5
ランナーズハイという言葉をニュースで聞いたことがある。
酸素の足りない脳が整理されていく感覚、何が必要かを考えて、その足でコンビニに寄って、また走る。
ローファーがぱしゃぱしゃと音を立てて、6月のジメジメとした陰気な湿気を弾き飛ばすように、大袈裟に水しぶきがたつ。
傘を借りてよかった。
中学生が雨の中走っている光景は目立つだろうけど、傘を刺していれば顔は見られない。
日部の家に着いて、乱れた息を整える前にインターホンを鳴らす。傘を閉じて、玄関前に乱雑に立て掛ける。ブツリ、と空気音がして「はやくあけろっ」と声を出す。
がちゃと、扉が開いた。
滑り込むように中に入ると、鼻がつぶれるような臭いに顔を顰める。
死臭が玄関まで立ち込めている、腐ったような、酸っぱい鼻をつく臭い。
死臭と湿気と、芳香剤のハーモニーで、地獄が現代に再現されたとしたらこんな感じだろうと思わせるほどの激臭。
日部はその中で立っていた。
「河野、なんで」
日部は、本当に驚いているみたいだった。
綺麗な、純粋な顔、その顔を見ていると腹が立った。
「お前が、俺に話してくれないからだろ、何が起きたのか!」
「…河野、もういいんだ、ごめん、河野を巻き込んでしまって、俺のわがままで」
たどたどしい言葉が言い終わるのを待たずに、鍵を閉めて靴を脱ぐ。躊躇なくあがる俺に、日部は慌てて静止をかける。
「こ、河野!いいって!おい!」
「いめさらだろ、もう、俺は関わってしまってるんだよ」
静止を振り切り、早足で廊下を進む。2階へ続く階段を上がらず、左に曲がる。
目に入るリビングの入り口、そこから血に濡れた廊下が、曲がった最奥のトイレまで続いている。
近づくほどに強くなる匂い。生理的な嫌悪に肌が粟立つ。感じたことのない異臭への拒否反応に頭が痛むが、進まないわけにはいかない。
「父親が殺したんだろ?お前はそれを庇ってる。でも見つかるんだよ、死体が存在してる事実は変えられない。頭の中で自分だけの理論を組み立てたところで、現実に通用しなきゃなんの意味もない!考えなきゃいけないのは、妄想じゃなくて、現実的なことなんだ、日部」
ドアの前に立つ。
ここに立つのは2度目だった。
閉じられた扉、死で確定した扉。
血に濡れたドアノブに触れるのも、2度目だ。
コンビニで買った透明のゴム手袋をはめた手で掴むと、後ろに着いてきた日部が息を呑む音がした。
「いいか、凶器は一つじゃないといけない」
いつかの日部のような言い回しになったのは、そのアイデアがオムレットの偽装工作からヒントを得たものだからだ。
「死因の凶器はまだ死体に刺さってる。証拠を抑えられる前に、それを抜く。その腹に刺さってた一本の凶器で、腹と、手首を切ったように見せる。そしてお前の指紋を体中に残すんだ。手首を切るときに、お前の指紋はついてしまってるんだろ。
…いいか、警察にはおもわず抱きついたっていうんだ、日部の指紋が体にあってもおかしくないように」
「…河野、河野ごめん、おれ」
「やるんだよ、俺も、やるんだからな」
俺の行動にただ着いてくるだけの日部に、ああ、こうだったな、と思った、日部は昔から俺の後ろについて回っていた。走ることができないから早歩きで、俺は日部が走らなくていいように意識して、2人で行動していた。
俺はこれから、日部の共犯者になる。
凶器がまだ腹に刺さっている状況を変えるために、俺はここに来た。
腹に刺さってる以上、手首を切ったナイフが別に存在しないといけないことになる。
死体損壊の犯人が別に存在することになり、死体を発見してからずっと放置していた日部に疑いの目が向く可能性は高い。
日部はこのままだと死体損壊罪で、罪に問われる。
腹に刺さった凶器さえ抜いてしまえば、手首は父親が切って、持って行ったことにすればいい。
抜いた凶器はどこに置くべきだ。
内側のドアノブの血を見れば、ドアを引き合って、そのままこと切れてあの体制になったことは分かってしまう、ナイフはそれ以前に抜かれている方がいい。
刺された被害者の腹から、トイレへ行く移動の際に抜けるのは不自然な気がする。刺した瞬間に抜けるのが自然か。そうすれば、血痕が始まってる、刺された現場のリビングがいいだろうか。
いや、違う、その後に手首を切る動作が挟まるんだ、抵抗のなさを見れば、死んだ後切られていることは明らかだ。
俺は頭で、都合のいいストーリーを作り出す。
父親が、母親がことキレたのを見計らって、抵抗のないドアを開ける。そのあと、腹を刺したときからずっと手に持っていたナイフで手首を切る。自暴自棄になった父親は、自分の指紋がついた証拠を落として家を出て行く。
トイレの中に置く方が自然か。
玄関までの道に置く方が自然か。
「河野、見ないでくれ」
手に力を入れ、ドアノブをひねる。
漏れ出る蛍光灯の眩しい光、鮮烈な赤に彩られた、手首のない人間の体。
あの日見たのと全く同じ光景。日部は、本当に何もせずにただ母親と同じ家で過ごしていたんだ。
躊躇はなかった。
膝に覆いかぶさるようにうつ伏せになった体の、肩を触り、ぐ、と起こす。
「…え?」
顕になる腹に、細い柄を残して深々と刺さったナイフ。
これで、犯行に日部のナイフを使ったんじゃないことが分かる、日部はやっぱり、母親殺しの犯人じゃない。
疑問に思ったのは、腹の凶器のことではなかった。
うつ伏せで隠れていた初めて見る、死体の顔。
俺は違和感を無くすために、必死に記憶を探った。
日部の母さんはこんな風だっただろうか、と。
(なんで、手首を溝に捨てたんだ?)
記憶を掘り返して思い出したのは、トンネルの光景と、最初の違和感。
日部にとってあの左手のほくろは、母親と自分の大切なつながりだったはずだ。
それを汚い側溝に捨てる?
土がついて、黒く汚れてしまった手は、まるでゴミみたいだった。
俺は勘違いをしているんじゃないか。
「ごめん、ごめんなさい」
謝罪の声が耳に入ってくる。
俺に対して日部が謝っているのは、なんでだ。
「………母さん?」
雨は次第に強くなっている。
轟々と風が家を揺らす。
顔にべったりと張り付いた血の跡。酸素を失って乾燥した血の黒ずんだ色。
閉じた長いまつ毛、長い髪の毛が、血を吸って重力に従い弛んでいる。
目の前にあるのは、絶対的な絶命。
俺の問いかけに答えてくれる人はいない。
「嘘を、つかないでくれ」
今度は日部に問いかけた。
「俺は河野に嘘をついたことはない」
「…」
「ほんとうだ、河野に死体を見せてから、俺は一度も、河野に嘘をついてない」
その方が、辛いことのように思えた。
日部が本当に、今まで俺に嘘をついたことがないのなら。
「日部が、殺したんじゃないんだな?」
「殺してない」
日部は小さい声で否定した。
「…なら、……同じことだ、とにかく、時間がない」
そう、時間がない。
警察はまだ来ないだろう。でも種田先生は直情的な性格で、連絡のつかない母親に痺れを切らして家に来るかもしれない、それがいつなのか、予想はつかない。
死体が誰であれ、日部は手首を切った。
「……」
動かないといけない。
「ごめん、ごめん」
「…ぬくぞ、体を支えてて。その手のままでいい、日部の指紋は、ついてなきゃいけない」
日部は命令された機械のようなぎこちなさでトイレの中に入り、死体の肩を支えた。
俺は日部と交代して、しゃがむ。
目線の高さに腹に刺さったナイフがある。
杭のように差し込まれた黒い柄を、震える手で掴んだ。
むせかえるような死臭を肺に吸い込み、体重を掛けて後ろに引っ張ると、凶器は、ずる、と体内から抜け出ていく。
赤い血が抜けるにつれて隙間から微かに漏れ出てくる。
もう血液は周りにたくさんあって、もう出ないと思ってたのに、こんなに人の体には血が入ってるんだ。
真っ白な頭で、そんなことを考えた。
「手、離して」
ナイフを持った俺が立ち上がると、日部は俺の言葉の通りに、慎重に死体の上体を戻していく。
ぐったりと、開いた穴を蓋するように死体がうつ伏せになる。
蛍光灯に照らされた、うつ伏せの死体。
俺が初めて見た光景と同じだ。
カラン、と細いナイフを、廊下の、血液のかかってない面に置く。
血液の上に置くと、乾燥具合で後から置かれたものだとバレると思ったからだ。
トイレの中は血のない部分が少なくて、かえって怪しく見えると思って、廊下に置くことにした。
トイレを振り返ると、日部が上から覆いかぶさるように母親を抱きしめていた。
そこまでしろとは言ってないが、止める気も起きなかった。
呆然としていて、自分がなぜ動けているのか、頭が冷静に物事を考えられるのか、自分でもよく分からない。
俯瞰した自分がいて、自分自身を冷静に見つめているような感覚。
とっくに限界は来ているのかもしれない。無理矢理に体を動かしているだけで、全てが終われば電源が切れたように気絶しそうだ。
「河野、触ったよ」
それでも動けたのは、日部を守りたいからだ。
「…行こう」
俺は日部を呼んで、トイレの扉を閉めた。
日部に確認して、手首を切った当日に血で汚れただろう服と、切ったナイフを持ってきてもらい、玄関に置いていたカバンに入れ込む。
手首をトンネルに持って行った時に使ったプリントも回収する。
日部の指紋、被害者の血液がついた紙が一番、日部が関わった証拠だ。
それはリビングのテーブルの上にあった。
血の足跡が始まっているのもその場所で、リビングで刺されたのだと示している。
幸いなことに、血はうまく何重にも重ねられたプリントの内側だけでおさまり、外側、机に接着している紙の面には血がついていなかった。
紙を手にリビングから廊下に出る時、出て右に向くとトイレに続く廊下に出た。
リビングには二つ廊下に続く出口があるのだが、正方形をしてるから方向転換をすると風景が似ていて来た道を間違えやすい、日頃この家に住んでる人間じゃなければ玄関への道を間違えることもあるだろうと、俺は納得した。
2人で俺の家に行って、交代で風呂に入った。
シャワーを浴びると、排水溝に血の赤が細い線を引いて飲まれていった。
現場の血は乾燥していたが、腹から出てきた少量の血が腕についてしまったのだ。
無防備な肌をお湯に打たれながら、血のついた服や、紙をどうしようと考えていた。
目を閉じると、瞼の赤色が痛い。
母親の顔がチラついて思考が霧散する。
ピンボケたカメラのようにぶれていた母さんの顔が、しっかりとした輪郭を持って俺に笑いかける。
伏せられた目、まつ毛、鼻筋、横顔、母さんは綺麗だった。
日部のように。
「…何してるんだよ」
風呂から上がると、先に風呂を終わらせていた日部は俺の寝巻きを着て部屋で待っていた。ベットに腰掛けて、画用紙を広げ膝に置いている。
画用紙に描かれているのは美術の授業で描いた絵だ。
俺が風呂に入っている間に箪笥の横の隙間から引っ張り出したのだろう。もうほとんど残っていないが、俺がそこに今まで描いた絵を保管していたのを幼馴染である日部は知っている。「本気出せば俺じゃなくて河野の絵が選ばれたのに」と言う日部を無視して、画用紙を掴んで元に戻す。
そのままベットの隣に腰掛けると、日部は観念したように薄く微笑んだ。
「全部話すよ」と言い、立ち上がって、ポケットに手を入れる。
俺はデジャブから思わず体を硬直させたが、ポケットから出てきたのは、何の変哲もない黒のマジックだった。
見覚えがあるそれは、俺が使っていたマジックだ。
箪笥の横を漁っていた時に見つけたのか。家で絵を描かなくなって随分経つから、どこにあるのか意識もしていなかった。
日部は右手に持つマジックをじっと見つめている。
「覚えてる?俺がしたおまじない」
「…うん」
マジックのおまじないは、日部が俺にしてくれたおまじないだ。
「覚えててくれたんだな」
「忘れるわけないよ」
後ろめたい記憶ではあったが嫌な記憶ではない。
貯水湖の休憩所で日部がしてくれたことについては、嬉しかった。何か大切なものを分け与えてくれた気がして、心に残っている。
「なんのご利益もなかったけど、俺は信じてたんだ」
ベットに座る俺より高い位置から、ビー玉のような澄んだ目が見下ろした。
「6日前の土曜日。俺は一日中家にいて、母さんは夕方に買い物から帰ってきた。
俺はその前の日に選択教科のことで母さんと揉めてたから、母さんが帰ってきても知らんふりをして二階の部屋に篭ってた。インターホンが鳴ったのは、多分、母さんが帰ってきてから十分後くらい。母さんはめずらしく走って玄関に出ていったのが足音で分かった。それから、家に入ってきた人が母さんと大声で言い合うのが二階にも聞こえてきた。母さんはやめてって叫んでたけど、入ってきた女の人が叫んでる内容の方が、俺はびっくりした」
話す内容は決めていた、というくらいに日部の語り口は流暢だった。
「子供を返してって言うんだ。私の赤ちゃん返してって。正直、俺はその時頭がおかしい人が入ってきたんだと思って警察に連絡しようとしたんだけど、母さんの様子もおかしかったから、しばらく言い争ってる内容を聞いてた」
日部は不意に、右手に持っているマジックを指で回した。弾かれ、くるりと弧を描き、器用に掴んで見せた。
「話の内容は、裁判だとか、子供を取られたとか、そう言う話。訳が分からなかったけど、だんだん疲れてきたのか、二人の声が落ち着いてきて、入ってきたもう一人の声が聞いたことある声だって気づいた。河野の母さんの声だって俺は気づいて、だから、河野の母さんと俺の母さんは会ってたんだって思った。俺は生まれた時に母さんから引き離されて、この家にいるんだって、河野の母さんが俺の本当の母さんなんだって気づいた」
衝撃的な内容に関わらず、声は澱みなく部屋に響き渡る。
「信じられるか?信じられないよな」
外の雨が窓に叩きつける騒音の中で、日部の声は張ってないのに、耳に馴染んでくる。
「医者の血筋なのに勉強ができないこととか、周りから親と似てないって言われてたこととか、ぐるぐる回って、俺の本当の母さんが俺を取り戻しにきてくれたんだって俺は思ったよ。もう、変になりそうだった、どうしたらいいか分からなかったけど、俺は、河野の母さんの方が良かったから。だから頭の中で応援したよ。母さん、俺はここにいるから、俺を助けてって」
俺の出生について、父親から聞いたことはなかった。
聞いていたら、この結末は想像できていたんだろうかと思ったが、予想できるわけない、と思った。
「突然、ドタドタって音がした。二階から聞いてるだけでも、ヤバいことが下で起きてるって分かった。大きな音がして、バタバタって玄関から人が逃げてく音がした。俺はきっと、母さんがあいつを倒してくれたんだって思って、急いで一階に降りた。
でも違った。一階のトイレの中に母さんを見つけたときは、まだ息もあったんだ。俺は救急車を呼ぼうとして、母さんの手を見た」
掴んだマジックを、俺に差し出した。
「母さんの手に、黒子はなかったよ」
「……」
「あの女の手にあったのと、俺の手にある黒子は偶然だった。最初から、俺に繋がりなんかなかった」
マジックを手にする時、日部がどんな顔をしているのか、俺は直視できなかった。
繋がりを求めていた俺に、優しい日部が話してくれたおまじないを、俺はこの部屋で否定した。日部と母親の繋がりを否定した俺に、その通りだったよと言っているんだろうか。
「だから、足りないものを補うために母さんの手にマジックで黒子を書いたんだ。それを眺めてると、だんだん、怒りが湧いてきて、許せないって、感情が抑えられなくて。なんで、死んでるんだよって思って。こいつは俺を捨てて、ここで勝手に死にかけて、何をしてるんだよって」
言葉の途中で、日部は、ふ、と綺麗に笑った。
「あの女、俺の手術代を払えないだろうって言って、母さんと取引したんだと」
その事実は日部の心をどれほど痛烈に切り裂いたのだろう。
日部の限界がそこで来たんだ。
かろうじて繋いでいた何かが切れて、日部は狂気に走った。
「手首を切ってから、少し経って、気づいたんだ。この死体が見つかったら、どうなるか」
雨音がうるさく、罪にまみれた家を揺らす。
日部は俺の言葉を、親の叱責を待つ子供のように待っている。
「わかったよ」
日部の話を聞きながら、俺は日高先生の話を思い出していた。
“どっちだ?”
病院での取引、子供の出生を偽って、関係者に情報を流したという話、後継が埋めなくておかしくなったという日部の母親が大学病院の娘であること。
俺の脳が導く結論に、全ての要素がピッタリと符合してしまう。
「俺たちは血のつながった双子だってことだ」
「嘘みたいだよな」
誰に聞くでもない日部の言葉に、俺はゆっくりとうなづく。
「うん」
見上げると、日部は無表情で窓を見ていた。
透明な瞳。
日部の澄んだ目だと思っていた黒い瞳は、現実に打ちのめされて茫然としている人間のそれなのだと、思い至る。
「嘘なんじゃないかって、勘違いじゃないかって思おうとしたけど、でも多分、ほんとなんだ、母さんがナイフで刺しちゃうくらい」
日部が信じたくない真実。
認識したくない真実は、これだ。
そして『見つかるまでの時間、何をするべきなのか』考えたんだ。
家族じゃない誰かが日部の家で死んでたら、警察はその死体と日部家の繋がりを調べる。病院で行われていた不正取引がバレるのは時間の問題で、母さんと日部のDNA検査をしたら、俺たちの血のつながりは証明されてしまう。
日部は俺を好きだと言った。
恋人というのは、”好きだと言ってもいい関係”だと日部は言った。
近親相姦は、食人などと同等の禁忌(タブー)であると、俺たちはなんとなくだけど、知っている。
「言わなきゃいけないと思ってたのに、関係が壊れるのが怖かった、河野が俺の手の届かない場所に行ってしまう気がして、怖かった」
父さんは、日部が俺の片割れだと知っていたんだろうか。
日部が成長するにつれて綺麗な母親に近づいていくことに、疑問に思わないわけがない。
「でも、河野の母親を、…見殺しにしたんだ。言わないってこともしちゃいけない気がして、トンネルに持っていった。河野はよくトンネルの文字とか見てるから、気づいてくれると思って、結局、それでも足りないと思って家に誘った」
「…そっか」
「河野、おれ」
無表情だった顔に、次第に苦痛の色が浮かんでいく。
封じ込めていた感情を一気に思い出したみたいに、嫌悪や、悲しみや、あらゆる感情がないまぜになって溢れ出たのか、日部は声を出せなくなった。
言葉の続きをいくらでも待ちたかったが、時間が残されていないことを俺は知っている。
「…日部、しないといけないことがあるんだ」
うごかないといけない。
まだ途中だ。
俺が初めて死体を発見した時に、外側のドアノブに俺の指紋がついてる。通報をしないと不自然だし、通報しない選択肢はない。
ただ、通報をする前に処理しなければいけないものがある。
勉強机の上に置かれた、表面に茶色がべっとりと付着した紙の束を見る。
「紙って、どんな味するんだろうね」
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