悪役おもちゃ箱(短編集)

うさだるま

識別名●アクター🎞️

「すまないが、君はお役ごめんだよ。やっぱりうちも慈善事業じゃないからさ。人気のない役は切っていかないと。」


 この道25年。私の役者人生はそんな一言で終わった。若くしてこの業界に入り、長い事尽力してきたつもりだったが、それでも時代には逆らえなかったようだ。

 私はあっけなくクビを切られた。

 私の代表作は「スクリードマン」。アメコミヒーロー映画さ。といっても私は主人公ではなく、その敵キャラ「爆発狂 マルコフ」を演じていた。本当は子供の頃からヒーローをやりたかったんだけど、オーディションに落ちてしまった。だけどマルコフで受かった時はそれはそれは嬉しかった。どんな形でもヒーロー映画に出れる!ってね。ありがたいことにスクリードマンは軌道にのり、人々の支持を受けて人気映画シリーズになった。私も長い間、演じているうちに私は相棒とも言えるほどマルコフの事が好きになっていった。役であるマルコフもなかなかの知名度を獲得し、彼が主役のスピンオフも作られたほどだった。

 しかし、マルコフの人気は次々と出てくる他の悪役に奪われていき、この度お役御免となるらしい。


「じゃあ次の話でマルコフには死んでもらうから。最後までよろしくね。」


 監督はそう言って私の肩を軽く叩き、部屋を出ていく。

 私だって覚悟はしていたさ。いつか終わりが来る事を。それでも長い事日々を共にしたキャラだ。思入れがある。そんな簡単に。消してしまうなんて。

 私はなんとも言えない消失感に打ちひしがれて、座り込む事しかできなかった。

 世間への怒りだろうか。自分への不甲斐なさだろうか。湧き出してくる感情が何かすらもわからない。それだけ魂を入れてきた戦友なのだ。それが次の話で死に、もう2度と彼は現れない。

 それこそ魂を失ったかのように、全身から力が抜けて、フラフラと歩く事もままならない。

 私はそのまま三日三晩落ち込んでいた。彼の好きなミートソースパスタを用意したが、私の喉には通らなかった。

 しかし、このままではいけない。体調管理は役者として大事だし、何より実質マルコフ一本で食っていた私にとって新しい役を掴む事ができなければ、生きていけない。

 そう思い、いろいろなオーディションに向かった。ヒーロー物だけではなく、恋愛、歴史、コメディ、R18作品にいたるまで全て全力で臨んだ。

 しかし、どこの監督もいう事は同じだった。


「ごめんなさい。マルコフのイメージが強すぎて、うちの作品じゃ使えませんね。」


 そう、かれこれ十数年マルコフをやってきた事で、私は他の作品には出づらくなってしまっていたのだ。

 何度も何度もオーディションに行き、そして落ちた。

 思えば長い役者人生だが、マルコフ以外の大きな役はやった事がない。それも相まって使いにくい役者なんだろう。私は。

 そうこうしているうちに、マルコフ最後の収録の日がやってきた。

 場所は高級ホテルのイベント会場。名だたるセレブ達を閉じ込め、己に巻きつけた爆弾で自分もろとも爆発しようとしているシーンだ。


「なあ!ヒーロー!いるんだろ!?出てこいよ!こいつらがどうなってもいいのか!?」

「………」

「俺が短気なのをしってるだろ?パスタを茹で上がるのすら待つのが難しいんだ。もっともその前にミートソースが出来ちまいそうだがな!ああ?!」

「待て!マルコフ!私はここだ!」

「はは!来たなスクリードマン。さて、勝負といこうじゃないか!」

 そう言って私は自分に巻きついた小道具に火をつける。

「この状態でお前は何人助けれる?」

「…おのれ!爆発狂め!」


 そう言った私をスクリードマンは抱え、窓から飛び出す。

 マルコフは空中で爆発し、スクリードマンは奇跡の生還を果たす。

 撮影は特に何もなく、終了した。

 私はその日自分がどうやって帰ったのかすら覚えていない。

 仕事を失い、オーディションにも落ち続け、どんどん気は重くなっていく。今日は芸歴を見て笑われた。あれはどういう意味の笑いなのだろう。誰か助けてくれ。ヒーロー。いるなら私を助けてくれ。悲しみに暮れる暇もないまま、されど何も上手くいかないまま、ついには倒れ、動けなくなってしまう。なんとか病院にいくと、原因は過労と鬱が原因であるという事だ。

 だからなんだ。過労だろうが、鬱だろうが、役をやらなければいけない。仕事をして金を稼げなければどのみち同じだ。

 私は貰った薬を飲み、無理矢理身体を動かす事が多くなった。しんどくなったら飲み、夜に不安になったら飲み、どんどん薬を飲む量は増えていった。

 ある夜、いつものように薬を多量に飲み、必死に眠りに着こうとすると、声が聞こえる。


「なあ、相棒!元気か?また一緒にムチャクチャやってやろうぜ!」


 この声は。


「はは!どうしたそんな潰れたトマトみたいな顔しやがって?俺に似てハンサムな顔しているのに台無しだな!」


 この声は戦友のマルコフだ。


「マルコフ?!マルコフなのか!?」


 私はベッドから飛び起き、辺りを見回す。

 すると、そこには見慣れたにやけ面のマルコフがいたのだ。


「おお…マルコフ…すまない。もう前のようにムチャクチャはしてやれないんだよ。」

「あ?でも、お前も本当はやりたいんだろ?」

「ダメなんだよ。マルコフ。しちゃいけない。」

「…あーはいはい。わかったよ。相棒。お前に従うよ。取り敢えずはな。」

「マルコフ、ありがとう。また会えて嬉しいよ。」

「ああ、俺もだよ。相棒。」


 私はその日から、マルコフに出会えた事でどんどん気分が上がってきた。薬の量も自重し、食事もちゃんととり、オーディションをがむしゃらに受けるのではなく、ちゃんとコンディションを整えて挑む事にした。

 冷静さを取り戻したのだ。

 オーディションの日、オーディション会場にいたのは私をクビにしたスクリードマンの監督だった。私は手が震えるのをあの日みたマルコフを思いだし、止める。覚悟を決めた事でハッキリと自信を持って演じる。

 終わってみれば、私は今までで一番素晴らしい演技ができた。間違いなく、他の役者と比べても一番だろうと確信するほどの演技だった。それは他の役者も同じようで、私の方をみて悔しそうな表情を向けるものもいたほどだ。

 しかし、オーディションの帰り際、監督が誰かと話しているのを耳にしてしまう。

 あれは誰だ?


「監督。今回もよろしくお願いしますよ?」

「ああ、分かっているよ。オーディションの件だろ?大丈夫、君のところの役者を使うよ。」

「この件はどうぞ、ご内密に。後で振り込ませていただきますので。」

「分かっているよ。しかし、アイツがオーディションに来てたな。笑えてくるよ。」

「アイツ、と言いますと?」

「君も人が悪いな、君の依頼で降板にしたマルコフ役のアイツだよ。演技はいいんだが、いかんせん真面目でね。使いにくかったんだよ。」

「監督は不真面目過ぎですけどね!」

「はは!いうじゃないか!あはははは!」


 そこから二人がどんな会話をしていたか聞こえなかった。

 家に帰り、あるだけの薬をがぶ飲みする。頭が痛くなり、耳の奥から変な音が聞こえるが気にしない。

 直ぐに彼の声が聞こえてくるから。


「相棒。力になるぜ?」

「…ああ、頼むよ。マルコフ。」

「爆弾の作り方は知ってるか?ダークなウェブを見れば一発だ。爆弾だけにな。」

「ああ。」


 君なら、君ならどうする。マルコフならどうする。そんな事、手に取るように分かる。


『本日、爆弾魔がホテル内で立てこもりをしているという情報が入ってきました!爆弾魔が立てこもっている場所では映画打ち上げパーティーが開催されており、あの有名なスクリードマンを代表作に持つ監督もいるとのことです!』


「なあ、ヒーロー。いるんだろ?出てこいよ!」

 …いいや。本当は知ってるさ。ヒーローはいないんだ。

 私は身体に巻きつけた爆弾に火をつける。


 誰も助からない。奇跡の生還など現実には起こらなかった。

 

 

 

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