識別名●ピエロ🤡

 何だか長い夢を見ているような気がしてならない。

 来る日も来る日も人を笑わかせるだけ。それに特に思いれはないし、やりがいもない。

 冤罪で捕まったあの日から、まるで下らない映画を見ているかのような、テンポの遅い気怠さが俺を襲うのだ。

 誰も助けてはくれなかった。友人でさえ裏切った。もう、どうでもいい。このまま自分の人生が失墜していく様子を第三者目線で眺めることだけしかできないのだから。

 今日も俺は看守に促されるまま、模範囚として、民衆の前でピエロとして、芸を披露することになっていた。

 顔中を真っ白に塗りたくって、赤く裂けている笑った口を描く。目の下には水色で涙を描く。髪も緑やピンクのカラフルな鬘を被って、サーカスとかで楽しそうに踊っているピエロの完成だ。服こそ囚人服だが、後で着替えれば、民衆は誰も気づかないだろう。

 退屈で取れなくなった仏頂面も、口元の笑うようなペイントで隠せている。

 周りの囚人の指を刺して笑う声。看守すら、俺を舐めてかかっている。別に構う事などない。

 そのまま手錠を外され、護送車の中に入れられる。そこで服の配布がされる。

「おい!1049番!これに着替えおけよ?分かっているとは思うが、問題を起こしたら、ママに助けを求めることになるぞ?」

 いつもふざけている看守のヤツも俺が外に行くとなるといつになく真面目になる。そもそも俺たち囚人が、外でこんな慰安活動をする事自体が異例なのだが、それはここの地主である男が、見せ物に対してとても熱心な男だかららしい。熱心というか熱狂的というか。まあ、その地主とズブズブな関係の俺が収容されている刑務所では二週間に一度、模範囚がピエロの格好をして、何か一芸見せるのが、条件として何か袖の下でも渡されているのだろう。悪趣味なヤツらだ。

 そんな地主の楽しみを一看守なんかが奪ってしまったら、大目玉どころじゃないのだろう。

 看守はいつも以上に声を張り上げて、威張り散らかしている。

 ぼんやりと着替えながら考えていると、護送車が止まった。どうやら目的地についたみたいだ。

 看守はピエロになった俺をジロジロと見てから、再び手錠をかけ、外に出された。ここには一度来たことがある。いつぞやのイベントの為に作られた記念公園だ。

「時間になるまで、ここで座っていろ。」

 手錠をかけられた俺の後ろに立つ看守のヤツは俺を睨んで言った。

 俺は促されるまま、レンガの花壇に腰掛けて、遠くで遊んでいる子供たちを見ている。

 ああ、俺にもあんな無垢なころがあったんだよな。

 今ではもう引き返せないが。

 涙は出ない。乾いた目のしたに涙のペイントがあるだけだ。もう後悔はすでに嫌というほど、し終わっているから。

 そんな懐古の中、遠くを眺めている俺に話しかけてくる者がいた。5歳くらいの女の子だ。おさげが風に揺らされ、顔にはまだ幼稚さが残っている。

「ねえ、おじさん。」

 少女は言う。

「おじさんはピエロの人?」

 俺は後ろの看守をチラと見る。看守は何も言わず、ただうなづいた。

「ああ、そうだよ。おじさんはピエロさ。ほら、面白い格好だろ?」

「うん!」

 少女はとても嬉しそうに花壇に手をつき跳ねている。

「ねえ、おじさん。」

「…なんだい?」

「おじさんは何でピエロになったの?」

 些細な質問だった。それは誰にとっても些細な質問であるものだった。

 しかし、俺には違った。俺は少女のその言葉で思い出したんだ。

 俺はピエロになりたかったんだ。

 子供の頃、公園で見たおじさんを見て、その皆を喜ばせる姿を見て、何より自分が楽しんでいるおじさんを見て、俺はピエロになりたかったんだ。

 今はどうだ?楽しいか?惰性で見ているテレビのような日常は胸を張って楽しいとあの頃の俺に言えるか?

 俺は少女に答える。

「楽しむ為だよ。」

 そう言った途端、目の前に俺の人生のタイトルが現れたようなそんな感覚がした。今、ここから幕が上がったのだ。

「ありがとう、お嬢ちゃん。お礼にちょっと早めにジャグリングを見せてあげよう。」

「うん!」

 ジャグリングの前練習をするとの説明で手錠を看守に外してもらい、衣装から玉を四つ取り出して、ジャグリングを始めた。逆立ちしたり、手品のように玉を消したり、増やしたり。

 初めて、ピエロになってから人に芸を見せるのが楽しかった。ペイントだけでなく、久しぶりに心の底から、笑えた気がした。

 しかし、その時間は長くは続かなかった。

「どけ!糞ガキが!儂が見ようとしている視界に入ってくるな!邪魔だなぁ!!!」

 でっぷりと太った豚のような、醜悪な見た目の男がやってきたのだ。地主だ。

 地主は少女を押し退けて、俺の目の前に護衛と共に座った。

「あの、地主様。子供が今、見ていたじゃないですか?」

「それがどうした。」

「ですので、少しお待ちいただけますか?」

俺がそう言うと豚は俺の顔を引っ叩く。

「ハア?!何をふざけた事を言っておる!馬鹿か貴様は!この街では儂が絶対なんじゃ!いいから早うみせんか!その愚かな格好で見せ物をするんじゃ!ブハハハハ!」

 ああ、これは楽しくない。これでは楽しくない。

「ほら早く見せろ!」

 看守も地主の怒りをおさめようと、頬を張られ、倒れた俺を無理矢理に立たせる。

「…そうですか。では、分かりました。」

 俺は衣装の中から、ジャグリングのトリである、ナイフを取り出す。

「ではショーの開幕です。皆様、拍手をお願いします。」

 俺は次の瞬間、ナイフを豚の護衛二人の首に目掛けて投げる。

 赤い血が噴水のように飛び散り、舞い、キラキラと太陽に反射して輝いている。

 そのまま後ろの驚いてモノも言えなくなった看守の首に、グサグサと胸や腹を刺しまくる。

 ああ。楽しい。これだ。これが楽しいだ。やりたい事がやりたいだけ、やり放題。これが楽しいだ。

 真っ白な顔が紅潮しているような感覚に身が震える。

 ペイントよりも裂けるようにニンマリと笑って、俺は豚に近づく。

「さあ!残念ながら、ショーダウンです!皆様!拍手をお願いいたします!!!」

 豚は怯えながら、拍手をしている。

 グサリ。

 贅肉でブヨブヨの顎の下から、ナイフを差し入れ、手に汚い色をした血が垂れてくる。

「ハハハハハ!!!なんだって出来る!俺なら!なんだって出来るんだ!アハハハハ!!!」


 俺の緩い夢は覚めた。

 さあ、次はどこでショーをしようか。

 楽しい事がいいな🎶


  

 

 

 

 

 

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