第36話 戦車—チャリオット・バンロッサ

 落とし穴の中は暗闇だった。

 周りには仄かな灯りとして炎が燭台の上で揺らめいていた。

 仰向けのまま倒れてしまったフェスタは薄っすらと目を開けた。

 体が痙攣していて痛みで一瞬意識が飛んでいたらしいが、すぐに指先が動き出し体を起き上がらせた。


「ううっ……痛いなぁ。でも起き上がれるだけマシかな」


 フェスタは仰向けの状態からとりあえず座り込んだ。

 するとここはあの落とし穴の底も底。一番の最下層だと分かる。

 しかも周囲には燭台が置かれ、炎が揺らめいていた。

 あまりにも不気味なので、流石のフェスタもおどろおどろしい雰囲気に包まれた。


「うわぁお。これはヤバいんじゃない?」


 フェスタはゆっくり立ち上がった。

 燭台に近づき炎がもの凄い熱いを確認する。

 如何やらイミテーションではなく、このゲームにおける本物のようで、相当危険な場所だと分かった。


「やっばいなぁ。ここからじゃ帰れないよね? おーい、グリムー! 聴こえてるー! 助けてぇー!」


 口元に手を当てて、メガホンのように声を反響させて叫んだ。

 腹から声を出し、力いっぱい叫んだ。

 身体も上下運動させてみたのだが、やっぱり返事はない。


「まあ無理だよね。分かってたけどー」


 フェスタは叫ぶのを止めた。

 この深さとなると仮に声が届いたとしても助けて貰えるわけがない。

 おまけにグリムに危険に飛び込ませる訳にも行かないので、フェスタは自力で帰る手段を探すことにした。

 幸いなことに、地下には更に奥へと繋がる通路が見えた。どうにもこの先に行くしか選択肢が無いらしい。


「しゃあない。行こう!」


 これも一つ冒険だ。ソロで戦うことになるのは痛いが、頑張ってみることにした。

 凸凹した壁の側面に阻まれ、狭い剥き出しの通路をひた歩く。

 灯は持って来ていないけど、燭台の炎のおかげで迷うことはなかった。


「この先って何があるんだろ。まあいいや、どうせ何かあるって」


 フェスタは呑気だった。

 壁に手を付きながら歩いていると、少しずつ広くなっていた。

 歩きやすくなるからありがたく快適に進むことができた。

 ふと視線の先を前に向けると、何やらぼんやりと浮かび上がる。如何やらこの道の終わりだ。


「ようやく地上に出られる的な?」


 ここまで二十分ぐらいが経っていた。

 フェスタは壁に阻まれた通路を進むと、広々とした空間に出た。

 そこは地上に繋がる階段がある訳でもなく、ポツンと宝箱が置かれているだけだった。


「よっと。ようやく出られると思ったのに、また空間が開けてる? しかも宝箱あるし……絶対何かあるじゃん」


 フェスタは見え見えの宝箱を怪しんだ。

 流石にモンスターが出て来るか、即死刑の罠が仕掛けられているに違いない。

 ここは少し警戒して周りをよく見てみる。すると燭台が剥き出しの壁に打ち付けられていて、今にも灯が灯りそうだった。蝋燭は一本も無いのだが。


「それにしても他には何も無いのかな?」


 フェスタは燭台以外のものを探して少し歩いてみた。

 壁に手を付いて歩いてみると、如何やら円形の空間のようだ。

 けれどそれが分かっただけ。さて、困った。如何やらないらしい。


(ってことは……)


 とは言えやっぱり宝箱が気になる。

 他にできることもない。如何したものかと悩んだのは一瞬。

 フェスタはコクコク首を縦に振り、一人納得した。


「仕方ないね。宝箱、取りに行こう」


 フェスタは危険を冒す覚悟で宝箱に近付いてみる。

 それくらいしかやることがないので、慎重に足を前に出した。

 すると全身を殺気が突き刺した。フェスタは息が詰まりそうになるが、耳が何処からともなく聴こえる音を捉える。


 ガラガラガラガラ!


 異様な音が聴こえてきた。

 何かが近付いて来ているようで、フェスタは足踏みした。

 ゾクリとした感覚が異様な汗をフェスタに流させた。


「な、なに?」


 グルンと振り返った。

 首を向けるとガラガラと異様な音が聴こえていた。

 何か居る。黒い影が近付いて来ている。大剣を装備して構えを取ると、影の正体が判るのを待った。


「何が居るの? 私に見せてよ」


 フェスタが意気揚々と構えていると、姿がようやく見えてきた。

 それは馬車だった。二頭の馬が引いていて、その上には鎧姿の人型モンスターが座っている。手には異様な分厚さの大剣。あまりの禍々しさに、フェスタ配宿した。

 しかしそれには屈しない。決してステータスは高くないのだが、気迫でモンスターの名前を確認する。


「えーっと、モンスターは……チャリオット・バンロッサ?」


 名前はチャリオット・バンロッサ。

 フェスタが今居るであろう闘技場の名前を冠していた。

 如何やらこの街限定のモンスターらしい。果たして勝てるのか、フェスタは冷汗を流していた。

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