第124話 長槍兵の奇襲
フェスタは前以って回復ポーションを飲んでいた。
否、回復ポーションの入ったガラス瓶の液を、戦闘の最中含んだだけ。
HPが残った理由はほんの差でしかなく、余裕そうな表情の裏側には、壮絶な駆け引きが展開されていた。
「凄いです、フェスタさん!」
「ありがとー。でも、まだまだ油断は禁物でしょ?」
フェスタはチラリとDの姿を視界に収めた。
今のところは大丈夫そうで本当一安心。
フェスタはチラチラ周囲を見回すと、倒れている大斧男性が話しかけてきた。
「ガキが、なかなか良い戦いっぷりじゃねぇか。見直したぜ」
「見直すって、今あったばかりでしょー?」
「んなもんはどうでもいいんだよ、こういうのはノリに決まってらぁ」
「決まってらぁか……うーん、そうかもねー」
大斧男性は自分が負けたことに関して、特に気負いしていなかった。
むしろ負けたことによりしがらみから解放されたようにも見える。
もしかすると、熱いバトルがしたかったのかも。フェスタにもようやく伝わった。
「おじさん、戦うの好きそうだもんねー」
「当り前だろ。この俺の筋肉はな、強者を打ち勝つためにあるんだ!」
「強者を打ち勝つため? ってことは、おじさんを倒した私は強者ってことかなー?」
フェスタは陰湿にも視線をチラチラ飛ばす。
大斧男性は「ぐっ」と奥歯を噛み締めると、フェスタの言葉を真に受けるしかない。
むしろその現状が今なので、疑いようもない事実だった。
「ああ、そうだな。まさかガキに負けるとは」
「ガキでも強いんだよー。で、なーんで
フェスタは気になっていたことを訊ねる。
大斧男性のHPは残っていない。本来なら強制ログアウト待ったなしだ。
けれどHPの回復は間に合っていない筈が、何故か大斧男性は地面に伏せている。
まるでシステムに抗うみたいに声を張り上げ、意図的に操作しているみたいだった。
「もしかして、チート?」
「んな訳ねぇだろ! もうちょい考えろ」
「もうちょいって、気合で乗り切ってるってことかなー? でもなんのため? うーん」
フェスタは考え込む仕草を見せた。
視線が一瞬空を向く。完全に大斧男性から外れると、何処からともなく駆け寄る音が聞こえた。
「今だぜ、とっととやれ!」
大斧男性の声に反応し、フェスタは視線を戻す。
すると目の前には大斧男性を踏み台にし、高さを活かした攻撃を繰り出す青年の姿。
手にしているのは銀に輝く長い槍。長槍青年はのっぺりとした眼光で、フェスタのことを狙い澄ます。
「取った!」
「ま、マジ?」
フェスタの反応が遅れる。相手は長槍。フェスタは大槍。同じやり同士でもリーチも質量も違う。完全に出遅れたせいもあり、フェスタは初撃を受け止められそうにない。
ましてやその切っ先はフェスタの頭を狙っている。これは一撃アウト、即死判定まっしぐら。フェスタは油断したと思いつつ、大斧男性がログアウトしていることに気が付く。如何やらここまでが作戦だったらしく、完全に囮の役目を全うした後で、長槍青年に託された後だった。
(間に合わないかな……)
フェスタは少し諦めムードでいた。
流石にこのタイミングは足搔けない。システム面で体が動かないことを悟り、ダメージの蓄積をヒシヒシと感じると、目を伏せてしまおうとした。
もう諦めだ。フェスタの闘志が消えかける。と同時に、長槍が襲い掛かり、フェスタの体を……
「これで二人」
「がっぁ!?」
聞き馴染みのある声。それから嗚咽を漏らす青年の声。
二つが少しだけ遅れてハウリングすると、フェスタは目を開いた。
一体何が起こったのか。目を閉じていた一瞬を垣間見ると、目の前は一変していた。
「えっ、嘘だよねー?」
フェスタの反応が妙に嘘っぽい。けれど決して作戦なんて組んではいない。
だがしかし、目の前にはグリムの姿。〈死神の大鎌〉で長槍青年の頭を狙い澄まし、一瞬の間で刈り取っていた。
本当に何が起こったのか。まるで長槍青年が噛ませ犬みたいに思える程一瞬で、グリムはクルリと大鎌を背中に携えた。
「大丈夫、フェスタ?」
「だ、大丈夫だけど……なにしたの?」
仲間である筈のフェスタですら疑う余地しかない。
一体何が起こったのか。もちろん結果は目に見えている。実際、目と鼻の先にある。
問題はグリムが何をしたのか。もちろんここも堪えは揃っている。チートもグリッチも使っていない。グリムはグリムなりの戦い方で制したまでだった。
「なにも不思議なことはしていないよ。あっちにある木の上から、ここまでジャンプしただけ。距離的にも可能で奇襲にも丁度良い。自分に足りないステータスやスキルを技術と発想の機転、それから地形を上手く利用できただけだよ」
グリムの言っていることは確かに常識の範疇。誰しもが一度は思いつく様な当たり前の発想。しかも水平思考を一切使用しない、垂直思考の浅い部分だった。
フェスタはそんなこと知りはしない。けれど分かるのはグリムは可能にしてしまったこと。理論的にできそうな細い糸を平然と手繰り寄せ、持ち前の技術をフルに発揮し、こうしてフェスタを助けた。結果的に残ったのはただそれだけで、フェスタは頭を抑えた。
「グリムー。ここってGAMEだよねー?」
「GAMEだよ。だからこそ、こうして躊躇いもなくできたんだよ」
「むーん。その言い方、現実でもできそう……」
「まあ、できるだろうね。フェスタだって、その武器を背負ってなかったら余裕でしょ?」
「うん。それはバッチリ!」
フェスタもフェスタで大概だった。
グリムもフェスタもお互いができることをある程度把握している。
言葉も筆言うとしない、適材適所の能力を上手く掛け合わせることができた。それが勝利の最大要因であり、そんなことは誰も彼もが気付けるはずだが、気が付くことはできなかった。
「それじゃあこれで終わりだね」
「うん。D曰く、三人らしいもんねー」
グリムもフェスタもDの言っていた最低三人は倒せた。
ポイントも十分稼げたと安堵する中、急に冷めた声が飛んだ。
「動くな」
グリムとフェスタは動けなかった。否、動かなかった。
突然の奇襲。もちろん想定の範囲内だ。
けれどここまで一切の気配を殺し切り、三人を倒した後で現れた。
おまけに声の方向から見ても、そこに居るべき人物が居る。
「グリムさん、フェスタさん……」
か細く震えるDの声。如何やら奇襲はまだ終わっていないらしい。
グリムとフェスタはほんの少しだけ視線を飛ばす。
するとそこに居たのはDのことをナイフで脅す、顎髭男性だった。
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