

 それからある程度の武装を整えると、グリム達はゆっくり地下室へ続く階段を下りる。

 一体何が待っているのか。ジメジメとした空気に誘われ、視線を右往左往させた。


「思った以上に広いね」


 地下室に下りて来たグリムの第一声はそれだった。

 階段から床、間取り図に書かれていたものとは明らかにスケールが違う。

 実際の方が二倍以上広く設計されていて、グリムは暗い地下室を見回す。


「グリムさん、灯りを点けますね」

「お願い、D」

「はい。【光属性魔法(小):ライト】」


 ピカーン!


 暗い地下室で明るくなる。

 Dが唱えてくれた魔法スキルのおかげで、視界が確保される。

 そこに広がる景色。幾つもの部屋に分けられた地下室だった。


「なーんだ、結構普通だね」

「そうだね。とは言え、なんだか妙だよ」

「「妙?」」


 グリムは扉に近付いた。

 木でできた扉で、カビが生えないように、防腐剤が塗ってある。

 けれど所々が痛んでいて、ドアノブも金属が酸化しないようにコーティングされているが、それでも手垢が付いている。つまり、ここ最近まで頻繁に開け閉めがされていた証拠だ。


「この地下室、誰かいるね」

「「えっ!?」」

「人間なのかモンスターなのか。少なくとも最近までは扉を開け閉めしていた形跡がある」


 グリムの言葉は恐怖を呼び込む。

 ここ最近までこの地下室に居た誰か。

 全身が身震いすると、素早く武器を取ってしまった。


「二人共落ち着いて。まだ形跡があるだけだよ」

「いやいや、グリムー。形跡があるってことは、つまり誰かいるんでしょー?」

「そうですよ、グリムさん。不法侵入者です!」

「まあそうだよね。でも、一つおかしなことに気が付かない?」

「「おかしなこと?」」


 そうだ、この地下室にはおかしな点が幾つもある。

 とは言え、その全てを見分けるのは難しい。

 だけど確実に言えるのは、この地下室“カビ臭い”んだ。


「こんな衛生面に一切の気を使っていない場所で、人間がそう長く生きて行けると思う?」

「えーっと、難しい?」

「少なくとも病気にはなるだろうね。そうなれば人間は生きるために奔走する。だけど見て」

「見てって何処をですか?」

「足下をだよ」

「「足下?」」


 フェスタとDは足元を見た。

 そこには特に怪しい部分はなにも無い。

 埃が積もっているだけで、目立ったものは他になかった。


「なにも無いけどー?」

「そうですね、フェスタさん。グリムさん、なにもありませんよ」


 フェスタとDはグリムの目が節穴になったと勘違いする。

 だけどそれは間違いだった。

 グリムが言いたいのはそこにはない。


「どうして埃が積もっているのかな?」

「はぁー? そんなの掃除してないからでしょー?」

「それだけじゃなくて、他にもない?」

「他って……あっ!」

「そういうこと、Dは気が付いたね」

「えー、私にだけ内緒なのー?」


 少し視点と意味を変えれば見えてくる。

 フェスタはつまらなそうな顔をしたけど、グリムの答えを訊けば納得だ。


「それじゃあ正解。埃が積もっている=誰も掃除していない=誰も踏み入れていない=つまり、誰も歩かずに、この扉を開けていた。ってことにならないかな?」

「はい?」

「ここには確実に何か要る。だけど高次元のなにか、そういうことだよ」


 グリムの言葉は真実に辿り着こうとしていた。

 だけどまだ足りない。

 残りを埋めるべく、グリムの思考は加速した。

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