第66話 悲鳴と眼下のゾンビ達

 グリムとフェスタは体中にこびりついて剥がれないゾンビ臭にもかなり慣れて来た。

 お互い背中合わせになり軽く休んでいると、ふと気になって仕方ない。

 突然のゲリライベント。ゲリライベントなのだから分かってはいるが、何故このタイミングなのだろうか。


「フェスタ、このタイミングを計ったかのゲリライベントって」

「多分、何人かのプレイヤーが一定のエリア内? に留まっている状態で発動したんじゃないかなー?」

「そんな面倒なタイプのイベントがあるの?」

「あるんじゃないかなー? だってここ、VRゲームの中。しかもVRMMOでオープンワールドだよ? それくらいシビアな条件の可能性もあるって」


 グリムはこの手のゲームをPCO以前はあまり遊んでこなかった。

 だから勝手は全くと言っていいほど分からない。

 だが、明らかに今回のイベントは唐突。恐らく原因はあれだ。


「アプデの影響ってことかな?」

「だろうねー。にしてもゾンビって、スプラッターが好きな運営がいるのかなー?」

「さあね。分からないけど、腐肉には似て非なるあの臭いは……」

「止めて欲しいよねー。まあ、腐肉? はもっと嫌だけどさー」


 腐肉のようで腐肉ではない。三角コーナーの生ごみのような、配水管の詰まりのような、とにかく鼻の奥を嗚咽させる臭いだった。

 思い出して自分の腕の臭いを嗅ぐだけで嫌になる。

 グリムとフェスタは簡単に除菌も兼ねてタオルで拭きながら、臭いが取れてくれることを必死に願った。


「落ちないね」

「もうー、ずっとこのままはやだよー」

「私達は呪いのアイテムを装備しているからね。これは致命的だ」


 もしも取れなかったら運営に文句を言いたい。

 お問い合わせフォームから送れるかどうか軽く確認した。

 如何やらできるようで、ムッとした表情をグリムは浮かべる。

 そんな時だった。緩やかな時間が淡々と流れていたのに、急に空を切り裂いて戦慄が走る。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 グリムとフェスタはすぐさま警戒をMAXに引き上げる。

 脇に置いていた武器を各々が手に取ると、瞬き厳禁で目を見開く。

 一体何が起きたのか。周囲を一望し、この辺りではないことを確認した。


「今の声、聞こえたよね?」

「もちろん聞こえて来たよー。悲鳴みたいだったけど、女の子かなー?」

「それは問題じゃないよ」


 そうだ。相手が男性だろうが女性だろうが関係ない。

 問題なのは悲鳴が聞こえて来たこと自体だ。

 如何してこの状況で悲鳴が上がるのか。そこに焦点を当ててみると、思った以上に答えは簡単に出て来た。


「「ゾンビ・パーティー!」」


 グリムとフェスタは互いに顔を見合わせた。

 もしかすると、ここではない別の場所で誰かがゾンビ達に襲われているに違いない。

 そこまでは容易な推測。だけど問題は悲鳴が一つなことと、あまりにも声がはっきり聞こえることだった。


「今の悲鳴。多分距離は遠くないね」

「うーん。もしかして頂上の反対側かなー?」

「反対側? それって確か崖だったよね?」


 赤茶山にはルートが二つ存在している。

 一つは通常の登山道。グリム達もこっちを使った。

 だけどもう一つ、崖沿いの危険なルートがある。

 もちろん落石が起きるような足場の緩みがある訳でも、大岩が転がってくるわけでもない。単に崖が崩れたら危ないだけで、地盤はしっかりとしていた。


「行ってみよう」

「えっ、グリムってそんな人助け大好き系だっけ?」

「そうじゃないよ。だけど放っては置けない」

「流石はグリム、カッコいい!」

「茶化さない。そんなことをしている暇は今無いよ」

「はいはーい。行きますよーだ」


 グリムとフェスタは悲鳴が上がったと思しき場所に急行した。

 もしかしたらもう手遅れかもしれない。

 けれどそうでないなら。一縷の望みに賭け、グリムとフェスタは走り出した。


「多分こっちなんだけど」


 グリムとフェスタは反対側に回った。

 この先は崖になっている。

 きっとこの下から。そう思って覗き込んでみた。


「うわぁ」

「グリム、なにかいるのー! うわぉ!」


 眼下には大量のゾンビ達が集団で蠢いていた。

 恐ろしい。気色悪い地獄絵図だった。

 ゾンビ達の蠢きが波のようになっていて、あれに飲まれたらきっとひとたまりもないだろう。

 グリムとフェスタは赤茶山の頂上付近で隠れながら眼下を確認した。


「凄い量のゾンビだ。あの中に入ったらひとたまりもないよ」

「こりゃぁ終わりだよー」


 フェスタも諦めて全部を投げ出したくなっていた。

 けれどそうも言ってられない。グリムは視線を常に動かして悲鳴を上げた何者かを探す。

 もしかしたらまだ助けられるかも。正直希望的観測の域を出ないが、ふと視線を飛ばすと見つけることができた。


「フェスタ見て。あれだよ!」

「私に見てって言っても……うわぁ、なんかバリアみたいなの張って耐えてる子がいる。だけど無理でしょ、あれじゃあ」


 確かにパッと見だと無理だった。

 ゾンビ達の襲撃を必死に耐え、バリアを張る少女。

 膝を打ち、完全に動けない状態で壁に追い詰められている。

 まさに絶体絶命。グリムとフェスタは苦い表情を浮かべた。

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