第125話 Dは怒らせたらダメ

 顎髭男性はDを人質に取っていた。

 いつの間に忍び寄っていたのか、一切気が付くことができず、気が付けば背後を取っていた。


 首筋にギラリと光るナイフを突きつける。

 脅し文句のようで、動けば仲間の命は無いらしい。


 そんな脅し文句を今時と思うかもしれないが、流石に動けない。

 グリムとフェスタはDの身を案じると、要求に従う他ない。


「まさか三人をやっちまうとはな。驚いたぜ」

「その言いぶり、さっきの人達の仲間?」

「ふん。どうでもいいだろ、そんなの。それより、こいつの命が惜しければ、ポイントを譲渡しな。もっとも、半分しか取れねえが、俺にとっては儲けものだ」


 如何やらさっきまでの三人と仲間だったらしい。

 しかしこの口振りを見る限り、最初から裏切る気でいた。

 もちろん状況によっては変っただろうが、それでも一人勝ちを狙っていた魂胆は目に見えている。


「要求はそれだけ?」

「ああん? ここでポイントを失うことがどれだけイベントでの結果に傷を付けるか分かっているのか?」

「イベントに必死なんだね」

「ふん。俺にとってはイベントなんてもの、ただの通過儀礼だ。待っているのは……」

「その先の公式配信でフィーチャーされること」


 グリムは顎髭男性の魂胆をある程度見抜いていた。

 その結果、如何やら大まかな面は当たっていたらしい。

 公式配信に載ることで、収入を得る。グリムが得たあれ狙いで、そのために高得点をたたき出したくて気持ちが馳せ、ウズウズしていた。


「分かってんじゃねえか。だったら、俺の要求飲むよな?」

「どうかな?」

「どうかな? 仲間の命なんてどうでもいいってことか。薄情な奴だな」

「貴方と一緒にしないで欲しいな」


 グリムはあえて挑発してみる。隙を見せればそこがチャンスになる。

 とは言え、そう甘くもない。流石はここまで残った相手、用意周到だ。

 グリムの挑発にも耳を貸さず、ゲラゲラと笑い立てる。顎髭をユサユサしながらのにやけ顔は気持ち悪い。


「この俺が薄情? うーん、まあそうかもな」

「否定はしないんだ」

「否定はしねぇよ。だがな、薄情さが俺のプライドを燃やすんだよ!」


 顎髭男性は顎髭を引っ張った。

 するとプチンと音を立て、一部が抜け落ちる。

 目が完全にイカれている。こんな相手、早々に切り上げるのオチで、グリムはフェスタと目配せをしつつ、アイコンタクトでタイミングを推し量る。


 正直、状況的には悪い。けれど隙が無いわけでもない。

 挑発で隙を生めなかったのは仕方がないが、それでも体勢のズレはある。

 これなら何とかなるかもしれない。踏み込む瞬間を見定めようとするも、先に動いたのは……


「んじゃとっとと八つ裂きにするか」

「させません」

「ああん?」

「絶対にそんなことさせません。私の大事な人達を私のせいで傷付けさせません!」


 人質にされ、喉元にナイフを突きつけられながらもDは口走った。

 ただの威勢じゃない。目からは涙を浮かべている。恐怖と悔しさ。二つの感情が入り混じっていた。


「人質の癖に黙ってろ」

「黙りません。もしも皆さんを傷付けるのなら、私、絶対に許さないです!」


 Dがそう口走ると、腕に付けた〈運命の腕輪〉が呼応する。

 まるでDの覚悟に共鳴している様子で、グルグルと回転を始めた。

 その異様な光景に、顎髭男性も危機感を感じる。早急の決着を要求されると、ナイフを使って即死を狙った。しかし……


「〈運命の腕輪〉、モード:攻撃!」


 Dが腕を振り上げると、顎髭男性の腕を押し退ける。

 そのまま腕輪はDの腕にはまったまま、戦輪を作り上げる。

 形状が変化したことで攻撃力を一気に増し、グルグルと超高速回転するカッターのようになりながら、顎髭男性の顔面に容赦なく振り掛かった。


「な、なんだこの攻撃は。や、止めろ! うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ、痛ぇ……ぎゅらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 顎髭男性は見るも無残に顔面を抉られた。

 もちろん声だけが反響し、グリムもフェスタも、ましてやDすらその惨状を知らない。

 しかしながらあまりの絶叫に脳裏に最悪が過ると、そのまま顎髭男性は真後ろの池の中に仰向けのまま倒れ込んだ。


 ボチャン!


 水飛沫を大きく上げた。白い泡を幾つも作り、池の様相を一変させる。

 しかしそれ以上に何か起こることもなかった。

 池の中に消えた顎髭男性が姿を現すこともなければ、暴れ回って魚達が逃げ惑うこともしない。完全に静寂が包み込むと、今までの出来事は何だったのかと放心させるほど、呆気ない幕引きだった。


「もしかして、即死しちゃったのかなー?」

「可能性は高いね。でもまさか、こんな使い方もあるなんて」


 〈運命の腕輪〉の性能は万能に近い。

 攻撃か防御、どちらかしかできず、また使用者の感情のベクトルでその効果を著しく変化させる。あまりにも特殊な呪いの装備すぎて、使い勝手は非常に悪い。

 もちろんインターバルが発生することもネックなのだが、それを捨ててしまっても有り余る性能を見せつけた。


「グリムさん、フェスタさん!」


 Dが解放されて駆け寄る。

 グリムとフェスタの前まで走って来ると、目からは涙を浮かべていた。

 今にも零れ落ちそうで、涙袋が濡れている。号泣寸前の合図だ。


「D、凄いよ。まさか一人で倒すなんて」

「うんうん。私が守らなくても良かったねー」

「そ、そんなことないですよ。わ、私は、私……」


 Dは余計に顔をクシャクシャにした。

 グリムとフェスタもDのことを褒め称えようとするが、如何にもそんな状況じゃない。

 何が正解か決めあぐねていると、グリムはDに一言だけ伝えた。


「ありがとうD、それからお疲れ様」

「グリムさん……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」


 Dは泣き出してしまった。それだけ怖い思いをして、それを振り切ってまで覚悟を見せた証拠だ。

 だからだろうか。想いはいつも以上に伝わる。

 Dの頑張りも得られた成果も、全てはみんなを守るためのものだったと、二人は余裕で気が付けていた。だからこそDのことを讃え、優しく包み込むしかなかった。





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【あとがき】


 久々に読者の皆様と一方的に会話をします。

 ゴールドラッシュ・イベント、戦闘描写を増やしましたが如何ですか?

 ちょっと残酷なシーンもありますよね。


 怖い一面も見せつつ、バトルシーンに極力力を入れています。

 投稿頻度は下がりましたが、まだまだ投稿をしていきます。


 最近PVが全体的な低いですが、是非是非たくさんの人に知って欲しいです。

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