識別名●作家✒️

「私は死刑になるのかしら?お巡りさん。」


 彼女は足を組み、椅子に深くもたれかかった姿勢で偉そうに、しかし優雅にそう言った。


「…まあそうなるでしょう。これだけ証拠が出ているのですから。…容疑の確認に入ってもいいですか?」

「ええ、どうぞ。」

「あなたはここ最近に起こった、連続誘拐殺人事件の犯人として疑われています。それはご存知ですね。」

「はい、もちろん。それは私がやった事ですわ。」

「自供するという事ですか?」

「ええ。…ところでお巡りさん、お茶を下さらないかしら。私、喉が渇いていますの。」


 彼女はふてぶてしく、お茶を要求する。ここが取り調べ室と知ってのことだろうか。


「…自供するならするで、ちゃんとしていただけませんかね?だいたい動機はなんなんですか?貴方が殺害したという三人とも、貴方とは一切関わりがないじゃないですか!」

「そうね…取り敢えずお茶下さいます?」

「ふざけるのも大概にしてください!!!」


 私は彼女のあまりの態度に怒りを覚え、机を強く叩いた。取り調べ室に打撃音が反響する。


「落ち着いてくださるかしら。別に話さないと言っているわけじゃないのよ?ただ話すにも喉がガラガラじゃ貴方も聴取しにくいかと思ってお茶をいただこうと思っただけよ。」

「…はあ、そうですか。」

「そうね…お巡りさん。貴方、本を書いた事があるかしら。別に本でなくともいいわ。書いた事でなくてもいい。創作をした事はあるかしら。」

「創作?それが何か関係が?」

「ええ、関係ありますわ。さあ早く。」

「私はそう言った経験は、特に。」

「そ。では私が作家だというのはご存知で?」

「はい、それは調べがついています。書いただけ売れる、超人気ベテラン作家ということも。」


 彼女は嬉しそうに少し口角を上げて言う。


「超人気だなんて、ありがたい事ですわ。」

「で、それが何か関係あるんですか。」

「…せっかちですわね。お巡りさん。」

「仕事ですから。」


 彼女は「ハァ」とため息をつき、天井を見上げて、語り始める。


「昔話をしましょうか。少しおかしな、文才しかない女の子の昔話を…」


 その子はずっと一人だった。人間の友達は居らず、友達は本だけ。

 彼女はずっと本を読んだり書いたりして遊んでたの。

 ずっと、ずーっとね。

 ある時、彼女がネットに興味本意で出した話が大勢の人に評価されることになる。もうそれは今で言う大バズりとでも言うのかしら?名だたる出版社から声がかかり、その子は小説家の道を歩む事になるの。

 ちなみに、入った出版社の決め手は担当編集の顔が面白かったからよ。

 彼女は出版社に入ってからも、本を書き続けた。

 自分の胸が張り裂けそうになる悲しみを、髪が逆巻くほどの怒りを、感動的な小説に変えた。

 ネコの肉球を吸ってしまう癖を、地元でしか使われない方言を、日常系小説に使った。

 口に出すのも憚られる思想を、信じてやまない宗教を、ファンタジー小説に織り交ぜた。

 欲望のまま、書いて書いて書いて、書いて書いて書いた先には。

 彼女の手には何もなくなっていた。

 感情は作品にした。個性は作品にした。考えは作品にした。

 己を削って話を書いていた彼女は、もう削れるものが残っていなかった。

 彼女がそれに気づいたのは、彼女が忌み嫌う、何もない人間になってしまってからだった。

 少しおかしな、文才しかない女の子は年をとり、おかしな個性すらなくなった。そして本もアイデアが出ずにかけなくなった。

 普通のどこにでもいる女になった。

 

「その時、顔の面白い担当編集に言ったのよ。私、もうかけません。辞めますってね。それはそれはもう怒られたわ。取り敢えず、出版社に来いってもうカンカンよ。彼は一体どんな顔して起こっていたのかしらね?まあいいわ。」


 その時に女は…私は出会ったの。

 出版社に向かうために電車に乗ろうと、私は人がごったがえすホームで電車を待っていたのよ。そこは結構大きな駅でね?回送電車とかも通ったの。


「一番線ホームに回送電車が通過致します。ご注意ください。」


 そんなアナウンスが流れたと思うわ。

 私はその時、今日はやけに人が多いな、なんて思いながらぼーっとしてたの。

 すると、隣で待っていた男性が急に線路に飛び降りた。

 何も言わず、音すらろくに立てずにゆっくりと倒れるように飛び降りた。


 ゴシャッッ


 当然、列車は急には止まれない。男性の身体はズタズタに引き裂かれ、関節はあらぬ方向にひしゃげていた。頭蓋は砕け、変形して、目玉は垂れて、落ちかけている。

 私の顔には、飛び散った血飛沫が少しかかった。

 直ぐにホームには甲高い悲鳴が響く。

 焦る人、困惑する人、気分が悪くなる人。

 そんな人の波の中、私は笑っていた。

 別に、人が死ぬのが好きとかそういうわけじゃないのよ?ただ、その目の前に起こったショッキングな事は、私が創作のアイデアを呼び起こすのに十分な出来事だったのよ。

 私は直ぐに担当編集に電話したわ。「私、辞めるのやめます!いいアイデアが浮かんだので!」ってね。

 その時の小説はそれはもう飛ぶように売れたらしいわ。私は興味ないけど。何百万部売れたって言ってたかしら?

 まあアイデアが湧いてとても良かったのだけれども、直ぐにやってくる事になるの。

 ネタ切れが。

 私は焦った。これでは何もない女に逆戻りだ。これではいけない。本を書けないのは死ぬよりも酷い事だ。早くなんとかしなくては。

 ペンを投げ捨て、急いで自殺の名所を調べたわ。

 私のアイデアを呼び起こすには、人の死しかない。

 そして、担当編集には取材の名目で、色々な場所を巡ったの。

 首吊り、入水、飛び込み。素晴らしかった。

 入水自殺をこの目で見て書いた、恋愛心中小説はドラマ化されたのよ。

 でも、私はそれだけじゃダメだった。

 各地を回って、自殺をみて、本を沢山書く毎日だったけどね。

 飽きてきてしまったの。自殺死体にね。

 本を書きたい。けど書けない。

 腕が震えて、呼吸も浅くなり、視線は落ちる。私の身体には間違いなく、執筆が必要だったの。

 らしくもなく、自分で調べた自殺の名所に行ってしまおうかとすら思ったわ。

 でも、そんなことしなくていいって気づいたの。

 自殺死体は飽きたけど、他殺死体はまだ見てない。

 直ぐに、そこらへんにいるオッサンを金で釣って誘拐した。

 あとはじっくり色々試したわ。

 どこの骨を抜くと歩けなくなるのかとか。神経をハサミでチョキチョキしたらどうなるのかとか。


「なッ!そんな簡単に!興味本意でしたのか!」

「お巡りさん。落ち着いて。興味本意じゃないわ。必要に駆られてしたのよ。」

「必要に?」

「そ。だって。話にはリアリティが必要でしょ?」


 彼女は悪びれずにそう言った。

 私は悔しさと苛立ちで、奥歯が潰れそうなほど、歯を噛み締めて抑えることしかできない。


「他の二人も動機は同じよ。殺し方は全然違うけれどね。」

「…そうですか。それでは聴取は以上とさせていただきます。」

「あ、もう一度聞くけどお巡りさん。」

「…はい、なんでしょう。」

「私は死刑になるのかしら。」

「…間違いなくそうなるでしょう。」


 彼女はスンとした顔で「そ。」と言った後、続けてこう言った。


「じゃあ紙とペンを下さる?死刑囚になるなんて経験、めったにできないでしょうから。」




 生前、彼女が獄中で書いた本は、死後に発表され、その年のベストセラーになったらしい。


 

 

 

 

 

 

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