第48話 池の畔には何か居る

 あれから三日が経った。

 モンスター討伐イベントは順調に進んでいて、グリム達は何と九十ポイントを獲得していた。これは快挙で、このまま行けば上位も狙えそうだ。


「グリム、今日はコレをしに行こうよ!」


 フェスタは竹製の釣竿を二本持っていた。今日は釣の気分らしい。

 確かにこのゲームを始めてから釣りなんて一度もしていない。

 グリムはモンスターも水辺に行けば違う種類が出て来てくれるかも。

 そう思ってマップを開きエリアを調べてみると、大きい池があった。

 ここならきっとモンスターも居る。釣りにも絶好のスポットだと思った。


「それじゃここに行ってみよっか」

「やった! いっぱい釣るぞー」


 グリムとフェスタは早速フォンスからほど近い池に行くことにした。

 ここからなら一つ森を抜けると、その先の森の中にある。

 かなり程近いので、ポツポツとポータルを踏んで移動していくと、池のある森に辿り着けた。




「ここが池かー。結構大きいねー」

「ナマーズ池だね。いかにもナマズが出てきそうだよ」


 グリム達がやって来たのはナマーズ池と呼ばれる、かなり大きい池だった。

 水は少し濁っていて汚い。臭いも若干だがある。

 話によると、底の方は泥が溜まっていて魚達の隠れ家になっていた。

 そのせいで、滅多に現れないような大物も潜んでいるのでは? と噂になっていた。


「にしても釣り人多くない?」

「そうだね。プレイヤーだけじゃないみたいだけど、イベントに参加している人もかなり居るよ」


 見ればナマーズ池の周りにはたくさんの人が居た。

 密集しているわけではないが、各々が間隔を開けて竹製の釣竿を垂らしている。

 けれどそのせいで下手に湾曲したほとりでは薄っすらと黒い影ができていた。

 アレじゃあ幾ら釣糸を垂らしていても気付かれてしまう。


「全然釣れて無いねー」

「それもそうだよ。ほら、見て。影のせいで気が付かれてる」


 魚は確実に居た。ピチャンと跳ねる小魚の姿が遠くの方に見える。

 しかしあまりに集まり過ぎているせいか、全然畔には近付いてこない。

 このままいたずらに時間が過ぎるのは得策じゃない。絶対そうだ。

 グリムとフェスタはここで釣りをするのは止めにして、少し奥に行ってみることにする。


「フェスタ、少し奥に行ってみようか。確かこの先には小さな池があったはずだよ」

「えー、でもそれって」

「いいから行ってみようよ。私の直感は当たるよ」

「……運じゃなくて直感なんだよね。それじゃあ行ってみようよ」


 グリムの直感はよく当たる。むしろ外れたことはない。

 フェスタもグリムの直感を信じて、この先にある人が滅多に入らない池に向かった。

 そこはグリムの言う通り小さな池。大きなナマーズ池とは完全に隔絶され、孤立している。

 そのせいもあり魚の数も限られていて、面白みもなければ大物も居ないと有名だ。


「ここが名前もない小さな池」

「本当に小さいねー。おまけに何も無い」


 確かに周りには鬱蒼とした木々達が生え揃えるだけで、モンスターも居なければ人も居なかった。

 あまりにも寂しくて、ここだけ時間が止まっているみたいだ。

 不思議な気分に浸ってしまうと、グリム達は早速釣竿をしならせ、ルアーの付いた釣糸を投げ入れた。


 ポチャン!


 水面に針が触れ、透明な糸が池の中に消える。

 後はひたすらに待つだけ。時々竿を動かしてルアーを本物の餌の様に騙す。

 フェスタは「さあ、釣るぞー!」と鋭い気迫を向けていた。

 だけどそう簡単に釣れるわけもないので、グリムも釣竿をしならせて釣糸を垂らすと、座って時間を費やした。


「グリム、どれくらいで釣れるかなー?」

「さあね、もしかしたら釣れないかもしれないよ」

「えー、どうしてそう思うのー?」

「あくまで一つの可能性の話だよ。だけど釣れないとは思わないけどね」


 グリムは釣竿を巧みに操って、池の中のルアーを本物の生餌の様に見せる。

 実際どんな動きをしているかは分からない。

 それでもグリムには手に取るように分かった。これで間違いない。赤い瞳が池を敵意無く見つめていると、フェスタも気を楽にした。


「ふぅ。まあそうだよねー。こう言うのは気楽やらないと」

「普通の魚でも全然構わないからね」


 必ずしもイベント大事じゃない。

 こういう何もない時も楽しむ。心地よく浸る。

 グリムとフェスタは決して焦るようなことはなく、釣りを楽しんでいた。

 駄弁りながら時間を潰していると、少しずつ池に波が立ち始める。

 それすら完全に無視していると、黒い影が池の底から浮上し始めていた。

 しかしグリムとフェスタは完全無視を決め込むどころか、見てすらいない。


「それでさー。最後は私が打ったからなんとかなったけど……」

「流石にフェスタは運動神経良いよね」

「うーん、うちの大学のチーム、弱くないはずなんだけどなー」

「みんな忙しいんだよ。それより引いてるよ」

「えっ!?」


 フェスタの仕掛けていた釣竿が引いていた。

 今にも池の中に引きずり込まれそうでかなり危ない。

 急いで釣竿を掴み取ると、フェスタは目を見開いた。


「ヤバっ……」

「どうしたのフェスタ。なにかあった……」

「うわぁ!」


 フェスタは池の中に引きずり込まれた。

 あまりにも一瞬の出来事過ぎて目で追えなかった。

 池の中に消えたフェスタは釣竿を決して放さず、底へと沈んでいく影を捉えた。


(アレがこの池の主……うっ、息が続かない)


 ドンドンそこへと沈んでいく。それでもフェスタは釣竿を決して放さなかった。

 視線の先には巨大な黒い影。

 それは完全にナマズだったが、あまりにも大きすぎた。

 百パーセントこの池の主。フェスタは確実だと頷いて、一度浮上することにした。

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