第164話 書斎と地下室

 グリム達は書斎に向かった。

 そう言えば一度も立ち入っていない場所だった。

 それもその筈、肝心の書斎は一番可能性が高い上に、何より……


「やっぱりこの書斎は広いね、むしろ書庫かな?」


 書斎にやって来たはいいものの、手掛かりが多過ぎる程広かった。

 目の前には壁一面の本棚。

 更には本を読むためのテーブルも完備され、所狭しと本棚が設置されている。

 これは完全に書斎兼書庫だった。


 もはや本棚を取り除いたら、巨大な大広間として使えるんじゃないだろうか。

 傍から見てもそう思える程で、グリム達は肩を落とす。

 こんな場所、如何やって探せばいいのか、全然分からなかった。


「グリムー、どうするのー? 一冊ずつ見て行く?」

「それだと時間も効率も足りないよ」

「タイパ最悪ってことだねー。じゃあどうするのー?」

「どうするとは言っても、シルキーは他に思いだしたことは無い?」


 ここは肝心のシルキーの記憶頼みだ。

 こっくりさんの紙とコインをテーブルに置くと、コインが頼りなく動く。


『す・み・ま・せ・ん。そ・れ・い・し・よ・う・は・ま・た……』

「そっか。それじゃあ仕方ないね」

「仕方ないってどうするのさー」

「手当たり次第に行こう。私はこっちの棚を担当するから、二人は向こうをお願い」

「ううっ、結局そうなるんだねー」


 もはや手当たり次第に探してみるしかなかった。

 とは言え、ここでシルキーの意識が失われた可能性が高いだけ。

 具体的になにが起こったのか、見当も付かない。

 グリム達は“無いもの”を探して本棚や本を調べた。


「とりあえず私の担当はこっちだけど……おっ、この屋敷の詳しい間取り図だ」


 グリムは本を調べてみようとしたが、面白くて役に立つものを見つける。

 随分と古い紙で、色が変色している。

 しわがれた枯葉のような色合いに、クシャクシャで四つ折りにされた紙。

 身長に中を開くと、この屋敷の間取りが描かれていた。


「なるほどね。ここが書斎……広いな」


 間取りを見ると、書斎のスペースは明らかに無駄がありすぎた。

 それ程までに広く、他の部屋と見劣りする。

 それでも屋敷全体で見れば一つ一つの部屋はトイレから浴室、寝室や大広間に至るまで、余裕を以って取られていた。それだけこの屋敷の広さと、シルキー達が相当のお金持ちだったと悟れる。


「とは言え、手掛かりになりそうなものは……他にあるかな?」


 もはやこれ以上の手掛かりは無いと思った。

 だけど一応本棚をくまなく探す。

 それこそ本棚の質、なにかスイッチが隠されていないか、本自体がスイッチなんじゃないか。


「スイッチらしきものは何処にもない……と」

「こっちも無いよー」

「そうか。それじゃあ本を見てみようか」


 ここからは骨が折れる作業が待っている。

 パラパラと古びた本を開くと、埃と一緒に歴史が垣間見えた。

 けれど一冊一冊読んでいる暇は無く、【速読】でテキパキと読み進める。


「ううっ、目が疲れるな」


 グリムは眉間を指で摘まんだ。

 何冊も何十冊も一度に本と読んだせいだ。

 そのせいで疲れが溜まってしまい、ペースが一気に落ちる。

 これは一度休んだ方がいい。そう思うと、シルキーが都合よく紅茶を淹れてくれていた。


『み・な・さ・ん・す・こ・し・き・ゆ・う・け・い・に・さ・れ・ま・せ・か』

「……だってさ」

「賛成―」

「はい、私も一度休みたいです」


 如何やら全員疲れていた。

 肩をグルグル回すフェスタに首を痛そうに支えるD。

 全員違う所に疲労が溜まると、早速テーブルに置かれたティーカップを取る。


「うん、いい香り」

『ふ・る・う・あ・つ・ぷ・る・を・つ・か・つ・た・あ・つ・ぷ・る・て・い・て・す』

「アップルティーなんだ。道理で微かな甘みがある訳だ」


 これは紅茶じゃなかった。それでも飲むと凄くリラックスができる。

 舌触りも良く、とても心地よい。

 旨味と甘みが交わり、グリム達はリラックスする。


『す・み・ま・せ・ん・み・な・さ・ん。わ・た・し・の・せ・い・て』

「なに急に謝るのかな?」


 そんな中、シルキーは自責してしまった。

 グリム達が疲れているのは自分のせいだと抱え込んでしまっている。

 そんなこと、もはや誰も思っていないのに、シルキーは優しくて律義だった。


「これは私達がやりたくてやってるんだよ。だからシルキーは気にしなくていいよ」

「そうそうー。結局楽しかったしねー」

「はい! だからシルキーさん、気にしないでください」

『き・に・し・て・し・ま・い・ま・す・よ。も・と・を・た・と・れ・は・わ・た・し・の・せ・い・て・す』


 シルキーは余計に気にしてしまうタイプだった。

 言葉の選び方が足りなかった。

 グリムはそう感じるも、ティーポットがガタガタと揺れ、ポルターガイストが起こる。


 カタカタカタカタ!

 カタカタカタカタ!


「きゃっ!?」

「シルキー、冷静になろうよ」

『す・み・ま・せ・ん・す・み・ま・せ・ん。わ・た・し・の・ほあうえかうかおかえなやねかやたやいえけいもなきなえうへおあるね』


 もはや言葉にもなっていない。

 コインがジタバタと動き回ると、やがて本棚をも動き始める。

 それだけ強力な力を持っているのか。グリム達は思い知らされると、ついにティーポットがカタンと倒れた。


 カタン!


「「「あっ!!!」」」

『えっ?』


 シルキーはグリム達の声に反応してポルターガイストを止めた。

 しかしもう遅い。グリムは手を伸ばしたものの、ティーポットには間に合わず、中に入っていたアップルティーが漏れる。


「やばっ、どうしよう。沁み込んじゃう」

『あ・あ・あ・あ・あ、す・み・ま・せ・ん・す・み・ま・せ・ん。ま・た・わ・た・し・の・せ・い・て……』

「大丈夫だよ。それより本に染みが付いたりしたら……あれ?」

「ん、どうしたのー、グリムー?」


 グリムの動きが止まった。

 ピタッと視線の先を見ると、アップルティーが流れて行く。

 ツルツルの床の上をすべるように流れると、本棚の下へと吸われていく。

 なんて事の無い光景だったが、グリムは違和感を感じる。


「おかしいな。シルキー、この屋敷は今も水平?」

『え』

「経年劣化で地盤沈下が起こると水平じゃなくなるけど、この屋敷はどうなの?」

『え・つ・と・た・し・か・す・い・へ・い・に・た・も・つ・た・め・の・ま・と・う・ぐ・を・く・み・こ・ん・で・い・る・と・ち・ち・が・い・つ・て・い・ま・し・た・か、そ・れ・が・な・に・か……』

「ってことはやっぱり……」


 グリムはシルキーの言葉を聞いて確信した。

 さっき手に入れた間取り図を手に、もう一度間取りを再確認する。

 するとやはりおかしな点がある。さっきはスルーしたけれど、今ならよく分かった。

 この書斎にはまだ秘密がある。


「どうしたんですか、グリムさん」

「みんな、少し見えたよ。この屋敷のこと」

「「えっ?」」

『な・に・か・み・え・た・ん・て・す・か?』


 塔のシルキー自身も気が付けていない。

 この秘密、それはこの間取りに隠されている。

 否、目の前の本棚の下に隠されているのだ。


「この書斎には地下室がある。しかも隠すようにね」

「「『えっ!?』」」


 グリムの言葉には衝撃が走る。

 しかし間取り図にはそう描かれている。

 書斎の一部、この水平を保たれた屋敷内で怒った水漏れ。

 それこそが正体で、隠せない事実だった。

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