識別名●シスター✝️
最初に彼女を見た時、私は機械仕掛けの人形かと思った。それほどに人間的な感情を持ち合わせていなかったのだ。
その日はこの地では珍しい雪の日であった。降りゆく雪はつもり、人々は足跡を残して歩いた。
私の教団の教会も屋根に雪が積もり、雪かきをしている最中であった。
そこにザクザクと雪を踏み、歩いてくるものがある。
私の教団の信徒である母娘だ。
私はこんな大雪の日にどうしたのだろうと、近づくと母親は泣き出していいだす。
「私はもう限界です!この娘の親でいるのは限界なんです!何をやっても無表情。何をさせても無感情。貴方は悪魔憑きなんだわ!そうよ!そうに違いない!貴方のせいで彼は行ってしまったのよ!!この!悪魔め!!!」
堰を切ったような溢れ出る罵詈雑言を聞いても、彼女の表情は彫刻のように眉ひとつ動かなかった。
バカな女め。夫が逃げ出したのは、お前がうちの教団に狂信しすぎたせいだろうと言ってやりたかったが、私はにこやかに対応をする。
「いったいどうしたんですか?奥さん。風邪をひいてしまいますよ?」
「教祖様…あの娘、おかしいのです。私は夫が出て行った後も娘を正しく育てようと、感情がないのは私のせいだと、そう思い、できるだけ優しく接してきたのです。どんな時でも無表情でしたが、構いませんでした。いつか笑ってくれる日がくる。そう思っていましたから。ですが、そんな考えは私の妄想に過ぎないと分かってしまったのです。私が今日、シチューを作ったのですが、私は疲れが溜まっていたのか、うっかりこぼしてしまったのです。そして溢れたアツアツのシチューはあの娘の腕にかかりました。当然、火傷になり、爛れ、変色しています。ですが、あの娘はシチューがかかった時も、火傷を私が手当てしている時も、表情が変わらなかったのです。私はあの娘の顔が急に不気味に思えてきて、今までの私の行いも優しさも全て彼女にとっては無駄なんじゃないかと思えてきて仕方がないのです。どうか教祖様。この娘を引き取ってはくれませんか!」
母親の言い分を聞き、チラリと娘の顔を見るが、何も変わらない。美しい人形がそこに有るだけだ。
「…分かりました、奥さん。その娘は私共で引き取りましょう。」
「本当ですか?!」
「はい。ですが、神に子を返すという事なのでお布施をかなり頂戴することになりますが。」
「は、払います!沢山、お布施をいたします!」
「分かりました。主もお喜びになる事でしょう。」
「はい!」
そういうと母親は財布の中から、お札をゴソッと取り出して、私に手渡す。
「おお、こんなに。ありがとうございます。」
「ほら、行きなさい!」
母親は娘を一早く手放したいのか、焦っているようにすら見えた。娘は変わらず無表情のまま「はい」とだけ答えた。
私が娘を保護すると母親は一目散に道に足跡をつけて、帰って行く。娘の事を気にしなくて良い為か、心なしか笑っていたように見えた。
私は引き取った娘を不思議に思い、色々試してみることにした。パンを与えたり、風呂に入れたり、殴ったり、家畜を殺させたり、犯したりと色々だ。
しかし、何をしても彼女の表情は変わらなかった。
私は「良い貰い物をした」と思った。
何にも逆らわず、何の反乱意識も持たない。これぞ私の欲していたものだ。
私は彼女に操り糸からとったシスター ストリィと名付け側に置くことにした。
「なあ。ストリィ?これを君にプレゼントしよう。」
「これは、なんですか?」
「これはね。教典だ。君に必要な事が書いてある。大事にするんだよ。」
「はい。分かりました。」
彼女には我が教団の教典を読ませ、教典こそ、彼女の正義だとそう思わせるように仕向けたのだ。教典には異教徒は悪である事。悪は殺さねばいけない事。教典を粗末に扱う者もまた悪である事。教典が全て。倫理など二の次であるとそう教えたのだ。その甲斐あって、ストリィは教典に書いた通り、異教徒やお布施をしなくなった教徒達を粛清していった。
どんどんどんどん教徒は増え、お布施の額も増えていく。
私はとても上機嫌だった。ストリィのおかげで星すら掴めそうなほどの権力を手に入れ、札束の風呂に毎日入れるような、富も築き上げた。
だから、私は調子に乗ってしまったのだ。
「あー。良い気持ちだ。天にも昇るような良い気持ちだ。神様なんていねぇのにな!いや俺が神様みたいなものか。ワハハハハ!」
ストリィはそれを聞き逃さなかった。
次の瞬間、私の首元にはナイフが突き刺さっていたのだ。
ゴボゴボと血が溢れ、声も上手くだせない。
「ズ、ズドリィ゛、お゛前゛!!」
「一章、第三節より、排除いたしました。」
「異教徒は悪、、、か!」
薄れゆく視界の中でも、彼女は人形のように私を見つめていた。
シスターは、その後も教祖のいなくなった教団で、教典を片手に「正義」を続けている。
ああ主よ、愚かな彼女をお救いください。
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