識別名⚫️後釜🎭
「君には期待している。だから…爆発狂には飲み込まれるな。」
監督は子供にやっちゃいけない事を言い聞かすように、俺にそう言った。
「爆発狂って、マルコフのことですか?次にやる役のマルコフのことですよね?」
「ああ、マルコフには飲み込まれてくれるな。頼む。頼むから。」
「はあ…?まあよく分かんないですけど、分かりましたよ。」
「おい!待て!ダメだ!そんなんじゃ!ダメなんだ!」
マルコフとは、大人気アメコミヒーロー映画「スクリードマン」の名悪役である。爆発狂マルコフといえば、知らない人がいないくらいの知名度だ。人気が高じて、マルコフが主人公のスピンオフをやった事も知っている。悲しい過去があったり、大義があったり。悪役だけどヒーローのスクリードマンよりも共感できる。そんな素晴らしいキャラクターだ。
俺はそんなマルコフの役に抜擢されたのだ。
今まで、あんまり有名な役をやらせてもらえず、なんとか小劇場で人気を出そうと燻る日々だったが、それも今日でサヨナラだ。
自分でも演技力だけなら、映画にバンバン出ている役者共より高い自信があるのだ。
まあだけど、この自信家な性格が監督達に疎まれ、使われないという事も…知ってはいる。
今回だから落ち着いて、謙虚にいこうと思った矢先に監督に呼び出されて言われたのだ。
「爆発狂には、飲み込まれるな。」
意味が分からない。
収録は楽しかった。俺演じるマルコフは、ヒーローに問いかける。一人一人の命の重さと、その違いを。
「なあ!ヒーロー!俺に教えてくれよ!」
「………なんだ。」
「ヒーロー!テメェは同じ値段だったら、クソみてぇなパスタソースと最高のパスタソース。どっちを買うんだよ!?」
「なにを言っているんだ?」
「つまりだ!同じ価値でもいるヤツといらねぇヤツがあるって事だよ!ヒーロー。人間も同じだと思わねえか?」
「いいや、私はそうは思わない。命は皆、平等に価値があるんだ。」
「へぇ。言うじゃねぇか。ヒーロー?じゃあよ…」
マルコフは二つのスイッチを懐から出し、手に取る。
「このスイッチに繋がった爆弾。片方はゴロツキ共しかいないスラム街。もう片方はヒーロー、お前の大事な人の家に仕掛けてきたと言ったら、どうする?」
「マルコフ!!!」
「ああそうだ!その表情だ!それが本当のヒーローの顔だ!!!」
演技が終わった後も興奮は冷めなかった。久しぶりの大役だし、気持ちがよくて仕方がなかった。
撮影の後には、スクリードマン役のベテランの先輩と飲みに行くことにもなった。
場所は俳優御用達の個室焼肉店。最高だ。
「どう?監督から変なこと言われなかった?」
酒を三杯煽った頃、先輩が急にそんな事を言った。
「変な事、ですか?」
「飲み込まれるな、的なやつだよ。」
「ああ。はい。言われました。爆発狂には飲み込まれるなって。それが何か?」
「いやね、マルコフってキャラはとても魅力あるキャラクターだ。スクリードマンを越えてしまう時もあるくらいのね。だからかもしれないが、混ざっちゃうんだよ。」
「混ざっちゃう?」
「そう。役と自分が混ざってしまうんだ。役を演じている内にゆっくりと、しかし、しっかりと混ざっていく。それで何人もおかしくなった。」
「………はあ。それは先輩もですか?」
「うん。そうだね。だけど僕の役はスクリードマンだ。正義と愛をもった偉大なヒーローさ。混ざってくれた方がいいってもんだ。でも、マルコフはどうかな?」
「………」
「まあ、酔っ払いのうわ言だと思ってくれて構わない。ただ、それでおかしくなってしまった友人がいるって事を知ってほしかったのさ。」
肉が焦げる匂いがした。
俺は帰ってからも、先輩の言った事が頭から離れなかった。
爆発狂マルコフ。好きな物はミートソースパスタ。一度映画内で死んだとされていたが、ファンの熱い要望により、地獄から甦った殺人鬼。
ネットでの彼の評判だ。
マルコフが一度死んでいた事という事は正直、知らなかった。勉強不足と言われれば返す言葉もない。
しかし、そんな事はどうでも良いほどの情報が追記されていたのだ。
初代マルコフを務めた役者はマルコフの模倣犯罪を起こし、そのまま爆死している。
死者は100人にまでのぼるとされている。
………絶句だった。
情報を見るまでは、監督の警告も先輩の忠告もどこか絵空事のように感じていたのだが、今はもう笑えなくなっている。
自分はどうやら5代目マルコフだという事、初代から4代まで全て犯罪に巻き込まれているという事。
恐怖を感じるのはそう難しいことではなかった。
台本を持つ手は震え、声も上擦りそうになる。
だけど、俺にも役者としてのプライドがあった。ようやくの大役。俺にしかできない演技をするんだ。
そう思い、今日もまた撮影に臨むのだ。
撮影は山場に差し掛かり、監督も役者も力が入り、スタジオには緊張感が走っている。
「さあ!最後の選択だ!ヒーロー!!!」
「ああ!こい!マルコフ!!!」
その瞬間だった。
扉が乱暴に蹴り開けられて、中に拳銃をもった男が入ってきたのだ。
「おい!お前ら!手を挙げろ!」
急な展開に皆、戸惑っている。
「手を挙げろと言っているんだ!!!」
男は四方に発砲する。
スタジオの天井の照明に当たり、火花が散った。
「おい、お前ら。俺を匿ってくれよ…なあ。サツに追われてんだよ…マズイんだよ…」
男は爪を噛み、イライラしている様子だ。
あまり、賢くなさそうな見た目の髭面。それに向こうを向いている。俺は携帯を取り出して、警察に連絡を取ろうとする。
「プルルルル。プルルルル。」
「もしもし、警察ですか?」
「はい。どうなさいましたか?」
その瞬間だった。バンッと銃声が鳴った。瞬時にバレてしまった事に気づいた。
焦り、男の方を見たときにようやく、先輩が倒れている事に気づいたのだった。
俺の前で俺を守るように倒れている。胸から血を出して。
先輩はボソッと力ない声で、「良かった」と言った。
「お、俺は悪くない!アイツがサツに連絡しようとするから!アイツのせいだ!俺のせいじゃない!!!そう!アイツだ!」
そう喚き散らす、男に俺は走ってぶつかった。
男は「うげっ」とカエルが潰れたような声をだして、倒れる。俺は転がった拳銃を蹴飛ばし、男に馬乗りになって、殴る。殴る。殴る。
気づいた頃には、警察が来ていて、自分の下の男は血まみれになっていた。
先輩はなんとか一命を取り留めて、意識も辛うじてあるらしい。良かった。本当に良かった。
撮影は止まってしまうらしいが、今は誰も死ななかった事だけを喜ぼう。
俺はそう思った。
俺はその日から、先輩のお見舞いに行くようになった。先輩を撃った男は民家に押入り、強盗と強姦殺人をした後、警察に追われて我らがスタジオに逃げ込んできたとのことだった。
俺は数日たっても怒りは変わらず、許せずにいる。
直ぐに警察からも連絡があった。
俺は死刑とは行かないまでも、死ぬまで獄中で過ごしてくれと願っていた。
結果は心神喪失により、懲役7年になりそうだと言われた。
俺は電話越しで声を荒げた。どうして、おかしい、ふざけている。そんな言葉が流れ込む濁流のように口から出ていった。
それでも、警察の人は悔しそうにうなづいているだけだった。
「なあ、何処へ行くんだ?」
先輩がいつもと違う細い声で、聞いてくる。
「なあ、そんな怖い顔して、何処へ行くんだ?」
「………先輩は同じ値段のパスタソース。どっちを買います?」
「おい、待てよ。お前も僕を置いていくのか。」
「その顔がヒーローの顔なんですね。」
『ただいま緊急でニュースが入りました。護送中の強盗、強姦殺人の容疑で逮捕されていた容疑者が先ほど、護送車ごと、爆発したようです。繰り返します。護送中の護送車が容疑者ごと爆発したようです。原因はまだ分かっておらず、捜査中とのことです。』
価値などない。アイツも。俺も。
悪役おもちゃ箱(短編集) うさだるま @usagi3hop2step1janp
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